雪女と夏の凍死体(4)


「————確かに、僕は事件の第一発見者で、元ホッケー部だけどさ……だからって、犯人にされても困るんだけど」


 翌日の昼休み、俺たちは島本に話を聞くため隣のクラスへ。

 ちょうど日菜子が入り口側の席にいたため、島本を呼んで来てもらうと、彼は左足を少し引きずりながら廊下へ出て来た。

 島本は背が高く、おそらく190cm近くあるだろう。

 スポーツ選手としては恵まれた体型に見えるが、事故の後遺症が左足に色濃く残っているようだ。


「警察にも話したんだけどね……僕はあれは事故だと思ってるんだ」

「事故? その根拠は?」

「だって、部室には鍵がかかっていたんだよ? 僕が職員室に行って、顧問の横谷先生から鍵をもらって開けるまで、あの部屋は密室状態だった。窓も高い位置にあるしね」


 色々と嗅ぎまわって来た一年からの報告によると、夜間の見回りの際、担当者は各教室や部室の鍵の束を持ち歩いているらしい。

 山本先生は休憩がてら自分で部室の中に入って、自分で内側から鍵をかけたのではないか島本は考えている。

 エアコンがついているため、休憩にはちょうどいいだろうと。


 その鍵の形状がわかれば、また何か違ってくるかもしれないが、まだ警察の規制線が解かれていないため、実際に部室を見ることはできない。

 そこで、島本に部室の中がどんな様子か書いてもらうことにした。

 太鼓部はしばらく活動休止となったため、時間ならあるそうだ。


「わかった。それじゃぁ、放課後に君たちの部室に行くよ」


 島本はそう言って、また左足を少し引きずりながら自分の席に戻って行く。

 俺たちも午後の授業が始まるチャイムがなって、自分たちの教室に戻った。


「ねぇ、さっき保健室行ったら、今日も雪女来てなかったみたいよ」

「まだ警察に捕まってるんじゃない?」


 聞こえて来たクラスの女子の会話が本当なら、警察は何か証拠でも見つけたのだろうか?

 任意の取調べと聞いているが、それにしては時間がかかりすぎているし……


「やっぱり、雪女が山本を殺したのよ」

「そうよね。警察に捕まってるってことは、そういうことよね」

「こわーい。どうする? 警察も今頃凍死してたりしてね」

「まさか、それじゃぁガチで雪女じゃん」


 日菜子から聞いていたが、冬野先生は人気のあった先輩からの告白も冷たく断って来ていた。

 そのせいで一部の女子たちから、かなり嫌われているようだ。

 あまりに美しい人だから、嫉妬もあるのだろうけど……


「————えーと、今日は教科書23ページからだったな」


 開始のチャイムより少しだけ遅れて、物理の教科担任が教壇の前に立つ。


「あれが情報の横谷先生だよ」

「え?」


 後ろの席の佐々木が、小声でそう俺に教えた。


「情報の先生が、なんで物理?」

「物理と情報の教師なんだ。物理は二クラスしか受け持ってないし、情報の印象が強いから、情報の横谷先生って呼ばれてるだけ」

「ああ、なるほど……」


 まだ転入して来て三日目の俺は、覚えることが多いなぁと思った。

 クラスメイトの他に、教科担任の顔と名前も覚えないといけないのか……


 横谷先生は、山本先生と違ってスポーツをやっていたという感じがしなかった。

 山本先生と同じホッケー部の後輩だったらしいけど、度数のたかそうな分厚いメガネと白衣だからだろうか?

 身長はそこそこありそうだけど、きっとしばらくスポーツはしていないんだろうなと思った。

 まだアラサーなのに、腹が中年のおっさんみたいにぼてっと出ているし……


「先生、今日はそこじゃなくて、次のページでーす」

「ああ、そうだったか? すまんすまん」


 ちょっと抜けているようだけど、生徒からは多分好かれていると思う。

 終始笑顔だったし、人が良さそうだという印象だった。

 ただ、俺は物理があまり好きじゃなくて、授業中になんとなく窓の外を見る。

 二階のこの教室からは、校門がある道路側が見える。

 傘を差した誰かが校門を通って、校舎に向かって歩いてくるのが見えた。

 ここからじゃ顔はよく見えないが、その日傘の形状から女性であることはわかる。

 どこかのマダムとかが持っていそうな、黒地に白いフリルがついた日傘だったから……


 生徒の保護者か誰かだろうか?

 俺はそう思った。



 *


 放課後、佐々木に先に部室に行っているように頼まれた俺は、言われた通り探偵部の部室に行った。

 探偵部には貴重品の類は置かれていないし、三階の一番奥という辺鄙な場所にあるため部室に鍵はかかっていない。

 ドアを開けると、昨日まとめた山本先生の情報が書かれたままの黒板の前に、白衣の美女が立っていた。


 ————冬野先生だ。

 いつの間に学校に戻って来たんだろう……

 今日は学校に来ないと思っていた冬野先生は、胸の前で腕を組んで、黒板の文字を眺めたまま少し小首を傾げていた。


「冬野先生?」


 俺が声をかけたが、冬野先生は一瞬こちらに視線を向けただけで、すぐにまた黒板に視線を戻す。


「あなた、探偵部に入ったの?」

「えっ……!? あ、はい。そうです」


 正確には、勝手に巻き込まれただけで入部届けも出していない。

 しかし反射的にそうですと言ってしまった。

 これはもう、入部するしかないな……


「それじゃぁ、この凍死っていうのも一応確かなものなのね?」

「そう……ですね。佐々木が————……部長のお父さんが刑事で、事件のことを聞いたって……」

「ふーん、なるほど」


 冬野先生は、山本先生の関係者ということで書かれていた横谷先生と島本の名前を指差して俺に聞いてきた。


「今のところ、私以外の容疑者はこの二人ってことよね?」

「そ、そうです」

「あなたはどちらが犯人だと思う?」

「え……?」

「探偵部なんでしょ? あなたの推理を聞きたいのよ。それとも、あなたも私が雪女だから、凍死させたと思っているのかしら?」

「いえ、そんなことは……!」


 推理を聞かせろと言われても、まだ何もわかっていない。

 死体が見つかった太鼓部の部室はグラウンドの端にあるとはいえ、一応校内だ。

 まずは学校関係者を疑うのが通例だろう。

 俺が知る限りでは、山本先生を殺す動機を一番持っていそうなのは冬野先生だけど、生徒はたくさんいるし、教職員の中にもまだ知らないだけで山本を殺そうとするほど恨んでいる人間はいるかもしれない。


「誰が犯人かはわかりませんけど、冬野先生じゃないとは思います」

「どうして?」

「雪女なんてただの迷信じゃないですか。冬野先生はその、確かにクールな感じはしますけど、山本先生を殺すほど恨んでいるようにも見えないですし」


 何度もプロポーズされて、迷惑だったとは思うが、それだけの理由で人が人を殺す動機になり得るとは思えなかった。


「そう、確かに殺す理由は私にはないわ。あの男に関わること自体面倒だと思っている」

「やっぱり、そうですよね」


 死んだ人間に失礼かもしれないが、あまり事情を知らない俺にも、山本先生は冬野先生からまるで相手にされていないのは明らかだ。

 そんな相手を、殺そうと思うはずもないだろう。


「あの……探偵部の部室って、ここであってる?」


 その時、島本が約束通りノートの切れ端に部室内の見取り図を書いて持って来た。


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