雪女と最悪の金曜日(3)
いたずらか?
でも、こんないたずら、何のために?
あれか?
電話したら高額請求が来るとかか?
書かれている番号に電話をしようか迷っていると、廣岡先生が入ってきてHRが始まる。
俺はケータイを机の中に戻した。
このHRさえ終われば、今日は帰れる。
探偵部に新たな依頼も来てないし、今日は部活も休みだし、今日は金曜日だ。
今日が終われば、休みが待ってる。
「————というわけで、来週から9月だ。月曜日のHRでは、体育祭の出場競技の希望をとるから、今配ったプリントに書かれている中から第三希望まで選ぶように」
ああ、9月……————
そうか、体育祭があるのか。
最悪だ。
配られたプリントには、俺が一番嫌いな学校行事の名前が大きく書かれていた。
このゴシック体が憎い。
できるだけ、怪我をしないような競技を選択しなければ……
恨めしく思っていると、急に校内放送が入る。
『冬野先生、冬野先生、至急、職員室までお越しください』
「ん? なんだ? 冬野先生どうかしたのか?」
「なんだなんだ?」
放送は短いものだったが、その後、間隔をあけて3度同じ放送が流れた。
最初はそこまで気にしていなかった生徒たちが、ざわつき始める。
「あー、みんな落ち着いて。おそらく、誰かお客様でも来てるんだろう。それじゃぁ、日直、号令」
「はい、規律————れ……」
みんなが頭を下げた瞬間、ドタバタと誰かが廊下を走っている足音が近づき、ドアが大きく開いた。
みんな驚いて、一斉に開いたドアの方を見る。
「————小泉智!!」
そこにいたのは、冬野先生の執事だった。
「お前、お嬢様をどこへやった!?」
雪兎さんは、ものすごい剣幕でそう叫んで、俺の胸ぐらを掴んだ。
*
「今日はお嬢様がかねてから発売を楽しみにしていたミステリー本の発売日でして……」
廣岡先生になだめられ、落ち着いた雪兎さんは何が起きたのかようやく話してくれた。
まさか、校長室に入ることになるとは思わなかったけど、教室には掃除だなんだで生徒はまだ残っているし、騒ぎを聞きつけた他クラスの生徒たちから好奇な目で見られずに話せる場所はここしかない。
そして、なぜか俺の正面に校長と廣岡先生、隣には真っ青な顔をした雪兎さんという並びだった。
校長室のソファーも、生徒指導室と同じく、座るとかなり沈む柔らかすぎる茶色いソファーだ。
これはあれか?
校長の趣味なのだろうか?
「本当は昼休みの時間に私がお届けする予定だったのです。でも、運送会社の方で事故がありまして、予約していた書店では入荷が遅れていると言うことでした————」
◆ ◆ ◆
昼休みにそのことをお嬢様にご連絡して、届き次第書店からご連絡をいただき、もう一度私が買いに行ったのです。
お嬢様には、手に入り次第すぐに持って来るようにと言われておりました。
そして、書店から私のケータイに連絡が来たのは、15時を少し過ぎたところです。
私はすぐに書店へ向かい、その本を購入し、こちらの学校へ。
職員玄関の方で受付を済ませ、保健室に到着しましたが、お嬢様の姿は保健室にはありませんでした。
いつもの椅子の上にも、ベッドのカーテンの中も確認しましたが、保健室には誰もいません。
普段でしたら、保健室を空ける際にはホワイトボードにどこへ行っているか必ず記入してから、お嬢様は保健室から出るようにしています。
ところが、ホワイトボードを見ても、何も書かれていません。
おかしいと思いました。
直接お嬢様のケータイに電話をしたのですが、それもお出になりません。
私は職員室の方に行き、お嬢様の行方を知らないか先生方にお尋ねしました。
しかし、誰も知らないと言うのです。
もしかしたら、お手洗いにでも行かれていただけかもしれないと、私はもう一度保健室に戻って、待つことにしました。
ところが、その時、お嬢様のデスクの上に置かれた紙を見つけたのです。
◆ ◆ ◆
【冬野雪子を誘拐した。警察に連絡したらすぐに殺す。お前には渡さない。小泉智】
雪兎さんがテーブルの上に置いた紙には、こう書いてあった。
よくある新聞の切り抜きで、筆跡を隠すように作られた脅迫状だ。
「ほら、ここに小泉智って書いてあるでしょう!? 小泉智、貴様、お嬢様に何をしたんだ! 返せ!!」
「いやいやいやいや!! ちょっと待ってくださいよ!! なんでわざわざ新聞の切り抜きで筆跡を隠しているのに、名前を残してるんですか!?」
この執事、実はバカなのか?
めっちゃ優秀そうな顔してるのに……
「どう考えても、これは俺に対する敵意じゃないですか」
ややこしい書き方をしやがって……
っていうか、冬野先生を誘拐するなんてどういうつもりだ!?
そして、なんで俺を指名している!?
「……それで、先ほど校内放送を何度かかけて、校内を一通り探したんだけどね、やはりどこにもいないんだ。職員玄関の下駄箱に外履きの靴は入っているから、校内にいるか、上履きのままどこかへ連れ去られてしまたんじゃないかと思う」
それまで一言も喋らなかった校長が、重い口を開いた。
「そして、つい数分前だ。校長室に犯人から電話が来たのは……」
「は、犯人から!? 学校に!?」
「そうだ」
「こういうのって、普通、実家の方に電話行きません……?」
冬野先生の家は、執事を雇えるくらい裕福な家だ。
学校に身代金を要求するのか?
「残念ながら、ご実家の方は今誰もいないのです。使用人たちを連れて、ヨーロッパの方へ慰安旅行に行かれているので、今頃、ご主人様たちは飛行機の中です。ですから、電話が通じず、学校の方にかけて来たのではないかと……」
飛行機に乗っているなら、ケータイにも出れないだろう。
この犯人も、誘拐事件を起こすのには全く適していないタイミングじゃないか。
「それで、犯人の要求はなんだったんです?」
廣岡先生が校長に聞く。
校長は、ひどく残念そうな顔をしながら、答えた。
「要求して来たのは、現金3億円。それも、次に連絡する時間に、父親一人で来るようにと……」
冬野先生の父親はもちろん、今、空の上だ。
連れて来ることなんでできない。
「この執事さんの話じゃ、3億円はすぐご用意できるそうだが、犯人にお父上が来られないことを伝える前に、電話が切らてしまってね……」
「え、それじゃぁ、身代金の受け渡しは、どうするんです?」
「……だから、困っているんじゃないか」
しかも、犯人から警察には連絡するなと言われているが、たまたま先日の事件の件でこの学校に来ていた佐々木の父さんに、慌てた校長は誘拐のことを話してしまった。
秘密裏に警察が動いてくれることにはなったが、まだ、犯人から次の電話は来ていない。
「これからこの校長室に逆探知の機械だとか、設置しに道警の方々が来る。しかしね、犯人にそのことを悟られて、冬野先生に危険が及んでは大変だろう? それに小泉くんは犯人に名指しまでされているし、君にも何かしら危険が及ぶかもしれない。だからね、君も今日は冬野先生が無事保護されるまで、校舎に残っていてくれないだろうか?」
「え、校舎に……?」
「君の親御さんたちには、こちらから連絡しておくよ」
こうして、俺は校舎から出ることを禁じられてしまった。
本当なら、今頃自分の家でのんびりとアイスでも食べているはずだったのに————
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