第40話「帰還」

 フラメリアル王城近くの広場を離れ、少しだけ寂れた感じの森の近くに馬車は留まった。そこから僕とトワだけで森に入り、バッテリーと荷物を見つけて馬車まで戻ってきた。これらのボックスは馬車の後ろを自動追行させ、僕たちはここまで同様馬車に乗って移動する。僕たちが走るより馬車はかなり速度が遅い。集落に入る洞窟に着くのは夕方になるだろう。


 この後の予定では、僕とトワ、ザレンドさんに使節の3人で洞窟から集落に入る。結局洞窟の原理はよくわかっていないけど、現状無害だから利用するしかない。僕たちはともかく、使節の3人に山を越えさせるというわけにもいかないし。


 馬車と御者は、ジェアルたちの家から少し距離のあるところにある宿屋に留まる予定になっている。集落はのんびり移動しても2、3日あれば徒歩でも回りきれるくらいの広さしかないため、馬車が集落に同行する意味はない。


 集落に無事着いたら、使節の3人と共にまずは政事の拠点に向かうことになっている。時間は遅くなってしまうだろうが、戻ったらすぐ報告するように指示されているので仕方がない。


 ……この後の予定はそんなところだ。報告が終われば、僕たちも各々家に帰ることになるだろう。明日以降のことはわからないが、とりあえずはダルタさんに両親のことを聞いてみることにするか。僕の記憶についても、何か知っているかもしれないので、それも尋ねてみよう。


 馬車に揺られながら、ぼーっとそんな風に考えたり風景を眺めたりしながら、僕は洞窟に到着するのを待った。



 *



「…………ん」


 気づけば辺りは橙色に照らされていた。いつの間にか寝てしまっていたらしく、起きた頃には夕方だった。辺りには建物が全くなく、草木が風に揺られているのみ。


「あ、起きた。もう少しで洞窟に着くよー」


 トワの声に馬車の窓から前方を見てみる。大きな山がもうすぐ近くにまで迫って来ていた。丁度いいタイミングで目が覚めたみたいだ。


「またあの洞窟だな。結局なんであんな現象が起きるんだかさっぱりわからない」


 ザレンドさんが言葉を漏らす。そうだ。なぜ気を失うと洞窟を移動できるのか、それ以前に、なぜ気を失うのか、わからない。どうにかして意識を保ち続ける方法はないだろうか。


 ふと、馬車が止まった。


「これ以上は木が邪魔で馬車は通れませんから、徒歩で進んでいただけますか?」


 御者が馬車の中に向かって声を掛けてきた。


「わかりました! ここまで、ありがとうございました!」


 トワは元気に挨拶すると、馬車から降りた。僕が寝ている間に親しくなっていたのだろうか。


 各々馬車を降り、山に向かって歩いていく。ここはトソウさんと別れた場所だ。使徒の言っていたように、彼がただ集落に戻っただけで何事も無ければいいのだが。


 少し歩くと洞窟に着き、ライトを取り出して洞窟の中に入った。


 僕は少し考え事をしていた。ネクウィローンさんと戦ったとき、五感は働かなくても周囲の状況はわかった。僕の特技のようなものだが、あの状態であれば意識を失う前に何が起きているのか読み取れるかもしれない。


 そう考えて僕は集中しながら、洞窟を進んでいった。


 もうすぐ洞窟の壁にまで到着する。前を歩く皆が口を動かしている。会話をしているようだ。不安なのだろう、当然だ。


 僕は皆の1番後ろに付いて歩いている。はずだった。


(――!?)


 いつの間にか、後ろに何かが現れた。2人。


(――!)


 その直後、前にいた5人がくずおれた。気を失ったようだ。しかし、僕はまだ意識を保てている。何者なのか。会話をして確認したい。そう思い、振り返ろうとしたのだが、できなかった。


(あれ?)


 首を動かせない。というか、全身に力が入らない。僕の体も地面に倒れてしまった。


(――あ……)


 だめだ、意識が薄れ始めてきた。はっきりとわかっていた2つの人型も、周囲の状況も次第に感じ取れなくなり――そして、すぐに意識が消失した。



 *



「……」


「…………!」


 急いで体を起こす。周囲は真っ暗なため、すぐにライトを探す。やはり、ライトは近くにあった。ライトを付け、周囲を見てみる。


 周囲には、皆が意識のない状態で倒れていた。そしてやはりここは集落側の洞窟の中。正体はわからないが、あの2人が僕たちをここに移動させたのだろうか。しかし、気絶は唐突であの2人が何かをしたようには思えなかった。


