雪女と異端の文化祭(7)
「……それは、確かに神谷さんは怪しいわね」
保健室に入るやいなや、冬野先生はいつもの扇風機の前に座り、風をいっぱいに浴びながら話した。
この人いつも涼しい顔をしているけど、実は多分暑さにものすごく弱いんじゃないだろうか……?
俺たちが踊っていた間冬野先生の隣にいたあの細身の男は、どこかへ行っていなくなっていたが、コンビニの袋を手に持って現れた。
そして、きっかり人数分のガリガリ君ソーダ味を配る。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
誰なんだこの人は……
その場にいた全員がそう疑問に思った。
顔はまぁ、そこそこイケメンという感じだったけど冬野先生に雰囲気が少し似ているような気もする。
こちらは無表情ではなく、薄っすら笑顔を浮かべていたが……
「では、私はこれで。お嬢様、あまりご無理はなさらないでくださいね」
「わかってるわ。さっさと帰りなさい」
ああ、やっぱり執事だ。
そして、冬野先生はお嬢様と呼ばれているのか……
「まったく、なんでソーダ味なのよ」
買ってきてもらって文句を言っている。
先生、ガチもんのお嬢様だったんだ。
「えーと、それで、森口さんが速水さんの見たツキガミ様だったて、ことで間違いないかしら?」
「そ、そうです……!」
「ふーん、なるほど……」
森口さんは自分で巫女をやっておきながら、集会に参加したと会長に言ったとうことになる。
なぜだろう?
森口さんの行動の目的がわからない。
それに、速水のお姉さんと森口は知り合いだ。
知り合いがそんな怪しげなことをしているというのに、一緒に参加して何も思わなかったなんておかしい。
「実は、少しF中の事件について私なりに調べたのだけどね……」
冬野先生はテーブルの上にコピー用紙を一枚置くと、F中で刺された被害者の名前を真ん中に書いた。
伊勢谷
F中三年生・生徒会長
その隣に、ツキガミ様に言われた通りにしたという、夏帆からいじめられていた女子生徒の名前。
藤木
F中二年生・文芸部
「藤木実里さんの話じゃ、自分の前にいじめられていたのは手芸部の
「当時?」
「学校の屋上から飛び降りて、自殺しているの。去年の秋、F中の文化祭の最中にね」
冬野先生は月宮の名前を書いた後、その上に生徒会長の名前も書いた。
伊勢谷
元F中生徒会長
「月宮君がイジメられていたのは、最初はこの兄の伊勢谷圭吾君からだったそうよ。経緯はわからないけど兄が卒業した後、それを妹の夏帆さんが引き継いだの。伊勢谷君が卒業したから、もうイジメられることもないと思っていたのだけど、夏帆さんのいじめはもっと酷かった。エスカレートして、あげく校舎の屋上から飛び降りたの。でも、学校側はその事実を隠蔽した。伊勢谷君の家は教育委員会のお偉いさんの家系だからね。それから……」
先生はさらにそこに四人の名前を追加する。
森口
「この三人は同じ手芸部に在籍していた。神谷さんとは一年生の時しか一緒にはいなかったけど、神谷さんの弟・神谷将生君と月宮君は小さい頃からとても仲が良かったそうよ」
月宮の死後、神谷将生はひどく落ち込み、一時不登校となっていたそうだ。
今は普通に登校しているが、転校も視野に入れるほどだった。
「文化祭の自殺なら、私も知ってます。確かに、月宮君と神谷君はいつも一緒にいました。学年は一つ違うけど、よく一緒にいたので……なんというか、二人にしか出せないオーラみたいなのがあって」
速水の話では、いつも一緒にいるので
月宮は色が白く、どこか儚げで細い体型をしていたため、いつも具合が悪そうで、美人薄命というか、美少年薄命という感じだったそうだ。
逆に神谷将生は柔道部のエースで、いつも倒れそうな彼を支えていたのだとか……
「そうなると、神谷先輩の待ち受けに写っていた男子は、月宮ですね。とても柔道をやってそうな感じには見えなかたですし……」
神谷先輩も、同じ手芸部だと言っていた。
自殺したとは言っていなかったけれど、もし俺が同じ部の仲間だったら、自殺したなんて口にも出したくはないだろうから、それは理解できる。
でも、ツキガミ様の集会にここまで関わっているメンバーが揃っているなら、これは偶然なんかじゃない。
必然だ。
誰かが、人為的に裏で操っている。
「速水さんが見たツキガミ様が森口さんなら、お姉さんは知っていたんじゃないの?」
「お姉ちゃんが? どうしてですか? 一体なんのために?」
「自作自演よ」
「えっ!?」
冬野先生に問いに、速水は明らかに動揺している。
「ツキガミ様のせいで、伊勢谷夏帆さんは襲われたわ。きっと、全てをツキガミ様のせいにして、復讐するつもりだったんじゃないかしら。伊勢谷圭吾君に」
