雪女と最悪の金曜日(6)


「向井と広瀬は4階の視聴覚室と第二音楽室、エレーナは3階の第1理科室、神谷先輩は1階の家庭科室に! オレと小泉は体育館だ」

「体育館?」

「体育館には、隠れるところが山ほどあるんだよ。今日は部活もやってないし、体育倉庫と……それから、ステージ横の放送室」


 俺たちは佐々木が言った通りに分かれて、それぞれ目的の場所を目指して走った。

 その道中、廣岡先生が疲れた顔で校長室に向かって歩いてくる。


「お、おい、どうしたんだ? 佐々木、小泉……そんなに慌てて」

「あ、廣岡先生! ちょうどよかった!! 放送室の鍵って、持ってますか?」

「放送室の鍵? どうして……?」

「雪子先生が、そこにいるかもしれないんですよ!! ほら、放送室の奥にいある灰色の棚、あそこなら人一人入れるかなって……」

「…………ああ、なるほどな。すまん、さっき着替える時に校長室においてきてしまって……すぐにとって来るよ。先に行っていてくれるか?」

「わかりました!」


 廣岡先生は笑顔で、そう言った。

 遅い足を必死に動かして、俺たちは廊下を駆け抜けたが、後になって、なぜかその廣岡先生の笑顔が気にかかる。


 どうして笑った?

 冬野先生が、危険な目にあっているかもしれないのに……


「小泉、急げ! 早く!」

「わかってる!!」


 本当に、自分の運動神経のなさに腹が立つ。

 捻挫はもう治っているのに、何で俺の足は、こんなに遅いんだろう。




 *



 体育館に着くと、佐々木は一直線に体育倉庫に向かった。

 俺は放送室の方へ向かう。

 校歌の歌詞が掲げられている右側の階段を上がると、確かにそこに放送室はあった。

 いつも昼休みになると、ここから毎週金曜日にはビートルズが流れる。

 多分、放送部の誰かの趣味だ。


 鍵がないから、防音壁になっている放送席には入れなかった。

 でも、チャイムの音が聞こえていたなら、この中じゃない気がする……


「灰色の……棚って、あれか?」


 佐々木の言葉を思い出して、奥にあるアルミ製の棚を見たが、人が入れそうなスペースがある下段には、びっちり物が入っていて、とてもじゃないけれどこんなところに人がいるとは思えなかった。

 それに、窓からの光を遮断しているせいか、思ったほど暑くはない。



「暗くて……狭くて……暑いところって、どこだよ」


 転校生の俺には、見当がつかない。

 まだ入ったことのない教室だってたくさんある。

 探偵部の部室だって、実は開けたことのない扉がいっぱいあるんだ。


「小泉、どうだ? 見つかったか?」

「いや、ここじゃないみたいだ……」


 下へ降りると、そこへ鍵を持った廣岡先生がやってくる。


「すみません、先生……ここじゃなかったみたいです」


 せっかく鍵を持ってきてもらったのに、申し訳ない。


「そうか? でもなんで、ここにいると思ったんだ?」

「冬野先生から、メールが来ていたんです。外から鍵をかけることができる、狭くて暗いところに監禁されているって————」

「冬野先生から!? お前、どうして、冬野先生のメールアドレスを知っている!?」

「どうしてって……今は、そんなこと関係ないでしょう? それより、先生、どこか知りませんか? 人が入れそうな場所」


 廣岡先生は八年もこの学校にいるんだ。

 俺たちの知らないどこか、そんな場所を知っているかもしれない。


「うーん、そう言われても、俺はこの放送室と職員室、それと教室くらいしか行き来しないからなぁ……」


 廣岡先生は、唸りながら考えている。

 その間、向井と広瀬、エレーナから佐々木に連絡が来て、視聴覚室や第二音楽室にも冬野先生の姿はないことがわかった。


 ところが————


「えっ!? 本当ですか、鏡先生!!」


 佐々木のケータイの着信画面には、神谷先輩の名前が表示されていたはずなのに、なぜか鏡先生と会話している。

 驚いて佐々木の方を見ると、佐々木はすぐに電話をスピーカーに切り替えた。


『体育館のステージの下に、鍵のかかった扉があるでしょう? きっと、そこよ』


 体育館の……ステージの下……?



 *



 全く気がつかなかったが、鏡先生の言った通り、ステージの下————普段なら階段が置かれているその裏に、扉が付いていた。

 南京錠で施錠されていて、外側からしか開けることができない。


「鍵は……?」


 合流した鏡先生も、廣岡先生も首を横に振った。

 誰も気がつかなかったんだ。

 こんなところの南京錠なんて、誰も持っているはずがない。


「————人命がかかってるんだ。ぶっ壊そう」



 そうして、鏡先生がどこからかハンマーを持ってきて、俺は南京錠を壊した。

 ステージの下は、狭くて真っ暗で……本当に人一人が入るのがやっと……というほどのサイズ。

 冬野先生の白い手が、まるで暗闇の中に浮いているように見えた。


「冬野先生!!」


 その手を掴んで、外に引っ張り出す。

 中はとても暑かったのに、その手は冷たかった。


「先生、先生!!」


 息をしてない。

 その手に、生気を感じない。

 冷たい。

 そう思った。

 そんな……そんな…………


「お、おい、小泉……これって、先生死んで————……」


 佐々木が真っ青な顔でそう言った直後————


「……来るの遅そすぎ」


 冬野先生は思いっきり眉間にシワを寄せ、いつもの調子でそう言った。

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