雪女と真夏の通り雨(5)



 やはり会場内に小鳥ちゃんの姿は見つからず、警察は捜索の範囲を広げた。


「————小鳥が誘拐されたって、どういうことですか!?」


 前野から連絡を受けて、小鳥の母親・後藤ごとう涼子りょうこさんが交番に到着した頃には、もうすっかり日が落ちて夜になろうとしている。

 父親は飲食店をやっているらしく、この時間はどうしても抜け出せないらしい。


「良光!! あんた、ちゃんと小鳥のこと見てるって約束したっしょ? 何してるのよ!」

「お、俺はちゃんと見てたよ! 小鳥が勝手にいなくなったんだ……!!」 

「こんのバカ息子が! あんたどうせまた食べ物に目が眩んでちゃんと見てなかったんでしょ!?」

「痛い! やめてくれよ、母ちゃん!」


 涼子さんと一緒に来た母親に、前野は思いっきり殴られていた。


「お母さん、落ち着いてください。息子さんを殴っても解決しません。それに、いくらなんでも暴力はダメです」


 青葉さんが止めに入り、そこでやっと前野の母親は拳を収めた。


「今、この近辺一帯をを探してますから。幸いこの近辺は観光地なのでコンビニや市の施設には監視カメラがついているところが多いんです。今、そちらの確認も急いでいますから」


 警察署から応援に来た刑事たちの話によると、毎年この祭りの時期に子供の行方不明者が出るそうだ。

 数日後にひょっこり帰ってきた子もいれば、何日も見つからずいまだに行方不明な子もいるらしい。

 そのため警備体制は例年より強化しているが、やはり市の内外から一気に人が押し寄せる祭りのため、完璧ではない。

 それに、冬野先生が見たのが小鳥ちゃんなら、今回、犯人は婦警に変装している。


「ここからは警察が対応するから、君たちはお家に帰っていいわよ。冬野さんには申し訳ないですけど、もう少しご協力ください」

「ええ、わかったわ」


 冬野先生は遠くからではあるが、犯人を目撃しているため、周辺地域の防犯カメラの映像を一緒に確認することになった。

 俺たち探偵部は、帰れと言われて渋々交番から出ようとしたが、ちょうどその時、偽婦警と小鳥ちゃんらしき人物が映っている映像が送られてきた。


「これだわ。この子よ」


 それは近くのコンビニに設置されているもの。

 映像を母親も見たが、映っていたのは会場から離れて、M高の方へ向かう二人の姿だった。


「M高周辺に捜査員を向かわせろ」

「こっち側はとあとは山ぐらいしか……」


 交番から出ると、佐々木は俺と向井の肩に腕を回して、体重をかける。

 強制的に円陣を組まされた。


「おい、M高といえば……裏山の廃寺に幽霊が出るって話だったべ? 向井」

「ああ、そうだ。なんでも、女のすすり泣く声だとか……あとは、子供の泣き声とか……そう聞いてる」

「もしかして、そこに小鳥ちゃんいるんじゃね?」

「え? そんな偶然あるか?」

「おいおい、小泉。お前は知らないだろうけど、M高の裏山はここ数年心霊スポットとしてはかなり有名になってきてるんだぜ? 普段は人が近寄らないんだよ。行ってみる価値はあると思うぞ」


 佐々木はニンマリと不敵な笑みを浮かべながら言った。


「俺たちは帰っていいと言われたけど、裏山に行くなとは言われてないべ? それに、もし小鳥ちゃんが見つかったら、探偵部としては大手柄だ。グリルチキンや広島風お好み焼きだけじゃねぇ、もっとご馳走にありつけるかもしれないぜ?」

