雪女と真夏の通り雨(3)
前野は口の周りに砂糖をたくさんつけながら、探して欲しい人について語った。
こちらは列に並んでいると言うのに……
アメリカンドックに砂糖とか意味がわからないが、前野があまりに美味しそうに食べるせいで、なんだか腹が立って来た。
「俺の遠い親戚の子なんだけど、並んでいる間にどっか行ってしまって……5歳の女の子なんだけど」
「5歳の女の子!? お前なぁ、食ってる場合じゃないだろ! 誘拐とかだったらどうするんだ」
「まさか、まだ三時前だぞ? こんなに明るいのに誘拐なんて起きるわけないだろ」
前野の話によると、その子は
小鳥ちゃんの両親が仕事で遅くなるため、前野が保護者として一緒に来た。
ところが、フレンチドッグの列に並んでいる途中で、勝手にどこかに行ってしまったようだ。
「それで、その子の特徴とかは? 何色の服を着ているとか……」
「白い生地にピンク色の花柄の浴衣を着てる。帯もピンクだったな……髪はえーと、ツインテールだっけ? 耳の上で二つに縛ってる」
ざっと見渡しても、似たような格好の子供はたくさんいる。
この人の中からどうやって見つけられるだろうか……
「あとは……ああ、プリキュアのお面をつけてるはずだ。さっき買ってやったから……」
前野は食べ終わったフレンチドッグの串で、お面が並んである店を差した。
「あの一番上にある、ピンク色の髪のやつと同じのだ。見つけてくれたら、なんか奢るよ。小鳥を預かる代わりに、1万もらったんだ」
「おい、金もらってるなら、ちゃんと見てろよ。この食いしん坊め!」
「仕方ねーべ? 砂糖だけにするか、ケチャップとマスタードも買うか迷ってる間にいなくなっちまったんだから。とにかく、頼むよ。探してくれよ」
佐々木は呆れていたが、フレンチドックの屋台の反対側を指差して引き受けた。
「チキンステーキと広島風お好み焼きで引き受けてやろう。人数分な」
こうして、小鳥ちゃん探しが始まる。
とりあえずフレンチドッグは順番が来た為買ってから……
砂糖味を食わされたが、ドーナツみたいでめちゃくちゃ美味かった。
さすが、北海道。
多分、チキンステーキも美味いだろう。
香ばしい匂いが、鉄板の熱気と一緒に漂っていた。
「まぁ、人は多いけど、小さい子供が一人でいたら目立つだろうし、すぐ見つかるだろうよ」
佐々木はそう言っていたが、一時間経っても小鳥ちゃんは見つからなかった。
会場自体は、そこまで広いものでもない。
交通規制を行っているし、警察だって巡回している。
子供が一人で歩いていたら、不審に思うはずだ。
それでも見つからない為、結局俺たちは、会場に建てられていた臨時交番に相談することにした。
*
「あのねぇ、そういうのはもっと早くに届け出してもらわないと。何かあったらどうするの? 誘拐とか、何か事件に巻き込まれてる可能性だってあるのよ?」
「すみません……」
前野は女性警官に怒られて、あのでかい身体が一回り小さくなったんじゃないかと思うくらいに縮こまってしまった。
「放送で呼びかけてみるから、これ書いて」
「はい……」
前野が書類に小鳥ちゃんのことを書いている間、女性警官は無線で子供の捜索を指示する。
そして、佐々木の方をじっと見つめる。
「……君、もしかして、佐々木刑事の息子さん?」
「え、どうしてそれを!?」
「やっぱり、だって、そっくりじゃない。その鼻の形。矢印みたいで」
佐々木は顔を真っ赤にして、自分の鼻を手で隠した。
「そ、そんなことないです」
「あぁ、気にしてた? ごめんごめん」
がははと、女性警官は豪快に笑う。
「ちょっと、
「え? あぁ、ごめん」
おそらくアラサーくらいだろうか。
冬野先生ほどではないが、警察官にしておくにはもったいないくらいの美人ではある。
身長はあまり高くない小柄な人だけど、なんというか、
女性警官は、前野から書類を受け取ると『青葉ゆみ』と書かれた名刺を渡した。
前野が持っていたのを斜め後ろから覗き見ると、階級は巡査部長となっている。
「私たちも探しに行くけど、もし君達が先に見つけたら、ケータイに連絡してね」
「は、はい!」
前野は少しだけ頬を赤らめつつ、大きな声で返事をする。
「よし、じゃぁ、巡回してくるからあんたはここに残っててね」
「了解です」
交番には若い男性警官が一人だけ残り、俺たちは再び手分けして小鳥ちゃんを探しに行く。
ところがしばらくして、雨が降り始める。
「もう、晴れてるのに雨降るとか最悪!」
「浴衣濡れちゃったじゃん! わやだわ」
晴天から一転、激しく降り始めた雨に会場にいた人たちはみんな雨宿りができるように建物や屋根のあるところへ走って行く。
人があちこちに散らばり、通路にいた人たちが一斉にいなくなった。
俺も屋根のあるところに行こうとしたが、前野が小鳥ちゃんとはぐれたフレンチドッグ店前の通路に、何かかピンク色の物体がぽつんと落ちていることに気がつく。
近づいて見ると、それはピンクの髪のプリキュアのお面だ。
プラスチックのツルツルの面の上に、バチバチと音を立てて降る雨。
しゃがんで拾い上げ、よく見れば面の内側に赤い何かが付いている。
雨に流されて、すぐにその赤い何かは消えてなくなってしまった。
————今のは……血?
一瞬だったが、俺にはそう見えた。
雨は一層激しくなって、灰色だった地面は黒く染まって行く。
その上を、薄水色の鼻緒の下駄を履いた白い足がこちらに向かって歩いてくる。
「小泉君、何してるの? こんなところで……」
名前を呼ばれて、見上げれば黒い傘を差し、白地に水色と青の菊の花が描かれた浴衣姿の女性。
その人は、いつもの長い髪を結い上げて、涼しげな瞳で俺を見下ろした。
「冬野……先生?」
雪女のように、美しい冬野先生がそこにいた。
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