雪女と異端の文化祭(5)
「メールが自動的に消えた?」
「そうなんですよ!」
翌日、俺は早めに家を出てこの奇妙な出来事を冬野先生に伝えた。
相変わらず扇風機の前で文庫本を読んでいた先生は、視線を本から俺の方に移す。
今日のブックカバーは黒色だった。
「ケータイ、貸して」
「は、はい……」
言われた通りケータイを渡すと、冬野先生は開いて画面を見つめる。
「最後に充電したのはいつ?」
「充電? そんなの、毎日してますけど……?」
充電がなんだっていうんだ……
そんなことより、触ってないのに勝手に消えたことの方が問題だろう!?
「今日は何時に起きたの?」
「ほとんど寝てないです。気味が悪くて……」
「ああ、そうじゃなくて……聞き方が悪かったわね。毎日ってことは、充電器につないだまま夜操作してる?」
「え? そうですよ。ベッドに充電器挿したままなので……横になる前に必ずつないで、それから寝落ちするので……」
たまに顔にケータイ落として来てびっくりして起きることもあるけど……
「そう……なら、今朝充電器から外した時には満タンになっているはずよね?」
「当たり前じゃないですか! 今だって、ほとんど使ってないですし……」
「やっぱり……だとしたら、減るのが早いわね」
「えっ?」
冬野先生は俺にケータイを返すと、電池残量マークを指差して言った。
「もう一つ減ってる。早すぎるわ。昨日速水さんに見せてもらったけど、速水さんのケータイも充電が減っていて、ここで充電したのよ。『最近減るのが早いから、機種変更した方がいいかもしれない』って、彼女は言っていたけど……」
「え、俺のこのケータイ、機種変したの二ヶ月前ですよ?」
それで、どうしてこんなに減るのが早いのか……
「ハッキングされたのよ。そのケータイ」
「は……ハッキング!?」
そんなのドラマか映画でしか聞いたことがない。
「速水さんもそうだけど、森口さんのケータイも同じだったわ」
「も、森口さんって、二年四組の?」
「あら、詳しいのね。そうよ。二年四組の森口さん……日曜日だったけど文化祭の準備で生徒会の仕事があってね、その時、会長の
「殴られた……?」
森口さんは生徒会長の伊勢谷先輩に殴られ、口の中を切ってしまったらしく、保健室に来たそうだ。
バレー部の練習試合があったため、午前中だけ学校に来ていた冬野先生は、手当する際にツキガミ様のことを森口から聞いたらしい。
「それまではツキガミ様ってのが女子中高生の間で流行っているのは、なんとなく知っていたわ。F中での事件があって、職員会議の議題に上がっていたし……うちはF中の出身の生徒が多いからね。でも、まさかそのイジメの主犯格として刺された子が、伊勢谷君の妹だったなんて知らなかった」
伊勢谷先輩は、森口さんがツキガミ様の集会に参加して来たと自慢げに話していたのを聞いて、激昂し、森口さんを殴った。
妹を傷つけた犯人が、そのツキガミ様の熱狂的な信者であったのだから、当然だろう。
しかし、妹があの事件の被害者ということが知れれば、伊勢谷先輩はイジメの加害者の兄であるということがバレてしまう。
それも、妹と同じく生徒会長をしている。
兄も誰かをイジメているのではないか、と思われるのを懸念して学校では平静を装っていた。
「森口さんも森口さんよ。母校でそんな事件が起きたっていうのに、集会に参加したんだから……」
「森口さんも、F中出身だったんですか?」
「そうよ。あと……速水さんもそうね」
「速水も?」
F中はこのK高とは割と近い距離にある。
そういえば、前に近所のスーパーで買い物をした時、大きな道路を挟んだ先にある校舎を見た。
K高はF中生の学区内にあるため、そのスーパーでF中の制服を着た生徒たちとも遭遇している。
スーパーの入り口の近くに、たこ焼きやたい焼きを売っているテナントが入っていたのを思い出した。
あの時、夏限定と大きく書かれた特製かき氷の
「二人だけなら偶然かもしれないけど、三人目となると人為的なものね。あなたも誰かから集会のメールを転送されたんじゃない?」
「そうです。佐々木が昨日……」
「佐々木君にも聞いてみるといいわ。最近ケータイの充電の減りが早くないかって」
*
冬野先生が言った通り、俺にメールを転送した佐々木も同じく別の友達からメールが転送されていた向井と広瀬も同じように充電の減りが近頃早いと思っていた。
ちゃんと充電の線が挿さってなかったとか、そういうのが原因だと思っていたみたいだが……
ちなみに佐々木の待ち受け画面は冬野先生の明らかな盗撮写真だったので、俺は睨みつけたが佐々木は素知らぬ顔をして、「よく撮れているべ?」と自慢までしている。
向井と広瀬カップルは、二人で最近撮ったプリクラで、見せられたこっちが恥ずかしくなった。
「神谷先輩は?」
「私のケータイ? 私のは別に異常ないけど……ほら」
神谷先輩はケータイの画面を俺に向けた。
「あれ? このかき氷って、そこのスーパーのですか?」
「ええ、そうよ。よく気づいたわね」
偶然にも待ち受け画像は四人でかき氷を食べている写真だった。
スーパーの幟に書いてあった、あの夏限定の特製かき氷だ。
テーブルの前に神谷先輩と左目の横に黒子のある女子、後列の右側は一人だけ男だった。
その男の隣には、おかっぱ頭のメガネの女子。
「あれ? この人……速水?」
「え? あぁ、姉の方よ。速水
「手芸部? この男も?」
「……ええ。彼は体が弱くて、小さい頃よく家にいたからお祖母さんの趣味の刺繍を一緒にしていたそうよ。男の子だけど、手芸部の中では一番上手だったわ」
「へぇ……そうなんですね」
よく見ると、神谷先輩以外はF中の制服を着ていた。
ということは、これは神谷先輩が高校一年の夏に撮った写真だろう。
神谷先輩は転送メールが届いても開かずすぐに削除した為、ケータイは無事のようだ。
おそらくこのメールを開くとケータイがハッキング可能になるのだろう。
佐々木もサイバー犯罪対策室の刑事から同じような連絡をもらった。
ケータイはPCとは違って、ハッキングされることはほとんどないそうだが、かなり高度な技術を持つハッカーがその油断をかいくぐっているようだ。
メールの送信元を辿ってみたが、幾つもの海外サーバーを経由していて、解析にはまだ時間がかかるらしい。
「ケータイがハッキングされていたなら、カメラとかマイクで音声を拾って、個人情報を把握してたのかも。部屋の中に何があるとか、本人しか知らないと思っていることを言い当てられたら、そりゃぁみんな神様かなにかの力だって信じるべ?」
仕組みがわかったなら、あとはどう対応するかだ。
俺たちは全員、これ以上ハッカーにこちらの作戦を聞かれないようにケータイの電源を消した。
「集会には出よう。でも、どうやって正体を暴く?」
佐々木は腕を組んで悩む。
「……なぁ、小泉。お前は雪子先生に速水を助けるように言われたんだろ?」
「ああ、可愛い後輩を助けなさいって……」
「じゃぁ、雪子先生も協力してくれる————って、ことだよな?」
何かいい作戦でも思いついたのか、佐々木はニヤニヤと口元を緩めて笑っていたが、何も教えてはくれなかった。
そして、迎えた金曜日。
文化祭が始まる——————
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