「そうだな。小鳥ちゃんのお父さんはどっかの飲食店やってんだろ? タダでうまいもんたらふく食えるかも……」


 まったく、子供が行方不明だっていうのに、なんて不謹慎な奴らだ。

 俺は呆れるしかなかった。

 しかし、俺も探すのに必死で、せっかく祭りに来たのにまだフレンチドッグしか食べていない。

 俺たちは会場を出て駐輪所に行き、愛車に跨った。



 *



 M高は坂道を少し登ったところにあった。

 鉄道が通っている駅から一番近い高校で、近隣の町から鉄道に乗って何時間もかけて通学する生徒もいるそうだ。

 ちなみに、このあたりの人間は新幹線も電車も全部ひとまとめで汽車と呼んでいる。

 地下鉄は札幌にしかないし、期間限定で本当に蒸気機関車が走ることもあるそうだ。

 冬になると煙管の音が聞こえることもあるとか……


 俺が住んでいるのは駅からは結構離れてはいる住宅地だけれど、向井は小さい頃にこの辺りに住んでいたらしく、廃寺への近道を熟知していた。

 警察車両よりも早く廃寺の近くまでたどり着いた俺たちは、自転車を降りてさらに細い山道を登る。

 電柱の街灯には蛾の大群が集まり、何匹かバチバチと音を立てて感電して下に落ちて行く。


 廃寺へ近づけば近づくほど、周りにはほとんど明かりはない。

 ケータイのライトで照らしながら歩いていたが、こちらに向かって虫が飛んでくる度に、ビビって何度もケータイを落としそうになった。


「小泉、ただの虫だ。いちいちビビるなよ」

「お、おう……」


 鬱蒼と生えた雑草の中に、廃寺が現れる。

 壁にはスプレーで書かれた落書きが無数にあり、所々穴がああいている————というより、崩れていた。

 屋根や支柱もボロボロだし、本当に何か幽霊でもいそうな雰囲気が漂っている。


「……っく……ぅ……いっ」


 入り口の引き戸に佐々木が手をかけようとすると、中からむせび泣くような声が聞こえてきた。

 佐々木は向井と顔を見合わせる。


「い、今、なんか声がしたよな?」

「ほ……本当に、誰かいるんじゃないか?」


 ここまで来て、二人が急に怖気ついた。

 そのままゆっくりと、一番後ろにいた俺の方を向く。


「な、なんだよ?」

「小泉、お前、幽霊とか妖怪とか信じてない派だろ?」

「……そ、そうだけど?」

「それじゃぁ、お前が先に……」

「は? なんで俺が?」

「いいだろ!? お前、信じてないんだし!!」

「そうそう!!」


 佐々木と向井はさっと俺の後ろに移動して、俺に扉を開けさせようとする。


「……————探偵部は非科学的なものは信じないって、佐々木、前に言ってなかったか?」

「こ、この前とは状況が違うだろ?」


 まぁ、確かにツキガミ様の胡散臭さと比べたら、廃寺の方がよっぽど怖いか……

 仕方なく俺は、立て付けの悪い引き戸をゆっくり開けた。


 結構大きな寺だが、奥の方から泣き声のようなものはまだ聞こえている。

 その声を頼りに進むと、スナック菓子やジュースの空き缶がいくつか転がっていた。


「おい、あの部屋……明かりがついてる」


 ゴミの跡をたどると、障子から明かりが漏れている。

 とても電気が通っているようには見えないから、おそらく懐中電灯かランプのようなものが光っているのだろうと思った。


「……よ。泣かないで」


 障子の向こうから、女の声が聞こえる。


「大丈夫よ。泣かないで。ママがいるから」


 そう何度も繰り返している。

 障子に開いていた小さな穴から、中を覗くと、泣いている浴衣を着た女の子を自分の膝の上に座らせ、婦警の制服を着た女がその子の髪を櫛で梳かしていた。


「ママじゃない……おばさん誰なの? ママはどこにいるの?」

「ここにいるでしょう。大丈夫よ。今、可愛くしてあげるからね……ほら、動かないで、ミイちゃん。ミイちゃんが好きな三つ編みにしてあげるからね」

「だから、私はミイちゃんじゃないってば……」

「何言ってるの、ミイちゃん。いつもそうやってふざけるんだから……ミイちゃんはミイちゃんでしょ? 私の可愛い娘」

「ちがう……わたしはコトちゃん。ミイちゃんじゃないってば」

「ふふふふ……」


 ————ああ、これはダメだ。


 見た瞬間にわかった。

 この女は、壊れている。





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