伊勢谷会長は、シスコンとして有名だった。
それは当時F中学に通っていた人間なら誰しも知る事実。
速水も日菜子も、そのことを知っている。
妹の夏帆は小学生の頃から放課後、兄のいるF中に出入りしていたそうで、周りからも可愛いともてはやされていたそうだ。
兄が卒業してから同じF中に入学したが、全員が彼女のことを知っていて、相変わらず可愛がられ、親が教育委員会ということもあって、教師からの信頼も厚い優等生だった。
「速水のお姉さんが全て知っていたなら、ツキガミ様が言い当てたことも、お姉さんからの情報である可能性が高いね。それに、ケータイもハッキングされていた。やっぱりツキガミ様はインチキだよ。顔を見たら死ぬなんてことはありえない」
速水は何度も俺の言ったことに頷く。
「集会のメールは、向井と広瀬にもずっと前からなんどか転送されているし……二人がつき————」
「え? 俺とありさがなんだって?」
しまった。
向井がいたのを忘れていた。
「い、いや、なんでもない。気にするな!」
「なんでだよ!?」
「いいから、気にするな!」
「それより、佐々木、明日の集会はどうするんだ?」
俺はなんとか話をそらして、明日の動きを佐々木に確認する。
「神谷先輩には明日のこと話しちまったしな……推理通り、もし、そのツキガミ委員会と繋がっていたら、作戦は水の泡だべ?」
「そうなだな……」
「仕方がない、配置を変えよう。神谷先輩には絶対に変わったことを言うなよ?」
「わかった……」
明日の夜、俺たちは佐々木の作戦に従い、ツキガミ委員会の実態を暴く。
「私演劇部なんで、大丈夫です! 任せてください!」
速水と日菜子も、その作戦に協力してくれることになった。
*
「きっと、速水のお姉さんは向井と広瀬が付き合っていること知っていた。ツキガミ様の信憑性を高めるためにわざとツキガミ様の顔を見せて、祟りだと思わせたかったんだと思う」
すっかり暗くなってしまった帰り道、俺は速水にそう言った。
速水は日菜子の家の二軒先にあるマンションらしく、帰る方向が同じだったし、保健室では向井がいて、この話ができなかったから。
「馬鹿ですよね、私……すっかり騙されて、本当に祟られて死ぬんじゃないかって怖がって」
「仕方がないよ。そう言う風になるように仕向けられていたんだから。それより、家で姉さんにバレないように気をつけてくれよ?」
集会は明日の夜八時。
それまでに、速水がツキガミ様は偽物だと気づいていると悟られてしまったら、作戦に支障が出てしまう。
「そこは大丈夫です! 私、一応演劇部なので、演技には自信がありますから!」
「そうか、それは頼もしい」
速水はツキガミ様がインチキだとわかって、急に明るくなった。
「そうよ、速水さん。ツキガミ様の正体は、私たちで暴いてやりましょう!!」
「はい! 先輩!!」
すっかり日菜子と仲良くなっている。
俺はそんな二人を微笑ましく思いつつ、この日を終えた。
そして二日目の朝が来る。
午前中、お化け屋敷の受付係りだった俺は、予想外にも多くの客が来てかなり焦った。
お釣りが足りないだの、まだ前のカップルが出てこないから案内するなだの、並んでいる客には早くしろよと急かされる。
尻が見えそうなくらいズボンを下げて入って来たどこかの他校生の態度にムカついたけど、「くそヤンキーめ」と心の中でだけ悪態をつく。
ところが、中からものすごい悲鳴が聞こえて、ダッシュで出て来たヤンキーは半泣き状態だった。
その表情を見て、ちょっとスカッとしたりもした。
よくやった、佐々木と向井。
どうせお前たちだろう……————
「小泉くん、交代の時間だよ」
「ああ、じゃぁ、よろしく」
次の受け付け係と交代して、俺は日菜子がいる三組がやっているクレープ屋に行くとすごい行列ができている。
これはかなり待たされると思ったから、一階に降りて一年生のクラス展示を先に見て回ろうと思った。
「あ……」
階段を降りていくと、踊り場でおかっぱ頭に赤縁メガネの一年とすれ違う。
速水は別の生徒数人と一緒に歩いていた。
声をかけようとしたが、速水はこちらを一瞬見ただけで、そのまま素通りして上の階へ登って行く。
今の、速水だったと思うんだけど……
なぜか昨日まで普通に話していた速水と、どこか違う気がした。
もういなくなった階段を眺めていると、下の方から声をかけられる。
「小泉先輩!」
「……え?」
声の方を向けば、そこには速水がいた。
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