雪女と異端の文化祭(8)


「どうかしました? そんなところでぼーっとして」


 速水は小首を傾げながら、俺を見上げている。


「いや……なんでもない」


 今三階に上がって行ったのは、速水じゃなかったのか?

 髪型も赤縁のメガネも一緒だと思ったけど……


「それより、一年生の展示って今いてるか?」

「空いてますよ。お昼時だからみんな模擬店の方に行っちゃってますし……私もこれからホットサンドを買いに行くんです」

「そうか。わかった。ありがとう」

「それじゃぁ、また、後で」


 速水は足早に階段を上っていく。

 おかっぱ頭に、赤縁のメガネをかけているだけで、あれは別の人だったのかもしれない。

 俺は気にせず一階に降りて一年生のクラス展示を見に行った。

 特にすごかったのは、一年二組のトリックアート。


 床に大きな穴が空いているように見えるやつがすごい。

 椅子があるように見えてただの壁だったり、思わず写メを撮りたくなるような素晴らしい出来栄えだった。


 一階を見終わった後、俺の足は保健室へ向いていた。

 校舎の中も外も文化祭で騒がしい中、保健室の周りだけは妙に静かだった。

 保健室前の廊下には、人は誰もいない。

 ドアを開けて見たが、冬野先生もいなかった。


「先生も文化祭を楽しんでいるのか?」


 冬野先生のことだから、またいつものように扇風機で風を浴びながら読書に耽ってると思ったのに……

 いつも先生が独占している扇風機前の椅子に座ってみる。

 素材が夏用なのか、座面に敷かれていた水色のクッションはひんやりしていた。


「暑いのに弱いんだな……冬野先生は。本当に雪女だったりして……」


 なんて思いながら、ふと、窓の外を見ると黒い日傘が動いているのが見えた。

 白いフリル付きの、どこかのマダムが持っていそうな日傘。

 冬野先生が歩いている。


「ちょっと、そこ、私の席なんだけど?」

「えっ!? あれ……?」


 窓と正反対の方向から声がして、振り向くとそこには冬野先生がいた。

 いつも通り無表情で、でも美しい、冬野先生。


「ちょっと待って……え? 今外にいたはずじゃ……?」

「はぁ? 何言ってるの?」


 もう一度窓の方を見ると、黒い日傘を差しながら歩いている白衣の女性がいる。

 どういうことだ?


「ああ、あれ私じゃないわよ?」

「え? じゃぁ……だれ?」

「今日の二時からだったかしら? 三年生の演劇で『K高教師物語』ってやつをやるのよ。実際のK高教師を登場人物にした、オリジナル学園ミステリーですって。日傘貸して欲しいって頼まれたから、貸したんだけど」


