雪女と真夏の通り雨(9)
すぐに警察が来て、爺さんは逮捕された。
なんとまぁ、驚いたことにこの爺さん、この家に八年間も住み着いていたらしい。
空き家ではあったが、電気も水も通っていた。
家の管理のため、月に一度くらいは来てた祖母ちゃんのお姉さんは、その料金をあまり使っていない銀行口座引き落としにしていたため、まったく気づいていなかったそうだ。
爺さんはあまり使いすぎたらバレると思い、できるだけ電気や水は使わずに過ごしていた。
さらに、あまり頻繁に出入りすると近所の人間に目撃されるため、この家を拠点しつつ、寺や墓に行ってはお供え物を盗みに入ったりと————という生活をしていたらしい。
たまに誰かが入って来たら、いつもこの押し入れの点検口から屋根裏に隠れていたそうだ。
ところが数ヶ月前から急に工事業者が出入りするようになり、ついに取り壊されるのかと……出て行く決意をした。
しばらくして、どうなったのか様子を見にきた。
しかし、家は取り壊されることなく、リフォームされていただけだったと気づき、俺たちが引っ越してくる前に男は屋根裏に住み着いたとのことだ。
この家は二階建ではあるが、爺さんがいた和室の上には部屋はない。
俺の部屋も、両親の寝室も和室とは正反対の場所に位置しているため、爺さんが出入りしている物音は聞こえなかった。
祖母ちゃんの部屋は、一階だが和室とはリビングを挟んで反対側に位置しているし、月の半分は家にいなかったのだから、気づけるはずもない。
「いったいどうやって、出入りしたんだ? 鍵はかかっていたはずなのに……」
父さんは首を傾げていたが、祖母ちゃんには心当たりがあった。
「ああ、それは多分ね……裏口のドアだと思うわ」
「裏口のドア?」
「ハサミで開くのよぉ。よく鍵を忘れて家に入れなかった時はね、ハサミで開けてたわ」
父さんはそれを聞いて、すぐに裏口のドアの交換を知り合いの業者に依頼した。
真夜中だというのに……————
さらに、後日、佐々木のから聞いたのだが、エレーナが言っていた誘拐事件。
その犯人が、あの男であることが発覚した。
警察が念のためDNA検査を行ったところ、山川美衣ちゃんの服に付着していたDNAと一致したそうだ。
妖怪でも、神でも、幽霊でもなく、この家にいたのは幼女誘拐の犯罪者だった。
*
「なんだか、とんでもない事件に巻き込まれたそうね……」
「そうなんですよ、神谷先輩。私があの日見たの、幽霊でも妖怪でもなくてただの住所不定無職のお爺さんだったんですよ。がっかりです」
「あーあ……今回こそ、妖怪であってほしいな」
「おい、こら。妖怪でも幽霊でもないって証明するのが探偵部じゃないのか? これじゃぁ探偵部っていうよりオカルト研究会だろ、佐々木」
「小泉、細かいことは気にするなよ。それじゃぁ殺人事件でも期待した方がいいのか? 探偵らしく、行く先々で人が死ぬ方がいいのか?」
「やめてくださいよ。学校で人が死んでからまだ一ヶ月しか経ってないんですよ? 部長がモテないのはそういう不謹慎なところだと思います」
「広瀬、お前もだぞ? 何がM高の裏山の廃寺に幽霊だ。あれこそただの噂話だったじゃないか」
「おい、俺の彼女に文句言うなよ、佐々木。ありさは何も悪くないだろうが」
翌朝、8月6日。
みんな寝不足のせいかイライラしていた。
とにかく最悪な雰囲気で、空模様もあまりよろしくない。
ところが阿寒の旅館着くまでの間、エレーナの叔父さんが運転しているバスの中で俺たちはたった二時間の道のりだったが、全員仲良くスヤスヤと眠ってしまった。
唯一起きていた神谷先輩の話によれば、寝言なのか会話しているのか途中から分からなくなったらしい。
「とにかく、到着したのでまずは部屋に荷物運びましょう。で、えーと、叔父さん、例のお客さんがチェックインするのは何時頃だっけ?」
「ん? ああ、その人なら……三時頃だね」
エレーナの祖父母が経営する旅館は、結構老舗の旅館だった。
新館と旧館があり、俺たちが止まるのは旧館の方。
昭和の終わり————ちょうど日本がバブルと呼ばれていた時代に建てられたものらしい。
地下にはゲームセンターもあり、卓球台もあった。
「とりあえず、まだ時間あるから阿寒の観光でもしますか? アイヌコタンとか面白いですよ?」
エレーナの提案で、霧であまり天気は良くなかったが、俺たちはアイヌコタンの民芸品を見て回った。
旅館の目の前にある普通の土産屋とは違い、これぞ北海道!という熊や狐、梟の木彫りやアイヌの伝統の刺繍とかがずらりと並んでいて、異世界に迷い込んだような感じがする。
ただ、おっさんの木彫り像だけはちょっと迫力がありすぎて、こんなの夜見たらびっくりするなぁと思ってしまい、ちょっと怖いと思ってしまった。
それにしてもさすが観光地だ。
外国人観光客の姿も結構いる。
「お、あのお姉さんめっちゃ綺麗じゃね!?」
「馬鹿、指差すな! 失礼だろ!」
佐々木が指差したのは、確かに美人な外国人だった。
まぁ、冬野先生ほどではないが……
女子旅にでも来ているのだろう、ロシア系の美人とその隣にはちょっと狐っぽいキリッとした顔つきの日本人と話している。
ロシア系の美人は片言の日本語で観光を楽しでいるようだった。
その二人の後ろにも、系統は違うけれど綺麗なお姉さんたちが何人か並んで歩いている。
「ほら、他の観光客も男はみーんな見てるべ。やっぱり美人ってのはいいよなぁ……目の保養だ」
「まぁ、昨日最悪なのを見たばかりだからな……」
目の保養なら、やっぱり冬野先生だよなぁ……と、俺は一昨日港祭りで会ったばかりだというのに、また冬野先生に会いたくなった。
あまりの美しさに、女子たちから雪女だなんて呼ばれているけど、褒め言葉だよな、よく考えれば。
だって、それほど美しいってことじゃないか。
そういえば雪女ってどんな話だったかと、ネットでちょっと調べたんだが、やっぱり美しい女と書かれているのが殆んどだった。
「ん? あれ?」
前を歩いていたエレーナが急に立ち止まり、ぶつかりそうになる。
「なんだ、どうした? 急に止まるなよ、エレーナ」
「小泉先輩、あれ、雪女じゃないですか?」
「えっ?」
「あ、えーと、冬野先生です。顔似てません?」
先ほどの美人集団の一番後ろに、確かに冬野先生に似ている女性がいた。
淡いグリーンのワンピースに、白いカーディガンを羽織り、手には黒いレースの扇子を持っている。
でも……————
「別人、ですかね? 冬野先生があんなに笑ってるの、見たことないですし」
その人は笑顔だった。
いつもクールで無表情な冬野先生とは違う。
こんな表情の先生は見たことがない。
その人は俺たちとすれ違っても、こちらを見もしなかった。
何より、声が違う。
「ほんと、うちの娘には困ったものでねぇ」
娘————?
「そろそろ結婚したらって、何度も言ってるんだけど全然聞いてなくて、本ばっかり読んでるのよ」
隣の女性と話している内容だって、娘の話だ。
でも結婚を急かされる年齢の娘がいる年齢には、とても見えなかった。
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