雪女と異端の文化祭(6)


 文化祭初日、グラウンドにはクラス対抗のダンスを見に、生徒の保護者や家族が拍手や声援を送っている。

 二年一組は男子も女子もチアリーディングのような衣装で、手に黄色いポンポンを持って踊っていた。

 俺たちの番は次だ。

 待機場所で、心臓をばくばくさせながら、俺も一組の息のあったダンスに拍手を送る。



『続いては、二年二組。テーマは情熱です!』


 司会のアナウンスと同時に、フラメンコの楽曲が響き渡る。

 男子は派手すぎる上下真っ赤のスーツにハット。

 女子は黒を基調としたドレスの裾に赤いフリル。


 中央の隅っこで、時々ふりを間違えたりしながら、俺は恥ずかしいのを必死に堪えた。

 早く終われ、なんなんだこの時間。

 まるで拷問のような、長すぎる4分間だ。


 フォーメーションのため立ち位置を移動すると、視界の端に黒い日傘をさした白衣の女性を見つける。

 冬野先生だ。

 日傘のせいで表情はよく見えなかったが、おそらくいつもの無表情だろう。

 マダムが持ってそうな黒に白いフリル付きの日傘、どこかで見覚えがあるとは思っていたが、凍死事件の時に校舎に向かって歩いていたあの傘と同じだと思い出した。


 それと、冬野先生の隣にもう一人日傘を差した細身の男が立っている。

 白シャツに黒いスーツのベストを着ていて、こっちの男も黒い日傘のせいで顔はよく見えなかった。

 もしかして……あれか?

 噂の冬野先生家の執事だろうか?


『二年二組の皆さん、ありがとうございました!』


 拍手と声援を浴び、息を切らしながらグラウンドを後にしようとしたが、次の三組のダンスが三味線から始まる民謡だった。

 しかも、生演奏。

 クラスに太鼓部と、あと三味線が弾ける人がいるようで生演奏とダンスが見事に融合していた。

 これは三組の優勝で間違い無いと、思わず見入ってしまうほど素晴らしい。

 それに、中央の一番目立つところで踊っていたのは日菜子だ。

 波模様の入った法被を着て、踊っている。

 身長も高いため見栄えがいいのだろう。

 さすが、バレー部。

 運動神経がいいんだなぁ……と、羨ましくなった。


「まだ時間あるし、二年の部が終わったら戻るべ?」


 佐々木と向井はそう言って俺を引き止めた。

 俺は一刻も早く、この派手な衣装を脱ぎたかったのに……

 仕方がなく、俺たちは他の観客と一緒に次の二年四組のダンスも見ることになった。


「あれ? 控え室戻らないの?」


 全く息を切らしていない日菜子は、俺たちを見つけて声をかけてきた。

 俺はまだ若干息が上がっているというのに、なんだこの違いは……


「順番待ってる間はちょっと緊張して楽しむ余裕なかったんだけど、お前のクラスの面白かったし……他のクラスのも見て行こうかと思って。なぁ、小泉」

「ああ、そうだな……」


 佐々木に褒められて、照れているのか日菜子は少し頬を紅潮させて笑っている。


「そうでしょう? みんなすっごい練習したからね」


 そういえば、日菜子と佐々木が話しているところを直接見たのは初めてだな……

 なぜだか日菜子がちょっと可愛く見えた。

 これはもしや、あれじゃないだろうか?


「向井……」

「ん? どうした小泉」

「もしかして、日菜子って佐々木のこと……」


 ————好きなのか?


 と、小声で向井に確かめようとしたのだが、爆音が鳴り響いてそれどころではなくなった。


 二年四組はなんと、デスメタだ。

 爆音のデスメタをガンガン流しながら、中央に立つ五人が白塗りだったり、目の周りを真っ黒にしたりして、デスメタバンドを模したエア演奏。

 他の生徒はそのファンという設定なのか、全員長いカツラを被り、首を振りまくっていた。


 デスボイスが苦手な保護者や教師は不快そうに顔を歪めていたが、何人か面白がってノリノリで同じようにヘドバンしてたり、ジャンプしてる観客もいた。


「うわぁ……すごい。さすが、森口さん」

「も……森口さん?」


 森口さんといえば、ツキガミ様の集会に参加して、あの生徒会長に殴られたという森口さん?


「森口さんダンス係だって言ってた。ほら、あそこの真ん中でエアギターやってるの、森口さんよ」


 日菜子が指差したのは、中央の五人の中で唯一の女子。

 白塗りはしていないが、金髪のヅラを被り、刺さったら痛そうな装飾がたくさんついたジャケットを着ている。


「衣装作るのに超気合いれたって言ってたわ。さすが元手芸部」

「元手芸部?」

「ああ、森口さん中学生の頃は手芸部だったんだって。この学校は手芸部ないから今は生徒会にいるけど……————」


 ここからじゃ顔ははっきり見えないが、もしかして————


「森口さんって、目の横にホクロあるか……?」

「え……? うん、あるわよ」


 神谷先輩の待ち受けに写っていたのは、森口さんだったのか……

 じゃぁ、もう一人の男は?

 同じF中学出身なら、この学校にいてもおかしくはない。


「あ……あの、小泉先輩」


 森口さんの方を見ていると、急に後ろから声がした。

 振り向けば、そこには速水。

 出番が終わって、制服に着替えた後ではあるが頬にシールを貼っていた。


「あの人、私が見たツキガミ様に似てる気がするんですが……」

「え……?」


 速水が指差したのは、その森口。

 M高で行われた集会で、巫女の格好をしてツキガミ様を降臨させていた女が、森口に似ていると主張する。


「日菜子、森口さんと同じ生徒会だろ? 写真とか、持ってないか?」

「写真? ああ、春に生徒会で撮ったものなら……」


 日菜子がケータイの写真フォルダーから森口さんの写真を見つけ、速水に見せる。

 俺も一緒に見たが、森口の左目の横には黒子があるのがはっきり写っていた。


「そうです、このホクロ!! この人です!」


 速水は声を震わせながら断言した。


「私と目があったツキガミ様は、この人です!!」

「なんだって!?」

「え? でも、森口さんはM高の集会に参加したって、本人がそう言ってたのよ? どういうこと?」

「と、とにかく、これはあれだ。今わかっていることを一旦、落ち着いて整理してみるべ? 神谷先輩たちにもこのことを……」


 佐々木は驚きながらそう提案したが、俺はそれを止めた。


「いや、待て! 神谷先輩はダメだ」

「え……? なんでだよ、小泉! こういう時こそ、探偵部の部室に集まって状況を整理した方が————」

「とにかく、ダメだ。…………保健室に行こう。そっちの方がいい」


 俺はすぐに冬野先生に声をかけ、保健室に移動した。

 神谷先輩のケータイの待ち受け画像には、森口さんと速水の姉が写っていた。

 ツキガミ様の集会で巫女をやっていたのが森口さんなら、一緒に写っていた速水の姉が何も言わなかったのはおかしい。

 同じ手芸部員だったなら、顔は隠していようと声で気づくことがあってもおかしくないだろう。


 速水の話では、集会には門番に一人、第二音楽室の中に一人、そして、巫女と少なくとも三人はツキガミ委員会の人間ということだ。

 ツキガミ様は男だったという噂もある。

 あの待ち受けの写真には、一人男がいた。

 それが、その男だとしたら————


「神谷先輩もツキガミ様の集会に関わっている可能性があるってことに、ならないか?」



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