雪女と在りし日の都市伝説(7)
声の記憶なんて、不確かだ。
多花音が聞いた宇宙人の声が、本当に犯人のものであるかは不明。
しかし、多花音が言っていた丸い建物のことが引っかかる。
それが、UFOだったと、言っていたが……
佐々木が知り合いの刑事から聞いた話によると、当時多花音が見たUFOらしき丸い建物というのは、見つからなかったそうだ。
近所中を探し回ったそうだが、近所のどこにもない。
もう八年も前のことではあるけれど一応、俺は小夏と当時の多花音が住んでいた町に行ってみることにした。
「住所では、ここですけど……」
だが多花音の住んでいた家は取り壊され、マンションが立ち並んでいる。
どれも新築のようだ。
近所を散歩していたおばさんに尋ねると、多花音の住んでいた土地にこのマンションが建ったのは五年前。
すぐ隣にある似たようなマンションが建ったのをきっかけに、七、八年ほど前からこの辺り一帯の住宅は建設会社が買い取って、新しいマンションが次々と建設されていったらしい。
「マンションができる前に立っていた家は、どれも素敵だったのよ。ほとんど近所に住んでた建築家のご夫婦が建てたものでね……日本の高度経済成長のすぐ後————……バブルの真っ只中だったし、壊すのはもったいないと思っていたんだけど……って、今の子にバブルの話しをしたってわからないわよね」
立地的にK大学やA小学校、ショッピングセンターに近い。
大きな書店もあるし、マンション経営には最適の場所だそうだ。
「とにかくね、うちの孫も小学校に今年から通っているから、みんな心配しているのよ。噂じゃぁ、今月に入ってから二人、行方不明になっているって話じゃない? それも、一人は亡くなっていたそうだし……学校側も昨日から集団下校だなんだって大騒ぎしてるのよ」
「そうなんですか……?」
身近に小学生がいないせいもあって、俺も小夏もそんなことになっているとは知らなかった。
このおばさんは、孫がA小学校に通っているということもそうだが、八年前に警察から事情聴取を受けたこともあるそうで、当時のことをよく覚えていた。
「K大のそばの林があるでしょう? そこで被害者の女の子が見つかって、すぐに刑事さんが『何か目撃してないか』って聞きに来てね、それから、一ヶ月ぐらい経ってからまた来たのよ。今度は、『UFOを見てないか』って……なんのことかさっぱりでね、驚いたわ」
「……一ヶ月後?」
「ええ、なんでもその見つかった女の子、証言できるようになったのは事件から一ヶ月後のことだったの。UFOを見たんですってね、それで宇宙人にさらわれたって話でしょう?」
多花音が発見されてから、一ヶ月空いているなら、その間に犯人はもうどこかへ逃げている。
しかも、それが本物のUFOだというなら、なんの手がかりも残ってはいないだろう。
「それじゃぁ、丸い建物なんて、この近所にはなかったんですね?」
「……丸い建物? UFOじゃなくて?」
「え、丸い建物なら、心当たりあるんですか?」
「それならあるわよ。確か、ほら……さっき言った建築家のお宅の庭に————丸い形の離れみたいなのが建っていてね、丸くて、ドーム型の不思議な建物があったの」
丸くて、ドーム型?
「刑事さんが聞きに来た時には、もう取り壊されてなくなっていたけど……お花を育てていたのよね。奥さんが亡くなる前までは……」
「……その家、なんて名前の人が住んでいたか知ってます?」
「名前……? えーと、確か……ああ、なんだったかしら? 川村さんとか川崎さん? いや、加賀さんだったかしら? うーん……ごめんなさい、名前はちょっと思い出せないわ。いつも、建築家の奥さんって呼んでいたから……」
おばさんから得られた情報はそれくらいだった。
俺と小夏は、他の人にも話を聞こうとしたが、外はもう日が沈み始めている。
「今日はとりあえず、このくらいにしよう……」
俺はそう言ったが、小夏は納得がいかないという表情をしている。
その時、一台の車が俺たちの目の前で止まった。
「————あら、あなた達こんなところで何してるの?」
白いハイエース。
運転していたのは、鏡先生だった。
「か、鏡先生!?」
こんな大きな車を運転しているとは……イメージと違いすぎて、俺も小夏も面を食らった。
「ちょっと……探偵部で調査を……」
「探偵部? ああ、今はそんな名前の部活になったらしいわね。今、何について調べてるの?」
「UFO少女誘拐連続殺人事件です……」
「……うわぁ、懐かしい! 私が高校生の時だったかしら? すごく流行ってたわ、その話!!」
「え、先生、当時のこと詳しいんですか?」
「詳しいっていうか、私、その事件の第一発見者よ?」
「えっ!?」
「確か、五人目の被害者だったと思うわ……————ああ、聞きたいならちょっと、乗っていかない? その自転車も、この車なら余裕で積めるわよ?」
❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎
————一方、その頃。
今日の仕事が終わり、雪子は車で自宅のあるマンションのそばまで来ていた。
運転しているのは、執事である。
雪子は車の免許は持っているが、あまり運転は得意ではないのだ。
K高から自宅まではそんなに遠くはない。
クーラーの効いた車内に入るこの瞬間、暑さから解放されて雪子はいつもK大前あたりで気が緩み、うとうとして、わずかであるがそのまま少し眠ってしまう。
執事・雪兎は、後部座席の雪子は今日もまた寝るのだろうと思っていた。
ところが、K大前にさしかかった時、雪兎は急ブレーキをかける。
「————ちょっと、どうしたのよ、急にブレーキかけて! 危ないじゃない!」
睡眠を邪魔されたせいで、雪子は不機嫌になった。
「すみません……前の車が急に止まったものですから……」
前を走っていた白いハイエースが、急に停止したのだ。
ウインカーも、ハザードも点けずに。
「まったく、危ないわね……」
雪兎は、隣の車線に入り、その車を追い越す。
雪子は不機嫌そうに、追い越したハイエースの方を見ると、その運転手が鏡響香であることに気が付いた。
しかも、歩道にいる智と何か話している。
小夏も一緒だ。
「戻って」
「え? なんです? お嬢様」
「今すぐ、戻りなさい! 今の車、運転手が鏡響香だった!」
「鏡響香……? って、お嬢様が昨日おっしゃってた、元K高生の!?」
「そうよ! 嫌な予感しかしないわ!」
雪兎はすぐに引き返そうとするが、残念ながらこの道路はUターン禁止。
仕方なく一度近くのコンビニの駐車場に入ってから、来た道を戻った。
しかし、その時にはすでに智と小夏はハイエースに乗り込んでしまった後で————
「追いなさい、雪兎!! なんとしてでも、追いつくのよ!!」
「わかりました!!」
雪子は眉間に深いシワを寄せ、つぶやく。
「……まったく、誰よ、あの女に教員免許なんて与えたの。一番教師に向いてないのに————」
❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます