雪女と在りし日の都市伝説(2)
「まだこの学校にいらしたんですね。それも、全然あの頃から顔が変わってないじゃないですかぁ。先生がこの学校に来たのは私が二年生の時からだから……もう八年前ですよぉ? それなのに、シワの一つも増えてない。眉間のそれ以外は。やっぱり先生はすごいです。本当に妖怪なんじゃないですかぁ?」
鏡先生はゆっくりと冬野先生に近づいてくる。
笑顔で。
だけど、俺はなぜかそこに不穏なものを感じる。
「ぜひその美の秘訣、教えていただけません?」
「興味ないくせに聞かないでくれるかしら? 逆にあなたは随分と老けたわね。ついこの間まで、生意気な高校生だったくせに」
一体、この二人の間に何があったのだろうか……
これが、女の戦いってやつだろうか……
言わずもがな、非の打ち所がないほど美しい冬野先生。
それとはまた違った、美しさを持つ鏡先生。
どっちがタイプかと聞かれれば、俺は断然冬野先生だけれど……
全校集会の時に見た鏡先生は、冬野先生とは違って親しみやすそうな笑顔で、柔らかそうな雰囲気の美人というより可愛い系というのだろうか……
例えるなら、バラエティ番組のMCの横に立っているアナウンサーという感じがした。
茶髪で毛先だけウエーブのかかった髪。
常に口角の上がった口。
そのすぐ隣にあるホクロ。
それに、これは佐々木の情報だが、Fカップらしい。
その情報を聞いた直後に、俺は階段から足を踏み外した。
「それで、何の用でわざわざ保健室まで来たのかしら?」
「いやだなぁ、ただの挨拶ですよぉ。私がお世話になった先生って、冬野先生と担任だった廣岡先生くらいしか残ってませんからねぇ」
え、鏡先生、俺たちの担任の廣岡先生の教え子だったのか……
「挨拶? それならもう済んだでしょう? さっさと出て行ってくれる? 邪魔だから」
「邪魔だなんて酷いなぁ……冬野先生。それより、相変わらず顔のいい男子生徒に手を出してるんですかぁ? 先生も凝りませんねぇ」
「へっ!?」
急に俺の方に話が飛んで来て、変な声が出た。
相変わらず……って、なんだ?
冬野先生、過去に何を……?
「ちょっと、誤解されるようなことを言わないでくれる? 相変わらず、下品ね鏡さん。その口、やっぱり一度縫った方がいいんじゃないのかしら?」
二人の間に火花が散っている。
そんな気がしてならない。
この空気、どうしたらいいんだ?
「……————あの、すみません」
なぜか俺が困っていると、そこへ女子生徒が二人、恐る恐る入って来た。
背の高い方の女子が、小さい方を支えるように寄り添って。
保健室に来るくらいだから、具合でも悪いのだろうかと思っていると、小さい方の女子は急に意識を失ってしまう。
「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
鏡先生が駆け寄って手を伸ばした。
「あなたは触らないで!!」
しかし、すぐに冬野先生がその手を払いのける。
「小泉君……!!」
「……は、はい?」
「この子ベッドに寝せるから、手伝って」
「え、俺? 捻挫して……」
「いいから! 手は空いてるでしょう!?」
冬野先生が声を張り上げているのを聞いたのは、初めてだった。
*
冬野先生は鏡先生を追い出して、保健室のドアに鍵をかけた。
その間、俺は付き添いできた女子と一緒に意識を失った女子をベッドまで運んだ。
「多分、貧血だと思います。なんだか顔色が悪くて……前にも一度、倒れてるので」
冬野先生は足が高くなるように枕を置き、付き添いで来た女子にいくつか質問をする。
「一年生よね、この子は何組の何さん?」
「五組の佐藤
「タカネ……? あなたは?」
「同じクラスの佐藤
二人は、同じ苗字だが親戚でも姉妹でもなく、小学校からずっと一緒の親友だそうだ。
ただ、少しややこしいのだが、倒れた小さい方が多花音で付き添いで来た背の高い方が小夏。
多花音は貧血のせいで顔色が悪く色白で、小夏は名前の通り夏らしく褐色の肌をしている。
父親がインド人らしい。
「いつ頃から、様子がおかしかったの?」
「えーと、多分、全校集会が終わったあとくらいからだと思います。今朝、一緒に登校した時は普通だったんですけど……」
今日は、夏休み明け初日ということで授業は午前中で終わり。
1時限目は全校集会、2時限目は
今は三時限目の授業の最中だ。
「HRが終わったあと、話しかけてもなんだか反応が鈍くて、顔色も急に悪くなっていったので、ここに来ました。それで……あの、実は、ここに来る前に多花音が言っていたんですけど————……その……あの……」
小夏はとても言いずらそうに口ごもった。
「何? 何か気になることでもあった?」
「えーと、あの、宇宙人に……」
宇宙人?
え?
今、宇宙人って言った?
「多花音が、また宇宙人に拐われるって————……言ってまして……」
俺は自分の耳を疑ったが、小夏はっきりと、宇宙人という言葉を口にした。
これには、さすがの冬野先生も驚きを隠せない。
「う……宇宙人?」
驚いた拍子に、デスクの上に積んであった本に手が触れて数冊床に落ちる。
『宇宙人は存在する』『未確認飛行物体全集』『タコの惑星』『SF世界の建造物』『あの子は宇宙人』『未知との遭遇』……
今回は、SFか……?
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