雪女と最悪の金曜日(9)
帯同する警察車両とともに、冬野先生のマンションに到着したのは、10時を過ぎた頃だった。
先生は外から自分の部屋の窓を見上げる。
「隣の部屋、電気が点いてるわね」
3階建マンションの最上階の角部屋。
そこだけ電気が点いていなくて、その左隣にある部屋には電気が点いていた。
それに駐車場には、廣岡先生の車が止まっている。
刑事達はすぐに管理会社の人間を呼び、鍵を入手。
廣岡の部屋と見られる302号室へ突入する。
「うわ、なんだ……こりゃぁ」
壁中や天井貼られた、冬野先生の写真の数々。
どれも盗撮画像だ。
目の焦点が、カメラの方を向いていない。
「ストーカーか。でもなんで、ストーカー野郎が、誘拐した挙句に3億も盗んだ? どうなってる?」
佐々木の父さんは訳が分からなくて、頭をガシガシと掻いていた。
俺はその様子を玄関から見ていたが、この室内にも廣岡先生はいないみたいだった。
「どこにもいません。トイレにも、バスルームにも……」
「なんだって?」
「佐々木刑事!! ちょっと来てください!!」
「おう、なんだ!? どうした!?」
「3億円が見つかりました!!」
駐車場の車の中から3億円入ったスーツケースは見つかった。
廣岡先生は、冬野先生が見つかって、捕まると思って逃げたのだろうか?
3億円はあきらめて?
3つのスーツケースを持って逃げるのは手間だろうけど、1つでも1億円入ってる。
もし俺が犯人だったら、1億円だけでも持って逃げるけどな……
廣岡先生が何を考えているのか、さぱりわからなかった。
「ストーカーによる犯行、ってことでいいのか? この事件……」
それは佐々木の父さんも同じようで、やはり首をかしげていた。
とにかく、詳しい犯行動機は廣岡先生を捕まえるしかない。
「管理人さん、このマンションに監視カメラは……?」
「ついてないですよ。この辺りは治安がいいですし……」
管理会社から鍵を持って来た男性は、急いで来たせいで汗だくになっていた禿げた頭をハンカチで拭いながら、答える。
「階段も中央の正面の一つしかありません。ああ、でもエレベーターになら、ついてますね」
「よし、それじゃぁ、その映像を見せてください」
「はい、わかりました。では、会社の方に……」
佐々木の父さん達は、部屋に数名捜査員を残して、管理会社の方へ。
俺と冬野先生は、とりあえず冬野先生の部屋に行くことにした。
こんな時に不謹慎かもしれないが、冬野先生の部屋だ。
女性の一人暮らしの部屋に入るなんて、初めてのことで、何だか緊張して来た。
301号室。
冬野先生の部屋。
いったい、どんな部屋だろう?
読書好きだから、本がたくさんある……とか?
不謹慎だとはわかっていながら、ドキドキが止まらない。
冬野先生の部屋だぞ?
これから、そこに入るんだぞ?
まぁ、執事の雪兎さんもいるし、二人っきりってわけではないんだけど……
「ん……?」
先生は、鍵を差し込んだが、何か違和感があったようで眉間にシワを寄せる。
「小泉君、少し下がってくれる?」
「え……? は、はい」
よくわからないが、言われた通り後ろに数歩下がると、先生は勢いよく思いっきりドアを引いた。
玄関。
女性もののスニーカーと、パンプスの間に、一足だけ置かれた大きな男性用の革靴。
リビングへ続く内側のドアは閉まっていたが、装飾のすりガラの向こう側で、何かが揺れているのが見えた。
先生はゆっくりと、そのドアを押しあける。
天井の梁に結ばれた白いロープの輪に首を通し、青緑色のスーツの男の体が振り子のようにブラブラと揺れていた。
左手の薬指で、金色の指輪がキラリと光る。
廣岡先生は、冬野先生の部屋で、自殺していた。
そして足元に、遺書とかかれた封筒が残されている。
◇ ◇ ◇
冬野雪子様
私は、あなたのことを心から慕っていました。
愛していました。
30年前、まだ私が高校生1年生であった頃、近所のバス会社で夏休みの間切符販売のアルバイトをしていた時、事務員として働いていたとても美しい人がいました。
恥ずかしながら、その時、あの人の名前を聞くことはできませんでした。
あの会社にいた男であれば、誰もが時を忘れてついつい見とれてしまうほどの美しい方です。
きっとあの人に惹かれない男など、この世に存在しないことでしょう。
私はその時初めて、一目惚れをしたのです。
ともに過ごした時間は、とても短い間でしたが、私にはあの人と一言でも会話を交わすことができたなら……それだけで飛ぶように嬉しく、舞い上がっておりました。
しかし、それっきりで、9月にはその方はもう退職されたとのことでそれっきり二度と会うことはできませんでした。
私は、あの人のことを忘れられないまま、高校を卒業し、大学生になり、そこで妻と出会い、教職に就き、結婚しました。
それから間も無く長女が生まれ、私はその人のことをきっぱりと忘れる覚悟をしたのです。
妻のことは愛していましたが、心のどこかで、やはりあの人に強烈に惹かれた恋心とは違うと思っていた未練を捨てることにしたのです。
それからは、全力で妻と子を愛しました。
しかし、8年前、あなたがK高に来た時、当時のあの強烈な思いが、捨てたはずの未練が息を吹き返しました。
冬野雪子様、あなたは、まるであの人の生き写しのようでした。
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