雪女と在りし日の都市伝説(5)


 多花音の家は、市内でもっとも高級住宅が並んでいると噂の地区にあった。

 元々何もなかった土地であったが、ジャスコが出来て一気にその周辺が発展したのだとか。

 新しい家が次々と建設中で、道路も歩道も、明らかに新しい。

 道路のぎの後がくっきり残っている俺の家の近所とは、大違いの綺麗な場所だ。


「すっげぇ……なんだこの家」


 特に多花音の家の隣に立っている家は、大きくて、家というより洋館という感じだ。

 大きな門と、広い庭。

 その奥に、真っ白な壁と屋根の三階建の家。

 それに、車庫が三つもついている。


「すごいですよね。この家だけは、ジャスコができるずっと前からここにあるんですよ」


 それと比較するべきではないのだろうけど、他の家はこの家の土地の半分の以下の大きさだ。

 でも、どれもほとんど新築だから、外壁や屋根も綺麗だ。

 多花音の家は、とても現代的な四角い家だった。


「事件があってから、多花音はこっちに引っ越して来たんです。こっちの地区の方が新しい分監視カメラとか、防犯システムの導入が進んでいるので……」


 小夏の家は、この洋館の裏側にあるそうだ。

 事件が起きたのは、多花音が小学三年生になったばかりの出来事らししい。

 事件後は保護者たちからは白い目で見られることもあったし、事情を知らない児童たちは母親たちの会話の真似をして「キズモノ」だとか「汚い子供」と、意味もわからず心無い言葉で卑下されることもあった。

 多花音は被害者だというのに……


 それは両親の職場でも同じような感じで、そんな現状に耐えきれなくなった多花音の父親が若い女と浮気。

 両親は離婚。

 弁護士だった母親に連れられ、多花音は四年生に上がる前に今のこの家に越して来た。

 学区が変わった為、小学校も変わることになる。

 そこで、同じクラスになったのが、小夏だった。


 小夏が自分と同じ事件の被害者の妹であることを知った多花音は、小夏にだけ自分もその被害者であることを打ち明けていた。

 それがきっかけ、というのもどうかとは思うが、秘密を共有した二人は、それ以来親友になったそうだ。


「お姉ちゃんのことは守れなかったから、私、多花音のことは守れるようにって、剣道を習ったこともあります。才能なくて、そこまで強くはなれなかったし、うちの学校剣道部はないから、高校入って辞めちゃいましたけど……」

「そ……そうなんだ」

「ここでやってたんですよ。こども剣道教室」

「……ここって?」

「この家です」


 小夏は、洋館を指差した。


「こ、ここで!?」


 洋館で剣道教室とは……

 あまりにミスマッチで驚いた。

 こういう家って、ドラマや映画のイメージだと執事とかメイドがいそうで、武士道とは無関係な穏やかな感じだろうと勝手に思っていたけど……


「……ん?」


 その時、ちょうど洋館の門が開く。

 イメージした通りの、執事らしい黒いスーツの男が出て来た。


 しかも、この人————


「おや、当家に何かご用ですか?」


 冬野先生の執事だ。

 文化祭の時、ガリガリ君を俺たちに配った、あの執事だ。


「いえ……なんでもないです」


 俺は門の横にあった表札を確認する。


【 冬 野 】


 ————ここ、冬野先生の家!?


「……?」


 薄ら笑いのイケメン執事は、不思議そうに俺を見つめる。


「な、なんでもないです! 多花音に会いに来ただけなので……雪兎ゆきとさんお仕事でしょう? 行かなくていいんですか?」


 そして、なぜか小夏は耳まで顔を真っ赤にしている。

 知り合いなのか……?

 いや、まぁ、近所に住んでいるなら、知っていてもおかしくないか……


 でも、それならなんで、冬野先生は小夏のことを知らなかったんだ……?


「ええ、今からお嬢様のお家に……おっと、急がないと時間がないですね。それでは」


 颯爽と執事は車庫のシャッターを開けて、みるからに高級そうな真っ黒な車に乗って、車内から軽く会釈をする。

 小夏はそれを見送った後、大きくため息をつきながらその場にしゃがみ込んだ。


「はぁああ……びっくりした……。でも、やっぱりかっこいい」

「……なんだ? あの執事のことが好きなのか?」

「は、はっきり言わないでくださいよ! ただの憧れです」

「そ、そうか?」

「雪兎さんは、近所じゃ有名なんですよ。師範のお嬢様のお世話係なのでほとんどこの家にはいませんけど……たまにふらっと現れるんです」

「お嬢様って、冬野先生?」

「え?」

「違うのか?」

「そう……なんですか? ああ、そうか、確かに冬野さんですね。保健室の先生と同じ名前だ……」


 冬野先生は、別の家で暮らしているのか?

 なら、ここは実家だろうか?


「と、とにかく、多花音の家に行きましょう。ああ、それと私が雪兎さんを見たって話はしないでくださいね」

「え……? なんで?」

「多花音が雪兎さんのファンなんですよ……会話したなんて多花音が知ったら大変です。ただでさえ、具合が悪いのに」

「ファン……? 執事に?」

「ま、まぁ、とにかく、今の多花音に必要なのは安静なので、興奮させるようなことは言わないでくださいってことです!」

「は、はぁ」


 小夏の言っていることは、俺にはよくわからなかった。

 しばらくして、顔の火照りが収まった小夏はすっくと立ち上がり、多花音の家のインターフォンのスイッチを押す。

 すると、すぐにガチャリと門が自動で開いて、中に入ることができた。

 カメラがついているから、これで顔を確認したのだろう。


「ああ、昨日の人……」


 俺の顔を見るなり、多花音はそう言った。


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