雪女と在りし日の都市伝説(6)


 多花音の家は、とても殺風景だった。

 生活感が何もない。


 俺の家も、引っ越して来た当初はこんな感じで何もなかったが、そんなのはもうすでに過去のことだ。

 引っ越し前に余計なものは全て断捨離したはずなのに、いつの間にかリビングの壁には祖母ちゃんが札幌ドームで買って来た日ハムの41番ユニフォームがかけてあるし、まりもっこりのぬいぐるみがソファーに置いてあるし……

 脱ぎ捨てられたまま、端に寄せられた靴下とか、うっかりこぼしたコーヒーの染みとか……

 冷蔵庫に貼ってあるゴミ収取カレンダーとか……


 そういうものがこの家には一切なかった。

 まさに、必要最低限のものしか置かれていない。


「それで、えーと……宇宙人の件ですよね?」

「そう。君が被害にあったあの事件について、詳しく知りたいんだ」

「詳しく……? どうして、ですか?」

「今、同じような事件が起こっているからだよ。今回は宇宙人ではなくて、紫鏡だけど……」

「……紫鏡?」



 多花音は俺の話を聞いて、納得すると、当時の自分に何があったか、覚えている限りを話してくれた。



 ◆ ◆ ◆



 宇宙人の話を最初に聞いたのは、わたしが小学二年生の夏のことでした。

 誰が最初にその話をしたのかまでは知りません。

 ピアノ教室で一緒の子から聞いたとか、別の小学校にいる親戚から聞いたとか……とにかく、宇宙人を見たら「私、いい子?」と聞かなくてはならないと……


 宇宙人は大きな黒い目に、白い頭で手足が細長いって話でした。

 でも、わたしは見たことがないし、宇宙人を見たのは他校の子たちでした。

 だから、ちょっと怖かったけど、うちの学校は大丈夫だろうって、そう思って……

 それから半年ぐらい経って、わたしはすっかりそのことを忘れていました。


 でも、あの日————今夜は東の空に流星群が見える日だってテレビのニュースでやっていて……

 わたしは一人で外に出ました。

 夜は外にでちゃいけないって、ママとパパに言われていたけど、その日は二人とも仕事で帰ってくるのが遅かったので、出ました。

 その時、私が住んでいた家には、その流星群が見える東側に窓がなかったので……

 東の空を見るには玄関の方に行くしかなくて……

 家の敷地内くらいなら、大丈夫だろうって……


 本当に綺麗だったのを覚えています。

 テレビで言っていた通り、いくつも流れ星が見えました。


 でも、ずっと見ていると首が痛くなって来たので、もう部屋に戻ろうって……そう思って、振り返ったら何かが光っていたんです。

 少し遠くの方で、ピカピカって何度か……強い光が……


 なんの光だろう……って、不思議に思って……

 ちょっとした好奇心だったんです。

 光ったものはなんだったのか、探しに行きました。


 そしたら、丸い形の建物があったんです。

 いつも学校へ行くときに通る道とは反対側だったし、いつからそこにあったのか、わたしは知りません。

 暗くてよく見えませんでしたが……なんというか、暗い部屋の中でテレビを見ているような、そんな光の漏れ方だったんです。

 ピカピカって、ピンク色とか青色とか、アニメか何かだったのかもしれません。

 なんども点滅していて、その光を見ているうちにわたしは急に気持ち悪くなって、その場にしゃがみこみました。


 めまいと、吐きたいけど吐けない、気持ち悪さがありました。

 そしたら右側の方から、ゆっくり近づいてくる足音が聞こえました。


 わたしはとにかく気持ちが悪かったので、助けてもらおうと顔をあげました。

 でも、そこに立っていたのが、宇宙人だったんです。

 手足が細長くて、大きな黒い目が、ピンク色や青色の光を反射して光りました。


 聞かなきゃいけない。

「私、いい子?」って、聞かなきゃいけない。

 そう思ったのに、その得体の知れないものが怖くて、怖くて、わたしは声が出ませんでした。

 宇宙人に体を改造される。


 どうしよう。

 どうしよう。

 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ。


 なんどもなんどもそう思いました。

 でも、すでにわたしの体は、恐怖で動けなくなっていて————


「ああ、ダメな子だね。ちゃんと聞かなきゃ。君は、ダメな子だ」


 宇宙人が、そう言いました。



 ◆ ◆ ◆



「その後のことは、あまり覚えていないんです。ママの話じゃ、私は記憶喪失だそうです。あまりにも悲惨な目にあったショックで、その記憶を思い出さないように脳がそうさせているんだって……」


 覚えているのは、断片的なことだけだそうだ。

 暴行を加えられていた最中の記憶なのか、夢なのかわからない。

 アニメの映像と星の形をした何かがかすかに残っている。


 それから数日後、山中に捨てられていたのを犬の散歩をしていた近所の住人に発見され、一命はとりとめたが、体は傷だらけで、心にも深い傷を負った。


「記憶はないけれど、痛みから体を改造されたっていう気持ち悪い感覚だけ覚えていました。それと……退院する少し前に、病院の売店に行った時————宇宙人の声が聞こえました」


 多花音は、声を震わせる。


「『必ずまた会いに来るからね』って、言ったんです」


 多花音は、宇宙人の声が聞こえた方を向いたが、もうそこには誰もいなかったそうだ。


「……それじゃぁ、昨日のっていうのは?」


 昨日、そう言って多花音が倒れたと、小夏が言っていた。

 それは、一体どう言うことなのか……

 答えは、とても単純なものだ。


「宇宙人と同じ声を、聞いた気がしたんです。昨日の全校集会が終わって退場するときに、『大きくなったね』って、宇宙人によく似た声が聞こえたんです」


 最初は信じられなかったそうだ。

 何かの間違いだったかも知れない。

 でも、多花音の体は自身が危険に晒されていると感じているようで、HRが始まった頃には具合が悪くなっていったらしい。


 多花音の隣で、黙って話を聞いていた小夏は、ぎゅっと強く両手を握りしめる。


「小泉先輩、私、宇宙人がどうしても許せないです。それに、また多花音やお姉ちゃんみたいに子供達が被害にあうのは、許せません。私も、その紫鏡の調査に参加させてもらえませんか? 役に立てるかわかりませんけど、剣道をやっていたので、腕っ節には自信があります」


 見つけたら絶対に殺す……という目を小夏はしていた。

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