雪女と夏の凍死体(3)


 山本慎司、2/14生まれの32歳、B型。

 身長167cm。

 実家は玉ねぎ農家。

 男三兄弟の次男。

 高校時代に所属していたアイスホッケー部でインターハイ出場。

 教育大学で保健体育の教員免許取得。

 28歳、顧問だったアイスホッケー部がインターハイでベスト4に。

 30歳から当校に勤務。

 何事も当たって砕けろの精神論者。

 冬野雪子先生に一目惚れし、わかっているだけでも10回以上フラれている。

 生徒からはウザいと思われている。

 最近の趣味は筋トレとサウナ。


「————とまぁ、山本についてはこんな感じだ」


 放課後、佐々木は黒板に山本先生について分かっている情報を書き連ねた。

 ちなみに、探偵部とは何か聞いた所、本当に探偵をしている部活らしい。

 部室もちゃんとあって、主な活動内容は、校内の困りごとの解決だ。

 人探しや猫探しもするし、浮気調査も行なっている。

 元はミステリー研究部だったのだが、小説を読むより実際の謎を解明したいと、探偵部という名前に変わったのだとか。


「第一発見者は、太鼓部の二年三組島本しまもと栄太えいた。前日の練習の時に部室に忘れ物をして、いつもより少し早く登校した時に倒れている山本を発見したらしい」


 殺人事件といえば、一番怪しいのは第一発見者だ。

 ところが、その島本は元アイスホッケー部。

 去年の夏に怪我で選手生命を絶たれて、太鼓部に入ったそうだ。

 ホッケー部を退部した後も、山本との関係は良好だったようで、進路相談をしたりしていたと目撃情報があった。

 山本先生を殺すような動機があるようには思えないとのこと。


「山本の交友関係は?」


 佐々木が尋ねると、新聞局と掛け持ちしているという同じクラスの向井むかい翔平しょうへいがメモを見ながら答える。


「えーと、情報の横谷よこや先生が高校時代の後輩だったらしい。横谷先生は山本の告白を応援していたそうだ。それ以外の先生とは特に接点ないなぁ」


 探偵部の部員は全部で五人。

 一年生に二人、三年に一人。

 二年生は佐々木とこの耳がデカくて猿みたいな顔の向井だけで、俺を入れて六人になるとか……

 まだ入ると決めたわけじゃないんだが……

 佐々木が部長らしい。


 三年の先輩は図書局と掛け持ちで、今は図書局の方に行っている。

 一年の二人は、何か新しい情報がないか嗅ぎ回っている最中らしい。


「事件現場は太鼓部の部室とはいえ校内だし、犯人は学校関係者と考えるのが筋だよな。普通は」


 そう、だから冬野先生が疑われた。

 山本先生からしつこく告白されていたことを、この学校の生徒なら誰でも知っていたし、さぞかしそれに迷惑していただろうということも……。

 それも、雪女というあだ名がついている。

 警察の所見によると見つかった山本先生は凍死していたのだから、そこと結び付けられてもおかしくはない。


「でも、夏に凍死って……ありえるのか? いくら夏の北海道は本州と比べて涼しいからって、7月だぞ?」

「凍死であることはほぼ間違いないよ。父ちゃんがそう言ってたし」


 佐々木のお父さんは道警の刑事なんだそうだ。

 捜査情報を息子に漏らしていいのかと思ったが、とりあえずそこは置いておいて、問題は、これが本当に殺人なのだろうか?

 事故の可能性はないのだろうか?

 冬野先生が任意の事情聴取を受けているということは、殺人とみて捜査を進めているということなのか?


「凍死————いわゆる低体温症で亡くなる場合、ほとんどが気温11度以下。酩酊状態の場合は15〜19度でもって、ネットには書いてるけど……昨日は結構暑かったべ?」

「夜になると温度がぐっと下がるけど、昨日はそんな感じしなかったもんな……」


 俺からしたら十分涼しい夜だったのだが、北海道民からすると昨日のあれで高温だったらしい。

 昨日から今朝までの気温を見ても、16〜18度と、11度以下にはなっていない。

 室内なら、昼間の太陽の熱が残っていて、もっと気温が高いはずだし……


「っていうか、なんで山本先生は夜に学校にいたんだ?」

「いや、それが昨日は当直だったみたいで……校内を見て回ってたんじゃないかって話だよ。いつもは夜間担当の用務員さんが見回りをしてるんだけど、今は怪我で入院中なんだ。だから、この数週間は代わりに先生たちで当番制にしてたらしい」


 昨日はそれが山本先生の番だったそうだ。


「それとあれだべ? 太鼓部の部室にいたのって、あそこだけクーラーついてるから」

「クーラー? え? この学校、エアコンはついてないんじゃ……?」


 おかしい。

 俺が聞いていた話と違う。


「ああ、校舎にはついてないよ。太鼓部の部室は一昨年新しく建てられたんだけど、防音に重点を置いて作ったらしくて、夏はあの部室だけクソ暑くなるんだ」

「そうそう。流石にこれじゃぁ練習になんないってことで、太鼓部の部室だけクーラーの設置が決まったんだよ。太鼓の音がうるさくて窓も開けられないからさ。まぁ、太鼓部だけ特別扱いするなって、当時は他の部活の先輩方はかなり怒ってたらしいけど……」


 エアコンがついているなら、多分最低でも16度くらいまで室内の温度は下げられる。

 それでも、凍死に至るほどの温度かと言われれば、微妙だ。


「そうそう。去年の事故も、熱中症が原因だったって噂もあったべ?」

「あれ? そういえば、あの事故、ホッケー部じゃなかったっけ?」

「え、そうだったか?」

「そうだよ、確か、去年の8月だ。確か最高気温が32、3度あったクソ暑い日にさ……————」


 佐々木と向井は、去年の夏に起きたとある事故のことを俺に話した。


「ホッケー部が基礎練で校舎の周りランニングしてて、車に跳ねられたんだよ。それもひき逃げ。犯人はまだ捕まってない」


 車に跳ねられたのは、二人。

 一人は事故によって死亡。

 もう一人は、命に別状はなかったものの、選手生命は絶たれてしまった島本。

 今回の凍死体の、第一発見者だ————






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