第四章 雪女と在りし日の都市伝説

雪女と在りし日の都市伝説(1)


「なんか、すげー濃い夏だったなぁ……」


 エレーナの旅館で三日働いた後、前野から連絡がありレストラン小鳥でご馳走してもらえたのが10日の昼。

 その翌々日、12日と13日には近所の公園で盆踊りがあるからって佐々木たちに呼び出された。


 窓の隙間から太鼓の音と歌声が聞こえるなと思っていたら、『子供盆おどり唄』という北海道の盆踊りの曲らしい。

 町内会主催で毎年行われているN公園の盆踊り大会は、六時から屋台販売が開始され、やぐらの周りを子供たちが回りながら踊っている。

 子供の部は最後にお菓子がもらえるらしい。

 もう高校生だっていうのに、佐々木は最後の一週でちゃっかり参加して、駄菓子セットをもらっていた。


「佐々木、お前、そもそもこの町内会の人間じゃねーだろ?」

「いいんだよ。この公園のが一番規模がでかいんだ。屋台だって、俺の近所の公園だと、うどんと蕎麦、焼き鳥くらいしかない。ここはフランクフルトもあるし、わたあめ、焼きそばもある。それに仮装盆踊りもあるから、市内だけじゃなくて全道から人が来てるんだし。最後にちょっと踊っておけば、タダで菓子もらえるとか特だろう?」

「……まったく、お前は」


 日菜子も来ていたので、後から聞いたら、佐々木は昔からこういうやつだそうだ。

 父親が刑事であるため、警察関係者に妙に顔が利くし、家はそこそこ裕福なのだそうだが、小遣いのほとんどは探偵部の活動だったり、ミステリー小説や映画、アニメ、ドラマ、犯罪心理学の本なんかに使っているらしい。

 その割には、すごい推理力があると、俺はまだ思ったことがないが……


「よし、次は大人の部だ! 大人の部なら、小泉も恥ずかしくないだろう」

「はぁ!?」


 今度はこれぞ民謡って感じの大人向け『北海盆踊り』というのに切り替わった。

 子供たちはみんな帰ってしまって、残ったおじさんとおばさんたちが盆踊りを踊っている。


「いや、俺は踊ること自体が恥ずかしいんだが……」

「いいから、行くぞ!」

「ええっ!?」


 佐々木に無理やりその輪の中に入れられて、仕方なく同じように手を動かしてみるが、運動神経のない俺でもなんとなくだが様になっていたような気はする。

 大人の部は駄菓子セットじゃなくて、最近やたらCMでやっている『鼻セレブ』だった。



 そして、あっという間に8月も後半。

 今日から、また学校が始まる。

 本当は、夏休み最後の今日も花火大会に誘われていたのだが、さすがに宿題が追いついていないと、そこだけはきっぱり断った。

 俺は運動がまるっきりダメだから、その分、勉強の方はちゃんとできないと格好がつかないことを知っている。

「あいつは顔だけだ」と、思われたくない。

 苦手なところを修正するより、得意なところを伸ばした方がいいんだ。


 夜七時前には何とか終わらせることができ、俺を祝福するかのように花火大会は俺の部屋から綺麗に見えた。

 しかし、明日からまた学校かと思うと少しだけ憂鬱な気分になる。

 冬野先生にまた会えるのは嬉しいのだけど……


「そういえば、結局、あの後冬野先生には会えなかったな……」


 冬野先生についての謎がまた一つ増えてしまった。

 エレベーターの前で会ったが最後で、冬野先生は俺たちがまだ寝ている間にチェクアウトしてしまったらだ。

 エレベーターの前で梨のジュースを持っていたのは明らかに冬野先生だけど……

 その前にすれ違ったあの人は——……アイヌコタンですれて違った別人だったんだろうか?

 そっくりな姉妹がいるわけでもないと言っていたし……

 でも、あんなに若いお母さんがいるわけがないし……

 とにかく、謎だらけだ。


 まぁ、そこが魅力的といえば、魅力的なんだけど……


「明日、年齢聞いてみるか? いや、でも、失礼だよな」



 そんなことを考えている間に、花火の音が一層激しくなる。

 そろそろ、フィナーレだろうか。

 一応、写真でも撮っておこうとケータイのカメラを起動したが、さすがにはっきり綺麗に撮ることはできなかった。

 黒い画面に、何だかぼんやりと花火らしきものが写っている。

 高画質のカメラとかなら、きっともっと鮮明に映るんだろうけど……



 *



「————……小泉君、あなたわざと怪我してない?」

「わざとじゃないですよ! 不可抗力です……!」


 まさか、夏休みが明けて早々に怪我で保健室に来ることになるとは……

 今日の冬野先生はとても不機嫌そうで、いつも淡々と正確に処置をしてくれていたのだが、今日は大雑把で適当だ。

 こっちは、階段から落ちたというのに。

 まぁ、落ちたと言っても、二段だけなんだが、その拍子におもいっきり右足首を捻ってしまった。

 骨は折れていない。


「はい、終わり」


 テーピングで固定された後、それで冷やしておけと氷嚢ひょうのうを放り投げるように渡される。

 冬野先生は、また扇風機の前に座って読書に戻る。

 今日はブックカバーがついていない。

 図書室で借りてきたのだろう、何冊もデスクの上に積み上がっていた。


 でも、集中できていないのか、いつもよりページをめくるスピードが遅い。


「……先生、どうしたんですか? 今日なんか、すごく不機嫌じゃないですか?」

「不機嫌……? 別に、いつも通りよ。さっさと教室に戻りなさい」


 ああ、冷たい。

 これは、絶対何かあったな。

 いつも冷静な冬野先生が明らかに不機嫌なのだから、一体何があったのか知りたいと思ってしまった。

 ここまで、先生の感情を動かしたものはなんだろうかと……



「————あ、やっぱり雪子先生だ」


 俺は理由を探ろうと思ったが、突然ノックもなしに開いたドアからひょっこり顔を出した人物のせいで、すぐに原因がはっきりする。


「……何の用です? かがみ先生」


 鏡響香きょうか先生だ。

 横谷先生が抜けた後、しばらく空席だった情報の教師として、新しくこの学校に赴任してきた。

 男子の間では、可愛い上に口元のホクロがセクシーだと、冬野先生に次ぐ美人だと噂されている。

 全校集会で生徒の前であいさつをした時、鏡先生はこの学校の卒業生で、新しく太鼓部の顧問になるとも言っていた。


「もう、相変わらず冷たいですねぇ。さすが、雪女」


 冬野先生の眉間にシワがよる。

 冬野先生が不機嫌の原因は、明らかにこの人だ————



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