雪女と真夏の通り雨(4)


 いつもの白衣姿じゃなく、浴衣だから尚更そう見えるのかもしれないが、本当に冬野先生は雪女みたいだと思えてしまうほど美しい。

 いつもの黒いフリル付きの日傘は、どうやら雨の日にも使えるものだったようだ。

 思わず魅入ってしまって、しばらく何を聞かれたかわからなかった。


「お……女の子を探していて……」

「女の子? え、何? ナンパでもしに来たの?」

「違いますよ! 小鳥ちゃんて、5歳の女の子です!」

「……え、5歳? ちょっと、小泉君、さすがにそれは犯罪よ?」

「え?」

「……え?」


 何をどう勘違いしているのかわからないが、変な空気が流れたのは確かだ。

 おそらく、手に持っていたプリキュアのお面のせいだろう。


「先生、なんか勘違いしてません?」

「…………冗談よ。そのお面は、探しているその子のもの?」

「多分。雨で流れてしまったけど、血のようなものがついてました」

「それは……やっぱり、犯罪の匂いがするわね」




 *



 雨は十分ほどで止み、冬野先生の隣を歩きながら、探している小鳥ちゃんについて説明をしているとまた祭り会場の通路にはたくさん人が戻って来た。


「なるほど……その行方不明になった小鳥ちゃんがなかなか見つからなくて困っていたのね」

「そうなんです。そうしたら、これが落ちているのを見つけて……」


 一瞬遠のいた客足が戻って、また再び行列ができている。

 一番人気は多分台湾かき氷と書かれている店だ。

 フレンチドッグやお好み焼き、フランクフルト、くじ引きや的当て、型抜きなんかもあるが、この台湾かき氷の店は珍しいようで特に浴衣姿の女子が行列を作っている。

 人にぶつからないように歩いているから、いつもよりちょっとだけ、先生との距離が近い。

 そっれに、どうしても綺麗なうなじに目がいってしまう。

 今はそれどころじゃないとわかっていながら、俺はなんて不謹慎なんだと心の中で何度も反省した。


「あなたが見たものが本当に血なら、なにかの犯罪に巻き込まれた可能性が高いわね」

「そうですよね。でも、一体どこを探せばいいのか……」

「白地にピンクの花柄の浴衣とツインテールだったわよね? 帯の色は?」

「帯の色もピンク色だって前野が言ってました」

「うーん……ほとんどそういう子供ばっかりよね」

「そうなんですよ……でも手を繋いで家族で一緒に歩いているか、父親が抱いてたりするんで、一人でいる子だと限られると思うんですけど」


 小鳥ちゃんはもう会場にはいないのだろうか?

 でも、警察にも届け出ているし、いくらここら一帯が歩行者天国になっているとはいえ、小さな子供が一人で歩いていたら誰か気づくだろう。


「ひとりじゃない可能性は?」

「え……?」

「例えば、小鳥ちゃんが誘拐されているのだとしたら、一緒にいる犯人が親子のふりをしている可能性があるんじゃないかしら? 手を繋いでいるから、抱っこしているからと言って、それが本当に親子かどうかなんてぱっと見じゃわからないじゃない」

「それは……確かに」


 でも、いきなり「本当の親子ですか?」なんて聞けるようなものでもないし……どうしたらいいかわからない。

 これだけ探してもいないなら、もう犯人に何処か遠くへ連れ去られた可能性の方が高いんじゃないだろうか。


「警察には届け出たのよね? 雨が降る少し前だったかしら? 放送が聞こえたし」

「はい、流石に見当たらないし、その方がいいと思って」

「じゃぁ、私が見たあの子でもないわね」

「あの子?」


 冬野先生は何かを思い出したようで、少しだけ眉間にシワを寄せる。


「放送がかかるより前よ。警官と一緒に歩いている浴衣の女の子を見たわ。髪はツインテールじゃなくて下ろしてたけど……」

「警官と?」

「ええ、婦人警官だったわ。遠くからだから顔はよく見えなかったけど……私てっきり、迷子だったのを保護したんだと……————この子の母親はせっかくかわいい浴衣を着ているのに、髪は結ってあげなかったのねって、思っていたところだったの」

「ああ、婦人警官ってことは、交番にいた人だと思います。青葉さんって人で……割と小柄な人でしたけどなんというか、姉御!って感じの頼り甲斐のある感じで」

「あらそうなの? 私が見たのは、そんなに小柄とは思わなかったけど……」

「それじゃぁ、別の人ですかね?」


 二人で会場を一周して見たが、やはり小鳥ちゃんらしき子供は見当たらない。

 ちょうど交番の前まで来たため、俺は拾ったお面の話をしようと中に入った。


「ああ、さっきの。どうです? 見つかりましたか?」

「いえ、それが……このお面が落ちていたくらいで……」

「そうですか。こちらでも探しているんですけどね、今のところなんの報告もないですね」


 中にいた若い男性警官は、残念そうに眉を八の字にしていたが、俺の後ろにいた冬野先生を見て、ポッと頬を赤く染める。


「……そちらの方は?」

「ああ、保健室の先生です。さっき偶然会って……」

「そうでしたか。あまりに美しいので、芸能人かと思いましたよ」


 警官まで魅了するとは……やっぱり冬野先生は美しすぎる。

 っていうか、今思ったけど冬野先生は一人でこの祭りに来たんだろうか?

 誰か友達とか、考えたくはないけど彼氏とかと一緒に来たんじゃないのか?


「……それで、会場内には小鳥ちゃんの姿は見つからないの? 何人で探してるのかしら? 見つからないなら応援を呼ぶか、捜索範囲を広げてもらうと助かるのだけど」

「え? えーと、警備で配置されているのがこの会場内でしたら六人。それと、巡回しているのは四人ですね。中には私服警官もいますけど……こう人が多いと、スリや痴漢がいたりするんですよ。さっきもスリが二人いたので、現行犯で逮捕しました。それと、あと迷子の子が一人いたので保護もしました。何年かに誘拐事件があったそうで……————特に小さい子が一人にならないように注意して見て回ってはいるんですが……」

「ああ、さっきの女の子ね。保護しているところを見たわ」

「え……? 女の子?」


 警官は首をかしげる。

 眉毛がまた八の字になった。


「保護したのは、男の子ですよ」

「え……?」

「へ……?」


 また変な空気になった。


「いや、女の子でしょう? 白地にピンク花柄の浴衣を着てた……」

「違いますよ、男の子です。紺色の甚兵衛を着てました」


 おかしい。

 それじゃぁ、冬野先生が見た子供はどこに行った?


「————ちょっと、その話詳しく聞かせていただけます?」


 そこへ、戻って来た若葉巡査部長が話に割って入る。


「いや、だから、女の子を婦警さんが保護していたのを見たのよ。男の子じゃなくて……」

「婦警さん? 今この会場にいる女性警官は私だけですよ? 私は女の子の保護なんてしてませんし、今探しに出るまでずっとここにいたんですが」

「……え?」


 それじゃぁ、冬野先生が見た婦警さんは誰だ?


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