雪女と在りし日の都市伝説(9)
S小学校は、K高のすぐ隣に建っている。
鎌田の妹・きららちゃんの話によると、今日は掃除当番で、掃除が終わって帰り道を一人歩いていた。
その時、K高とS小のちょうど間あたりにあるカーブミラーを見上げた。
行方不明になっているクラスメイトと、三日前に紫鏡を拾ったのも、この場所だったという。
その時、二人で鏡に向かって尋ねた。
「私、綺麗?」と、恐る恐る。
しかし、鏡の中の自分は笑顔にならなかった。
恐ろしくなって、その鏡はその場に捨て、二人で逃げたそうだ。
でも、その日からそのクラスメイトは学校に来なくなった。
行方不明で、警察も探している。
きららちゃんは、鏡の中に引きずり込まれるという話を聞いていたのに、ついそのカーブミラーを見つめてしまった。
すると、横からすっと、手が伸びる。
白い手だった。
白い手に口を塞がれ、引き寄せられて、気づいたら眠ってしまっていたらしい。
目がさめると、そこには宇宙人のように大きな黒い目の男がいたそうだ。
両手は縛られ、知らない場所に連れられていた。
丸い、宇宙船のような建物だったと、きららちゃんは証言している。
そして、部屋の中は紫色だった。
鏡の中に入ったんだと思ったそうだ。
古いテレビが一台置いてあって、昔のアニメを永遠と見せられたという。
チカチカして、すごく気分が悪くなったし、体を触られて気持ちが悪かった。
服を脱がされる前に、窓の外に車が停まって窓の外が明るくなったのが見えた。
様子を見に男が外に出ていき、きららちゃんは隙を見てきららちゃんはその鏡の中から抜け出した。
そして、鏡先生が運転する車の前まで必死に逃げて来たのだ。
緊急病院に行って、警察や両親に連絡もしたから、きららちゃんは最悪の事態からは免れた。
けれど、先に誘拐されたであろうクラスメイトの死体が、俺たちが通った山道で発見される。
もう少し発見が早ければ、助かったかもしれないという話だった。
警察に事情を話している時、小夏は手のひらに爪の跡が残るくらい強く自分の手を握りしめ、悔しそうに泣いていた。
「————鏡先生……あの、一つ聞きたいんですけど……」
「なぁに? 小泉くん」
「新しく、K高の教職員になった人って、鏡先生と道井先生以外にもいますか?」
多花音は、全校集会の後、宇宙人の声を聞いたと言っていた。
それなら、宇宙人は新しくK高の教職員になった人物の可能性が高いのではないかと、俺は思う。
きららちゃんが誘拐された場所も、K高の近くだ。
それに、きららちゃんは言っていた。
鏡に映った白い手……
その腕に、星のような、ヒトデのような傷跡があった————と。
「ああ、それなら、用務員の川村さんね。前の夜勤担当だった人が急に辞めちゃったとかで……私の採用面接の時、一緒に用務員さんの面接もしてたから」
そうか……それなら、そいつが宇宙人だ。
*
俺が佐々木にそのことを話すと、すぐに佐々木のお父さんが動いてくれた。
きららちゃんが言っていた、内部が紫色の丸い宇宙船のような建物は、『フトゥーロ』という60年代にフィンランドでUFOをテーマに設計された家があり、それを真似て作ったドーム型のコテージだった。
これと同様のものが、かつて多花音が丸い建物を見たあの場所にあったらしい。
建築家夫婦の住んでいた家の広い庭の中に。
しかし、周りを木々で囲まれていて、道路にも面していないためその存在を知っている人はごくわずか。
それも、多花音の証言は、事件が起きた日から一ヶ月後だったため、すでに跡形もなく解体された後だった。
山の中にひっそりと立っていた丸い建物は、それを再現した試作品であることがわかった。
作ったのは、川村建設の現社長。
逮捕された用務員の川村は、その川村社長の長男だった。
「これで、事件は終わりってことだべ?」
「犯人が逮捕されたのは良かったけど、宇宙人も紫鏡もやっぱりただの都市伝説だったのが、ちょっと探偵部としてはやりがいがなかったよな」
