雪女と最悪の金曜日(4)


「いいですか、廣岡先生。犯人から電話が来たら、できるだけ話を長引かせてください」

「はい、わかりました」


 清掃業者を装って、道警の刑事たちが校内に入ったのは、16時半頃。

 冬野先生の両親とはやはり連絡が取れず、苦肉の策で廣岡先生が冬野先生の父親のフリをすることになった。

 校長は一度犯人と話しているため、声で偽物だとバレる可能性があるし、雪兎さんによれば、顔は似ていないが、背格好が一番冬野先生のお父さんに近いらしい。

 あとはスーツさえ着てしまえば、なりすますことは可能だという。


「ご主人様はいつも、この青と緑の中間色のような、特徴的な色のスーツをお召しになられていますので、こちらにお着替えください」


 廣岡先生は雪兎さんが持って来たスーツに着替え、緊張した面持ちで犯人からの電話を待っていた。


「おい、小泉!」

「……佐々木!? どうしてここに!?」


 すでに下校時間を過ぎている。

 今日は緊急事態ということで、部活動も全部中止だ。


「誘拐事件だぞ? しかも、俺たちの雪子先生を拐うなんて、許せねぇ」

「だから、こうして差し入れを持って来た体で、中に入ったんだ」


 後ろから向かいもひょっこり顔を出し、その後ろに広瀬も……

 三人とも手にコンビニのビニール袋を持っていて、中には食べ物や飲み物がたくさん入っていた。


「いつ帰れるかわかんねーし、最悪泊まり込みになるかもしれないしな……校長室には冷蔵庫もあるし」

「れ、冷蔵庫?」

「ほら、これ。金庫に見せかけて、開けたら冷蔵庫なんだぜ?」


 校長室の隅に、黒くて大きな箱があった。

 どう見ても、その形状は金庫にしか見えないのだが、佐々木がガチャリと扉を開けると、中は本当に冷蔵庫になっている。


「……なんで、そんなこと、知ってるんだ?」

「毎年春には、新入生クラス対抗かくれんぼをしてるんだ。最後まで隠れた人数の多いクラスが優勝で、賞金として焼肉食べ放題。それに、各教室の場所も覚えてもらえて、一石二鳥だからな。俺ら探偵部と放送部が鬼役で、ありとあらゆる扉と人が入れそうな隙間は片っ端から確認してる」


 佐々木は冷蔵庫にペットボトルと紙パックのジュース、それから冷やし中華や冷静パスタ、シュークリームを次々と冷蔵庫に入れて行く。


「職員室にもあるし、あとは保健室、それから各準備室には同じようなものがあるんだよ。さすがに、冷蔵庫の中なんてずっといたら死ぬから、入ってた人間はいなかったけどな」

「そうですよ。それに、中からは開けられないんです。エレーナが試しに一回入ったんですけど、出てこれなくて」


 まだ探偵部に入る前だった広瀬とエレーナは、新入生のため隠れる側だった。

 試しにエレーナが入って見せたことで、誰もその冷蔵庫の中に入ろうとするバカはいなかったらしい。


「……そういえば、エレーナと神谷先輩は?」

「二人は一度家に戻ってから来るって言ってました。エレーナは家の用事で、神谷先輩は自転車がパンクしちゃたから、自転車屋さんが閉まる前に預けて来るって……雪子先生には私たちお世話になってるし、絶対に助けるって、二人とも意気込んでましたよ」


 何かと探偵部の活動に、冬野先生は関わっていた。

 それが偶然だったか、それか、冬野先生のミステリー好きのせいかはわからないけど……

 俺だって、無事に冬野先生を助けたい。


 でも、まだこれといった情報はなく、犯人からの次の電話も来ていない。

 どうしたらいいのか、わからない。


 雪兎さんも、ずっと顔が真っ青だ。

 雪兎さんの話だと、冬野先生の父親は剣道と空手の有段者で、冬野先生自身も剣道と空手が得意。

 お金持ちのお嬢様だからこそ、そういった輩に狙われても自分で対処できるようにしているのだとか。

 そもそも、相手が普通の人間なら誘拐するのも困難なはずで、例えどこかに監禁されていたとしても、冬野先生なら自ら抜け出せるはずだと言っていた。

 全然知らなかったが、手品も得意なんだそう。

 読書家だから知識量も豊富で、いつも危機的状況に陥ったとしても、一人で解決してしまうのだとか。


「もしかしたら、とても暑いところにいるのかもしれません」

「暑い……?」

「お嬢様は、暑いのが大の苦手なのです。暑い場所にいると、いつも通り動けないのですよ。思考能力も低下します」


 ああ、だから、ほとんど毎日のように扇風機の風に当たっているのか……


「暑すぎると、溶けて死んでしまいます……もし、そんなことになれば————ああ、お嬢様……どうか、どうかご無事で」


 雪兎さんがそう祈るように天を見上げる。

 その直後、校長室の電話が鳴り響いた。



「入電です。廣岡先生、落ち着いて、できるだけ話を引き延ばしてくださね」

「は、はい。わかりました」


 廣岡先生は一度大きく深呼吸をしてから、受話器を取った。


「も、もしもし……」

『冬野雪彦ゆきひこか』

「そ、そうだ」


 スピーカーを通して、ボイスチェンジャーで加工された声が俺たちにも聞こえる。


『なぜ、電話に出なかった』

「い、家はちょうど留守にしていたし、ケータイは今故障中なんだ」

『ふん、まぁ、いいだろう』

「それで……雪子は……? 雪子は無事なんだろうな!?」

『ああ、今の所はな。現金は用意できたか』

「3億円、確かに用意した」

『それじゃぁ、保健室のベッドの下に、スーツケースを三つ用意してある。1億円ずつ、その中に詰めろ。一時間後にまた連絡する』

「えっ、ちょっと、待て————!」


 そこで通話は切れる。


「逆探知は!?」

「ダメです。市内のどこかだということしか、わかりません!」

「ちくしょう……!!」


 仕方がなく、捜査員が保健室へ行くと、三つある各ベッドの下に黒いスーツケースが置いてあった。

 手分けして1億円ずつその中に分けて入れ終わると、また犯人から電話が入った。


 警察は、今度こそ逆探知をしようと試みる。


『それを持って、一人、車でジャスコのコインロッカーまで来い』


 しかし、犯人はそれだけ言って、すぐに電話を切ってしまった。

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