 あの黒い日傘に白衣。

 それだけ見て冬野先生だと思い込んでしまったが、よく見れば顔が全然ん違う。

 髪も明らかにカツラだった。


「なんだ……びっくりした。俺はてっきり、先生のドッペルゲンガーでも見たかと」

「馬鹿ね、そんなのいるわけないでしょ? それより、早くそこから離れてくれる?」

「え?」

「私の席だって、言ってるでしょ?」

「ああ、すみません」


 冬野先生は俺が椅子から避けたあと、いつものように扇風機を回して椅子に腰掛ける。

 そして、今日も黒いブックカバーのついた文庫本を開く。


「……今日はミステリーですか? ホラーですか?」

因習いんしゅう系BLホラーよ」


 ————……よくわからないけど、怖そうだ。



 *



 夜になる前に設置された監視カメラ。

 佐々木が知り合いから借りてきたもので、文化祭の最中に校舎中に設置した。

 全ての映像は三階の探偵部の部室のPCで見ることができる。

 多少ラグがあり、夜なので画質は荒いが何をしているかははっきりと写っていた。


 時刻は七時半。

 誰もいないはずの夜の学校で、そのカメラに映る白い狩衣を着た人物が映り込む。

 服装は速水の証言の通りで、408教室までの動線にロウソクが置かれ、一つ一つに明かりが灯されていく。


「三人いるな。確かに二人は狩衣姿で、もう一人は巫女の格好みたいだ。顔は仮面をつけてるから見えないけど……」


 カメラに映った三人は、全てのロウソクに明かりを灯し終わると、それぞれの持ち場についた。

 一人は裏門の前、一人は408教室の入り口の前、巫女は黒い布のようなものを頭からかぶり、身を隠す。


「それじゃぁ、作戦通り日菜子と神谷先輩は集会にきた信者として、学校に向かってくれ」

『了解』


 携帯はハッキングされているからと、佐々木はトランシーバーを用意していた。

 これは部費で買ったそうだ。


 儀式が始まる時間が近づき、人が集まってくる。

 神谷先輩と日菜子には、相談者を装って参加してもらうことになっていた。


「神谷先輩がツキガミ委員会のやつかどうかはわからないから、こっち側に立たれるよりマシだべ?」

「そうだな」


 神谷先輩も、カメラが設置されていることは知っている。

 何か対策を取られるかもしれないが、それは嘘の情報だ。

 佐々木はダミーのカメラの位置を神谷先輩に教え、本当のカメラの位置は教えていない。


 俺と佐々木はモニター越しに様子を見て指示を出す。

 向井と広瀬、冬野先生は指示があるまで各々隠れて待機している。


「そういえば、速水は?」

「え……? さぁ、知らないけど……」


 速水も探偵部の部室でモニターしてもらう予定だったのだが、時間になっても現れない。

 俺はてっきり、佐々木がどこか別の場所に送り込んだのかと思っていた。


「お、誰か来た」


 八時が近づき、集会の参加者が次々と集まってくる。

 女子だけかと思ったが、男もいるようだ。


「あ、これ伊勢谷会長だ。なんだ、あの人結局自分でも参加するんじゃねーか」


 佐々木が気づいて、カメラをズームにすると伊勢谷会長が参加者の列に並んで歩いていた。


「————ってか、全部この会長のせいだべ? 月宮へのイジメのこともさ。包丁で滅多刺しってのは、流石にやり過ぎだとは思うけど……」

「それだけ、ひどいイジメにあってたってことだろう……?」


 ツキガミ様に言われたからって、それだけで簡単に行動にうつしてしまったのなら、それほど追い込まれていたんだと思う。

 その苦痛は、味わった本人にしかわからないことだろう。


「そうだなぁ……お、神谷先輩と日菜子も着いたな」


 時刻は八時五分前。

 白いハンカチを顔につけた参加者たちが、ロウソクの光しかない教室に並べられた。

 部屋の真ん中に置かれた椅子。

 その前に、巫女が姿を表す。


「あれ……? 仮面、つけたままじゃん。いつ外すんだ?」


 しかし、巫女は仮面を外さなかった。

 一人目、二人目、三人目と相談者たちと会話していくが、まったく外す気配がない。


「……もしかして、カメラがあることを神谷先輩から聞いたんじゃないか?」


 俺がそういうと、佐々木はカメラと同時に設置してあるマイクの音量を上げた。


『では、次の者』


 四人目の相談者は、伊勢谷会長だ。

 会長は前の二人と同じように椅子に座らされる。


『な……っなんだ!? 何を!?』


 ところが、椅子に座らせた途端に伊勢谷は体を縛り付けられ、椅子ごと床に蹴り倒されてしまう。

 仮面の男が、伊勢谷会長の頭を踏んだ。


『さぁ、ツキガミ様。この者は大変けがれています。あなた様の力で浄化してくださいませ』

『よかろう』

『じょ、浄化!? ふざけるな、一体何を————!!』


 巫女が右手をあげると、三人目の相談者が話している最中に裏門から408教室へ移動したもう一人の狩衣姿の仮面の人物が現れて、信者たちの手に野球のバッドくらいの長さの棒をそれぞれ持たせた。


『さぁ、皆の者。この者の穢れを払う儀式を行う。この儀式が終われば、さらにこのツキガミがお前たちに力を授けよう』

『ほ、本当ですか!?』

『今宵は特別だ。それでこの者をたたきなさい』

『はい、ツキガミ様!』


 なんだこれは……

 どうなってる————?


『や、やめろ!』


 伊勢谷会長は、その場にいた儀式の参加者数名から、殴られ続けている。

 日菜子と神谷先輩、それと純粋にこの集会に参加したであろう女子二人を除いて、五人から次々と殴られている。

 ところが……


『ほら、何をしているのです? あなたたちも、やりなさい。ツキガミ様のお力を得られるのですよ?』


 棒を渡した狩衣の女に促され、戸惑っていたその二人も伊勢谷を棒で殴ってしまう。


『ほら、どうしました? そこのお二人も、どうぞ』


 女は日菜子と神谷先輩にもそう言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る