逮捕されたというニュースが全国ニュースで流れたのをワンセグで見たのは、きららちゃんを助けたその翌々日のこと。
部室で一緒に見ていた佐々木と向井はそう文句を言っていた。
もう少し、探偵部らしく犯人を捕まえるとか、誘拐されたきららちゃんを救うとか、謎解きをしたかたっとか……
「…………おかしい」
「え? 何がだ? 小泉」
この時の報道で初めて、俺は川村の顔を見た。
映像で見る限り、川村は背が低く、小太りの男だ。
確かに腕に星のようなヒトデのような痣のようなものがあるけれど、あの時現場にいた俺が見た宇宙人とは体型がまるで違う。
「この人、犯人じゃないかもしれない……」
俺が見た宇宙人は、どちらかといえば、スラッとした体型をしていた。
この人じゃない。
だとすると————……
「道井先生って、ホッケー部の顧問になったんだよな? 佐々木」
「え? ああ、山本の後任だから……」
「ホッケー部って、今どこで練習してる?」
考えられるのは、道井先生しかいない。
でも、あの優しそうな道井先生が、そんなことをするだろうか?
わからない。
でも、俺が見たのは、川村ではない。
「アイスアリーナだな。ほら、ジャスコの近くにあるだろ? そういえば、ホッケー部といえば廣岡から聞いたんだけど……鏡先生だけじゃなくて、道井先生もこの学校の卒業生だったらしいぞ」
「……道井先生も?」
「ああ、苗字が変わっていたから、最初は廣岡も気づかなかったんだってさ。卒業の直前に両親が離婚して、川村から道井に変わったって————って、ん? あれ?」
————やっぱり、そうだ。
佐々木も、自分で言っていてそのことに気がついたようだ。
「いや、でも……そんな偶然…………」
「とにかく、アイスアリーナに行ってみよう。用務員の川村が犯人じゃないなら、考えられる答えは一つしかない」
あの優しい道井先生が、犯人だなんて思えないけれど、他にいないんだ。
校内で多花音がその声を聞いたのが本当なら……
*
俺たちが校門を出ると、そこに高級そうな黒い車が停まっていた。
昨日追いかけられた車に似ている気がする……
運転席の窓が開き、こちらに声をかける。
「こんにちは」
左ハンドル……外車だ。
このうすら笑顔の男、冬野先生の執事だ。
確か、雪兎さん。
この人がいるということは、冬野先生が来るのを待っているのだろうか?
「小泉智君ですね。少しお話があるので、車に乗ってもらえませんか? あとでお嬢様も来られますので」
「え、でも……俺たちこれから、アイスアリーナに行かないと……」
「そちらの方はもう手配済みですので、大丈夫です」
「え……?」
雪兎さんは、うすら笑顔のまま淡々と道井先生のことを話し始めた。
「あなた方もお察しの通り、犯人は道井雅人です。彼は、中学生の頃、事件を起こしました。児童虐待の被害にあっていた当時小学二年生少女を家に連れ込み、行為に至りました。典型的な小児性愛者です。最初の被害者の親とは示談が成立していますので、表沙汰になることはありませんでした。しかし、高校生になって、その欲求は抑えられなくなっていきました。そこで、犯行に及んだのです。彼の親族は地元じゃ有名な権力者ですし、長男より勉強ができたため、優遇されていました。だから必死に、両親は彼の犯行を隠しました。彼が高校を卒業する前に両親は離婚しました。逮捕されたのは、彼の兄で————……」
ペラペラと話していた雪兎さんの言葉が、急にピタリと止まる。
浮かべていた笑みも消えて、とても怯えたような表情に変わった。
「……————雪兎、何度言ったらわかるの? こんなところで、余計なことをペラペラと」
「も、申し訳ございません、お嬢様!」
振り返ると、いつの間にか冬野先生が後ろに立っていた。
いつもより、ずっと不機嫌そうな表情で……
「とりあえず、三人とも乗りなさい」
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