雪女と在りし日の都市伝説(8)
「私が高校生の頃にね、朝帰り————おっと、えーと、早朝トレーニングをしてたのよ。太鼓部は体力勝負だからね。家の近所を走っていたの」
早朝トレーニングは絶対嘘だ。
でも、確かに鏡先生は当時近所の空き地で子供の死体を目撃していた。
「今日はゴミ収集の日でもないのに、カラスがいっぱい空き地に集まっていてね……あの空き地は目の前は林だし、夏の終わり頃だったから雑草は生い茂っているしで————変な匂いもしたから、誰か生ゴミでも捨てたんじゃないかって、そう思ってちょっと見て見たの。そしたら、カラス達がつついていたのは、子供の死体だったのよ。服は何も着てなくて、両手を縛られていた。びっくりして……すぐにケータイで警察に通報したわ。まだ小さかったのに……もったいない」
鏡先生は赤信号で停車すると、話しながら右側を気にしているようだった。
助手席に俺、小夏も左側の後部座席に乗っていたため、そこに何があったのかわからない。
ただ、信号が変わった途端、車は急発進。
後ろの自転車が倒れたようで、ガシャンと大きな音がする。
「ちょっと揺れるから、捕まっていてね」
そう言って、さらにスピードが上がった。
運転が荒いとか、そういうレベルじゃない。
これは……何かから逃げている?
そう思って、後ろを向くと見るからに高級そうな黒い車がずっと後をついて来ている。
「せ、先生? なんで追われているんですか?」
「知らないわよぉ。なんだかわからないけど、追ってくるから逃げているの」
小夏は完全に車酔いして気持ち悪くなている。
顔が真っ青だ。
「もう、せっかく生徒と仲良くなろうとしているのに……めんどくさいわねぇ。佐藤さん、ちょっとそこにあるバッグ取ってくれる?」
「え? これですか?」
「そうそう……中に拳銃入ってるでしょ?」
「け、拳銃!?」
小夏は驚いてそのバッグを落としてしまう。
すると、中身が座席の下に散乱する。
拳銃、手錠、赤いロープ、太いロウソク……
「えっ? なななななんですかこれ!!? 本物!?」
「まさか、そんなわけないでしょう。ライターよ」
この先生、絶対やばい。
「な、何に使うんですか!?」
「何って、タバコに決まってるじゃない。私、ずっと我慢してたのよ。このままじゃぁ、ちょっと調子が出なくてね。一本吸ったら、本気出すから……早くちょうだい」
「は、はい……!!」
とにかく、言われたまま小夏は拳銃型のライターを拾い上げた。
鏡先生はポケットからタバコを出すと、一本口にくわえて、それで本当に火をつける。
本当に、ライターだった……と少し安心したが……
拳銃はライターだとして、他は?
手錠と赤いロープ、それにこの太いロウソクの使い道は!?
それに、黒い長い紐か何かも見えている。
小夏は落ちたものを元に戻そうと拾い上げたが、その黒い長い紐のようなものを手にして、首を傾げた。
「……
鞭!?
「よーし、それじゃぁ、先生本気出しちゃうからね。舌噛まないように、二人とも気をつけてね」
そう言って、鏡先生はアクセルを強く踏み込んだ。
*
これは最早、誘拐じゃないだろうか……
市内を走っていたはずが、気づけば周りに何もない山奥へ来てしまった。
道路の舗装はボコボコだし、砂利道だったり、細い道だったり……よくまぁ、この大きな車でこんな狭い道を走れるなってくらいギリギリの道を走ったりして……
追って来ていた黒い車は鏡先生のドライブテクニックのおかげで巻くことができたものの、あれが警察だったら、むしろ助けを求めた方がよかったのでは……?とさえ思えてくる。
「えーと、それで、話の続きだけど……どこまで話したっけ?」
完全に俺まで車に酔ってしまって、吐きそうなくらい気持ちが悪くなっていた。
小夏なんて、気を失っている。
それでも、鏡先生はなんともないことのように笑顔で話を続ける。
「そうそう、両手を縛られている状態で発見したのよ。あれは多分、もう死後なん日か経ってたんじゃないかしらね? 体は腐り始めてたし……とてもかわいそうで、見ていられなかったわ。きっと、もう少し大きくなったら、制服の似合う素敵な女の子になっていたと思うのに……こんな感じのなんもないところだったのよね、捨てられていたの」
遠く離れてたところに民家が少し建っているようだが、空き家なのか電気の一つもついていなかった。
もうすっかり夜になってしまって、車から見える景色は、なんの代わり映えもしないものになっている。
さすが北海道。
道路がひたすらに長い。
動物注意の鹿の看板がある。
「すっかり暗くなっちゃったし、お腹すいて来たわねぇ。コンビニかスーパーか何か見つけたら先生おごってあげるわ。こんなところまで連れて来ちゃったし」
先生は一度車を止めて、カーナビの目的地を設定した。
一番近いコンビニまでは三十分ぐらいで着く。
Uターンをして、来た道を戻る。
すると、その時、道路の前に何かが飛び出して来た。
「えっ!? 何!? 鹿!?」
先生は慌てて急ブレーキをかける。
よく見ると、それは両手を縛られた女の子だった。
「な、何!? え!? ちょっと、ちょっと、大丈夫!?」
鏡先生はすぐに車から飛び降り、女の子に駆け寄る。
小学生か、幼稚園児か……
「たす……けて……」
力なく、女の子はそう呟く。
鏡先生は、その子を抱き上げると、後部座席に乗せる。
「佐藤さん、起きて。佐藤小夏さん……!」
「ふ……ふぇっ……!?」
目を覚ました小夏は、いつの間にか女の子が隣にいることに驚いて素っ頓狂な声を上げる。
「この子のロープ解いてあげて」
「え、え……? はい!」
鏡先生は運転席に戻ると、すぐに車を走らせる。
そして、その刹那だった。
宇宙人とすれ違ったのは————
一瞬だったが、大きな目と白い頭の二足歩行。
だが、多花音から聞いたような、手足が長い————……というわけではないと思った。
体は普通の人間だ。
白っぽい半袖の服を着た、どこにでもいそうな人間だ。
「だ、大丈夫? 何があったの?」
小夏がロープを解いてやると、女の子はやっと安心したようで大声で泣き出してしまう。
「ああ、落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから……!!」
小夏は必死に泣きやませようとしているが、女の子はしばらく泣きやまなかった。
どうしようかと思っていると、俺のケータイの着うたが鳴る。
————しまった……!!
変えるの忘れてた!!
この状況で、リングの主題歌はやめてくれ!!
「もしもし!?」
すぐに出ると、相手は佐々木。
『大変だ! 鎌田の妹が、学校から帰ってこない!! 紫鏡に連れて行かれた!!』
「な、なんだって!?」
『言ってただろう!? 次は自分だって……詳しく話を聞く前に、いなくなっちまったみたいで……S小学校を出た後、どこで何をしてるのかさっぱりわからなくて……お前今、どこにいる? 合流できないか?』
「ちょっと遠くに……って、こっちもそれどころじゃなくて……————」
こっちはこっちで、大変なんだ。
「お、お嬢ちゃん、お名前は? お姉ちゃんに教えてくれるかな?」
「……だ……らっ」
「え?」
「鎌田きらら……っ! S小学校一年一組、鎌田きらら」
「…………佐々木、鎌田の妹、名前は?」
『え? えーと、きららちゃんだけど?』
鎌田の妹じゃないか!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます