雪女と異端の文化祭(9)


『大和さん、あなたは逃げて』

『えっ!?』


 神谷先輩は、日菜子を教室から出して内側から鍵を閉める。


『ど、どうしよう、京介!』

「日菜子、とにかくお前はこっちに戻ってこい。オレもすぐ行く!」


 佐々木は慌てて探偵部の部室から出て行った。

 俺は一人、モニターを見る。


 神谷先輩は、こいつらの仲間じゃなかったのか?


『やっぱり、あなたの仕業だったのね……————さん』


 マホ……?


『なんだ、気づいてたんだ』


 神谷先輩にマホと呼ばれたその女は、つけていた仮面を外した。

 おかっぱ頭。

 メガネがないのと画質が悪いせいで一瞬わからなかったが、速水じゃないか。

 マホって、誰だ?


『どうして、速水さんのフリなんてしていたの? いつから?』

『そうねぇ……今週の始め頃だったかしら?』


 マホはニヤリと口角を上にあげながら、話し始めた。

 その間も、他の信者たちによる伊勢谷への暴行は続いている。



 ◆ ◆ ◆


 最初にこの話を持ちかけてきたのは、神谷くんだったわ。

 先輩は知らなかったと思いますけど……

 月宮くんが自殺して、しばらく経ってからです。


 私、月宮くんが自殺した本当の理由を知ってしまって、それを教えたんです。

 神谷くんはほら、月宮くんがいなくなってから、ずっとふさぎ込んでしまっていたでしょう?

 学校にもまともにこないで……


 お兄ちゃんが月宮くんにしていたことは、イジメじゃなくて愛情表現だったんですよ。

 あの人、昔からね、好きな子ほどイジメちゃうんです。

 素直になれないで、バカみたい。

 本当はね、お兄ちゃんは月宮くんを愛していたんです。

 でも、月宮くんは神谷くんしか見てなかった。

 だからね、どうしても自分のものにしようとしていたんですよ。

 暴力もふるったし、月宮くんの裸の写真とか動画とか無理やり撮って、言うこと聞かないとネットに流すぞって脅してね。


 それを間近で見ていたあのバカな妹————夏帆はイジメだと思い込んでた。

 月宮くんになら、何をしてもいいんだって思い込んで、お兄ちゃんが卒業した後同じことをしたんです。


 嫌がる月宮くんを脱がせて、触って、写真や動画を撮って、取り巻きたちと一緒におもちゃにしてた。

 尊い月宮くんの綺麗な体を傷だらけにしたんですよ。

 お兄ちゃんより、もっと酷いやり方で。


 先輩は、月宮くんと神谷くんが付き合っていたの気づいていたでしょう?

 お姉さんですもんね、当然ですよね。


 でも、月宮くんは必死に隠してたんですよ。

 毎日毎日、あのバカから酷い目に遭わされていたこと。

 神谷くんに知られたくないって、必死に。

 でも、あの文化祭の日、屋上でふざけたあのバカがついにやってしまったんですよ。


 月宮くんが大事に持ってた、亡くなったお父様の遺灰が入ったガラスのペンダントを屋上から落としたんです。

 なんでも、月宮家に古くから伝わる習慣で、月宮家では亡くなった家族の遺灰を少し瓶に入れて持ち歩くんですて。

 平安時代から続いてるらしくて、あれと一緒です。

 鰻屋さんのタレ。

 先祖の代々の遺灰を、少しずつ継ぎ足して混ぜるんですって。

 不思議だけど、家族愛って感じで、素敵ですよね。


 月宮くんはそれをなんとか止めようと手を伸ばしたけど、間に合わなくて…………屋上から落ちたんです。

 私、偶然見ていたんですよ、その瞬間。


 だからね、そのことを神谷くんに教えてあげました。

 そしたら、神谷くんが言うんです。

「二人に復讐したいから、手伝って欲しい」って。


 それでね、森口先輩と速水先輩を誘って、作ったんです。

 ツキガミ委員会。

 二人も月宮くんと神谷くんのことは応援してましたから。

 復讐の方法は、神谷くんが考えました。

 メールでウイルスをばらまいて、ケータイをハッキング。

 カメラや音声を拾って、まるでカミサマが本当に見ているように信じこませれば簡単です。

 最初はみんなの知り合いから少しずつ始めました。


 そしたら、どんどん信者が増えていってね。

 月宮くんの後、藤木さんがいじめられていることもわかったんです。

 そして、藤木さんならきっと、F中の集会に参加すると思いました。

 あのバカをちゃんと殺せなかったのは残念だったんですけど、私たちの目的は、自分の手を汚さずに二人を殺すことです。


 手を下すのは信者です。

 ツキガミ様を信じ、その力をもっと欲しいと求める過激な信者。


 ほら、精神状態がまともじゃないから、そういう人たちって裁判になっても罪に問われないでしょう?

 いい考えだなって思いました。


 そして、この学校で集会をひらけば、お兄ちゃんが参加してくれるだろうと思いました。

 でも、あれだけ嫌ってた探偵部に協力を頼んでいたから、そちらの手の内を知るために、こうして速水悠花ちゃんに変装したんです。

 あの子と私はクラスも一緒だし、身長も同じくらいなんで……体育の時、いつもどっちが前かで揉めるんですよ。

 そのおかげで、こうやって見事に騙せたでしょう?

 我ながらいい仕事をしたと思ってます。


 先輩もどうですか?

 一緒にやりません?


 先輩だって、月宮くんのこと好きだったでしょう?

 月宮くんは儚げで美して、危うくて……

 神谷くんと二人でいる時のあの雰囲気。

 空気感。

 すごく美しくて、尊かったでしょう?


 それをお兄ちゃんこのバカが自分の欲のために穢したんです。

 何者にも変えられない美しさだったのに……

 純愛だったのに……


 ねぇ、ほら、一緒に復讐しましょうよ?



 ◆ ◆ ◆



『ほら、早く。神谷先輩』


 伊勢谷真帆まほは、信者たちに殴られている兄を棒で指して、笑った。


『大丈夫、罪には問われませんよ。ね? ほら、先輩』

『…………』

『ああ、もしかして、監視カメラのこと気にしてます? 大丈夫ですよ』


 伊勢谷真帆は、監視カメラの方を見てまた笑った。

 PCモニター越しに、目があう。


『大丈夫ですよ。この音声も、探偵部の部室のPCをハッキングしてあるので、消したりつなげたり、自由なんですって』

「な……なんだって……!?」


 そこでカメラの映像がプツリと切れて、強烈な赤の背景に不気味な能面の画像が画面いっぱいに表示される。


『騙してごめんなさい、小泉先輩、佐々木先輩。今の話、聞かなかったことにしてくださいね。そうしないと、お二人の秘密の写真とか全部ネット上に晒しちゃいますからねぇ。ダメですよ? いくら雪子先生が綺麗だからって、盗撮なんかしちゃ』

「いや、俺はしとらん!」


 盗撮してたのは俺じゃなくて、佐々木だ!!


『…………って、向こうの声聞こえないから、どんな反応しているかわかんないや。バイバーイ』


 ブチっと音声まで切れて、同時にPCの画面が真っ暗になった。


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