 なら、気絶は洞窟に理由があるのか……? しかし、この洞窟はたまに入るが、気絶したのは賜術の国に行こうと思ったときだけだ。そうなると洞窟の環境に原因があるとは思えない。たまたまあの時だけ気絶する環境が整ったというのは都合がよすぎる。やはり人為的に気絶させられているとしか思えない。


 僕は皆を順番に起こしていく。とりあえず、全員無事に集落に来ることはできた。全員目覚めて各々疑問を抱えたままではあるが、とりあえず僕たちは洞窟の外に出た。


 外はかなり暗くなってきていた。やはり、気絶してから少し時間が経っているようだった。それでも、まだ夜遅いというわけではない。僕たちは集落の中心に向かうことにした。


 そうしてしばらく歩いた頃。


「じゃあ、俺はここで失礼するかな」


 ザレンドさんは僕たちの進行方向とは違う方を指さしながら言った。


「あー、そういえばザレンドさん、勝手に付いて来ただけですからねー」


 トワが笑いながら言う。


「ふん、まぁそういうことだ。バレてるかもしれないが、きっと黙認してくれるだろ。一応俺王家だし」


「王だからってルールを守らないのはダメですよ!」


 トワは窘めた。


「はいはい、それじゃあな」


 ザレンドさんは軽く受け流し、僕たちとは別の方に向かって歩き出した。王家の屋敷がある方向なので、そのまま帰るのだろう。


「さようなら。ありがとうございました」


 僕はそう別れの言葉と感謝を述べ、再び集落の中心を目指して歩き始めた。


 辺りは既に暗く、居住区の家々も明かりが灯り、出歩く人はほぼいない。これなら使節の3人も、フードで髪を隠すだけで普通に歩いて進めそうだ。


 居住区を抜け、商店街に出た。居住区に比べるとまだ少し人が活動しており、開いている店もいくらかあった。僕たちはそれらを特に気に留めることなく進んでいく。


 商店街もそのまま何事もなく抜け、大きな家々が並ぶ高地価居住区にまで来た。もう外を出歩いている人はいない。僕たちは広々とした道をひたすら歩いていく。


 そうして進んでいくと、より開けた道に出て、政事の区画に入るための門が見えた。門の前には門兵がこんな時間でも立っていた。


 門に近づいていき、門兵に声をかける。


「任務から帰還しました、マディエスと言います。任務の事後報告に来ました」


「かしこまりました。それでは、お手をかざしてください」


 そう言って装置で僕の手を読み取る。前に来た時と変わらない。トワも同じように手続きを踏む。


「そちらの3名は?」


 集落の住人ではなく、賜学の装備も身につけていない使節の3人は、身元の管理が現状できない。しかし。


「……いま連絡が入りました。そちらの3名も政事区画への入場が認められました」


 そうか。ここで足止めを食らわずに済みそうでよかった。すぐに門兵の背後で門が開いていく。


「中に入りましたら、議事堂までお進みください」


 門が開き切り、門兵は門の前から退くとそう言ってきた。


「わかりました。ありがとうございます」


 僕は礼を言って、政事区画の中に入った。すでに日は落ちているので暗いが、街灯があるため区画内の景観は見える。フラメリアルの王城やアタレンシュト城なんかには劣るが、ここも十分力の入った建築が多いと感じる。


 使節の3人も周囲を眺めながら歩いていた。ガラスの装飾なんかもあり、流石にエキゾチックな景色に思えるのだろうか。


 歩いていくと前方に議事堂が見えてきた。そして誰かが議事堂の前に立っていた。あれはフォトガルムさんと……イレトレン、だったか。政事権の2人だった。ということは、直接フォトガルムさんに報告することになるのだろうか。


「こんばんは。時間は遅いが、任務の達成はとても早かったようですね」


「あ、はい。向こうでもいろいろありまして……」


 僕は返事を返した。


「ふむ、その話は中で聞きましょうか。皆さん付いて来てください」


 フォトガルムさんはそう言って議事堂の中に入っていった。僕たちもフォトガルムさんに続いて中に入る。


 議事堂の中を進んでいくと、誰かが扉の前で待っていた。正体にいち早く気づいたトワが声を発する。


「あれ? 母さん?」


 その茶髪の女性の正体は、トワの母親らしい。少し思い悩んだ表情をしているように見える。


「トワ君、親御さんが君に話があるそうですよ。君はそちらを優先してください」


「え? ですけど……」


 これから任務の報告がある。なんの話かはわからないが、いまでなくとも……。


「……トワ……」


 トワの母親は心配そうに声を漏らした。


「……わかりました。マディエス、ごめん。話し終わったら僕もすぐ行くから」


 そう言うと、トワは母親に続いて扉の中に入って行った。


「……さて、私たちの向かう部屋もすぐそこですよ。行きましょう」


 そう言って再び歩き出すフォトガルムさんに僕たちは続いて歩いた。

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