雪女と夏の凍死体(2)


「ああ、雪子先生はね、そういう人なのよ」


 放課後、隣のクラスの大和やまと日菜子ひなこと帰り道が一緒になった。

 日菜子の家は俺の越してきた家のすぐ隣で、引越しの挨拶をしたときに一度会っている。

 同い年だとは聞いていたが、まさかクラスも隣とは思わなかった。

 日菜子はバレーボール部に所属いるらしく、明らかに運動神経が良さそうに見える。

 さすがバレー部という感じで、身長は俺より少し小さいくらい。

 170cm以上はあるだろう。

 ショートヘアで、ボーイッシュ。

 もし宝塚に入っていたら、確実に男役に選ばれていただろうな……と思えるような、どこか中性的な女子だった。


「私は一年の時からしか知らないけど、先輩の話じゃ、もう二十人くらいの男からプロポーズされているんだって。教師からも、生徒からもね」


 確かに、あの人は相当な美人だ。

 モテない方がおかしい。


「でも、全部断るの。『結構です』『他を当たってください』って、冷たくね。山本先生なんて、私が知ってるだけでも五回はプロポーズしてた」

「五回も……?」

「そう。五回も。もう卒業しちゃったけど、野球部のエースで女子から人気があった先輩もね、卒業前に告白してフラれてたわ。あまりにモテすぎるから、嫉妬した女子生徒が雪女って影でそう呼んでいるのよ」

「なるほど……」


 それにしても、五回も断られているとは……

 俺が手続きの時に見たあれは、いったい何回目だったんだろう……


「山本先生もさ、わざと生徒のいる前で告白するのよ。断りにくようにね……でも雪子先生はそんなの全く御構い無し。本当に雪女なんじゃないかってくらい、冷たいんだよね。特に男子に対しては……女子にはそこまでじゃないんだけど」


 日菜子も何度か部活中の怪我や体調不良の時、保健室で冬野先生に世話になったことがあるらしい。

 仮病を使って会いに来る男子生徒がいるらしく、おそらくそのせいで特に男子には塩対応なんだそうだ。


「なるほどな……だからあんな感じだったのか」


 冬野先生が貼ってくれた鼻の絆創膏を撫でながら、俺は間近で見たあの美しい顔と指先の冷たさを思い出す。


「ああ、それより小泉くんは部活決めた?」

「部活……?」

「私一応これでも生徒会役員なのよ。うちの学校の生徒はみんな何かしら部活に入らないといけない決まりだから」

「……何だそれ」

「運動部ならホッケー部が一番強いけど、ああ、顧問はあの山本先生ね」

「いや、運動部はちょっと……」


 無理だ。

 ホッケー部ってあれだろう?

 氷上の格闘技。

 そもそも、俺はスケートができない。


「うーん、文化系か。それなら、人気なのは吹奏楽部ね。珍しいのだと太鼓部もあるけど」

「太鼓部……?」


 珍しい部活名に首を傾げていると、ドンドンと大きな音が聞こえてきた。

 グラウンドの横を通った瞬間だ。


「ほら、あそこに謎の建物あるでしょう?」


 日菜子はグラウンドの端っこにポツンと立っているプレハブ小屋のような建物を指差して続けた。


「名前の通り太鼓を演奏する部活でね、音が大きいから部室も校舎とは離れていて、専用のがあそこにあるの。文化部だけど、結構激しいからもう運動部でもいいんじゃないかと私は思ってる」

「……それなら、なおさら俺には無理だな。できるだけ体力を使わない部活は……?」

「うーん、そうね。写真部、美術部、茶道部……あとは、図書局とか新聞局かな?」


 一通り俺に適していそうな部活を教えてもらいながら、俺は転校初日を終えた。

 新聞部か図書局に入ろう。

 その日の夜には、そう決めていた。


 そして、事件が起きたのは、この翌日。


 登校したら、その太鼓部の部室のそばに救急車とパトカーが停まっていて、人集りができていた。

 次々と別のパトカーも到着し、物々しい雰囲気を纏っている。


「みんなどいて! 危ないから」

「みんな教室に入りなさい!!」


 教師と警官がみんな教室に戻るようにと現場に規制線を貼って誘導している。

 何事かと思っていると、太鼓部の部室から担架に乗せられて、何かが運ばれていくのが見えた。

 布を頭まで被された、誰かの死体。

 筋肉質な太い片腕がずるりと布の間から下へ垂れ下がる。


「あの腕……山本先生……?」


 誰かがそう呟いて、騒ぎが一層、大きくなる。

 遺体で発見されたのは、体育教師でホッケー部顧問の山本慎司しんじ、当時32歳。

 死因は凍死。

 夏の北海道が、本州に比べて涼しいとはいえ、夏に見つかった奇妙な凍死体は全国ニュースで取り上げられることとなる。


 そして、警察がその容疑者として目をつけたのが、養護教諭の冬野雪子————保健室の雪女だった。



 *



「ねぇ聞いた? 山本ついに殺されたって」

「犯人は雪女でしょ? しかも夏なのに凍死とか……あいつガチで雪女なんじゃないの?」

「ありえるわ。きっと、山本があまりにしつこいから、ついヤっちゃったのよ」


 グラウンドの端にある太鼓部の部室とはいえ、校内で死体が見つかったということもあり、一限目の授業は中止となった。

 緊急で職員会議が行われ、生徒たちはそれぞれの教室で待機している。

 このまま授業を続けるか、休校にするか決めているのだろう。


「いやぁ、俺も山本はやりすぎだと思ってた。何度断られても当たって砕けろの精神だっ!とか言ってたし……正直だいぶ痛かったよな」

「雪子先生がやってなかったら、俺が代わりにやってたところだ」

「おいおい、まだ雪子先生が犯人だって決まったわけじゃないべ?」

「でも、さっき警察に連れて行かれてたの見たぞ?」

「ただの事情聴取だべや」

「そーか?」


 何が真実かはわからないが、要するに、山本からの迷惑なプロポーズに困っていた冬野先生が、ついに殺したのではないかとみんなが噂していて、警察の耳にもそれが入ったようだ。

 さらには、雪女と呼ばれていたこともあって、凍死と結びつけられたのだろう。

 今頃、警察署で容疑者として任意の取り調べを受けているに違いない。


 それにしても、夏に凍死とは……なんとも不可思議な事件だと思った。


「小泉はどう思う?」

「どうって?」

「犯人だよ! 雪子先生が殺したと思うか?」


 佐々木が真剣な顔つきで俺を見つめる。


「そんなの、俺がわかるわけないだろ?」

「そうだよな、じゃぁさ、手伝ってくれないか?」

「……何を?」

「雪子先生が犯人じゃないって、証明すんだよ!」

「証明……?」


 佐々木は俺の手を取って、勝手に握手をする。


「無実の罪で捕まった雪子先生を、俺たちが助けなくてどうするんだ! な、そうだろう?」

「俺たち……て、は? その俺たちに俺も入っているのか?」

「当たり前だろう! 俺たち生徒が先生を助けないと! それに————」

「それに……?」

「俺、探偵部だから、身辺調査は得意だぜ?」

「探偵部!?」


 そうして俺は、なぜか佐々木が部長をしている探偵部と雪子先生のファンである他の連中に『雪子先生の無実を晴らす会』という謎の会に巻き込まれた。

 俺の意思とは関係なく。

 勝手に。


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