第37話「図書館」

「お、やっぱりアレを発動させたね」


 武具会の工房への物資運搬作業の護衛任務中だったイフォアはそう呟く。


「期限はあと数日。ギリギリ間に合いそうだねぇ」


「これなら私が手を汚さずに済むし、連中に目を付けられずにも済む」


 イフォアはそう独り言ちる。護衛対象の運搬作業員は既にイフォアの独り言に慣れてしまったのか、気にせず荷馬車を進めている。


 イフォアはその横を歩きながら、今後の展開の予想をするのだった。



 *



 ジェアルとオリクレアを見送った次の日、フラメリアルの王城近くの森に置いて来てしまった荷物ボックスとバッテリーボックスを取りに行こうと思っていた。


 しかし、使用人から使徒に事情が伝わると、集落への帰路で寄るほうが手間がかからないということで、結局僕たちは荷物ボックスとバッテリーボックスを取りに行かず、この日は手持無沙汰だった。


 中央都市を回ってみるということも考えはしたが、4国の民が入り乱れる中央都市からしても僕たちが異邦人であることは変わらない。お金も無いし、トラブルに見舞われる可能性を考えると、観光するのも億劫だった。


 だからこうして、何をするでもなく部屋でぼーっと過ごしている。


「……そうだ」


 ふと思いついてソファから立ち上がる。


「どこ行くの?」


 部屋を出ようとしたところでトワに声をかけられた。


「本でも探して来ようと思って」


「あー、暇だもんね。僕も何か読もうかな。一緒に行っていい?」


「うん」


 そう返事をして、トワと共に部屋を出た。使用人に尋ねると、城内に図書館があるというので、僕たちはそこに向かった。


 広い城内を歩き図書館の前まで来た。木製の両開きの扉を開け中に入ると、すさまじい量の蔵書が本棚に収納されていた。


「すごいたくさんあるね……。興味がある本を探すのも大変そうだぁ」


 トワは苦笑をもらした。たしかにこの中から目当ての本を探すのは大変そうだ。しかし時間はそれなりにある。関連する本でも見つかればいいのだが……。


 とりあえず近場の本棚を見てみる。ジャンル分け等されているようには見えなかった。これは背表紙を流し見して行って、めぼしいものを開いてみるしかない。


 そう思い本棚に沿って歩いていく。僕が探したい本とは、前にジェアルに聞いた本のことだ。僕はそもそも、不治の病ためだけではなく、自分の出自のことも調べたいと思ったから、賜術の国に来たのだった。


 ジェアルによれば、昔マディエスという名前の人物がいたという。たまたま僕と同じ名前なだけという可能性もあるが、もしかしたらその人物を僕の親も知っていた可能性がある。


 僕が賜術を使えたということは、僕の親は賜術の国から集落に来たというのは間違いない。そして集落にはない歴史人物の名前を付けたのだとしたら、その理由は僕の出自のことを知る手掛かりになるかもしれない。


 そう考え、本の背表紙を眺め続けているのだが……どの本も抽象的なタイトルの物ばかりで、内容を推測できない。歴史書というよりも、文学作品の所蔵が多いのだろうか。


「うーん……」


 どう探していくべきか悩んでいると、図書館の出入り口の扉が開いた。誰かが入ってきたようだ。


 様子を伺っていると姿を現したのは、使徒だった。そういえば城主である彼に許可を取ったりはしていなかった。まずかっただろうか?


「めぼしい本はありましたか?」


 近づいてきた使徒はそう尋ねてきた。どうやら怒っているわけではないようだ。


「本が多すぎて、見つけるのは大変そうです」


 僕は素直に思ったことを言った。この調子では1か月がかりで探す覚悟でもしなければ、見つけられるとは思えなかった。


「何の本をお探しでしょうか? 私ならある程度は蔵書の所在を把握していますから」


 どうやら一緒に探してくれるらしい。本の所在を知っているのならありがたい。


「僕が探しているのは――」



 *



 僕はジェアルから聞いた本のことを使徒に話した。ついでに僕の親のことも。この人になら話しても問題はないはずだ。


「なるほど、宗教関連の書物でしたか。それでしたら、こちらに」


 そう言って使徒は歩いていく。どうやら目当ての本はこの図書館にあったようだ。


「そうですね……この本なんかは、わかりやすく書かれていると思います」


 本棚から1冊の本を引き抜き、差し出してきた。しかし、いまの言い方だと、全く同じ内容の本ではないのだろうか?


「200年前に賜学と賜術の戦争が終結してからは、戦禍と、賜学の情報を隠匿する目的により大量の書物が失われました。以降は、物語の中に史実を紛れ込ませるという形で歴史を残そうとする書物が増えまして。本のタイトルからでは目当ての本を見つけるのは難しいでしょう」


「なので、私にもあなたの仰った本がどれなのかはわからないのです。そしてそもそもこの図書館には、その『マディエス』という人物に関する本は所蔵されていないかと。いま手渡した本は、あくまで宗教――リヨス教についての書物ですので、お含みおき下さい」


「そうですか……わかりました。それでも本を見つけてくださりありがとうございます」


 過去のマディエスという人物について調べられなければあまり意味はないのだが、もちろんそんなことは言えない。そのうちジェアルの家に行ったときに、件の本を見せてもらうしかないだろう。


「はい。ですがマディエスさん。たしかにこの図書館には所蔵されていませんが、その『マディエス』という人物を私が知らないわけではありませんよ。私の知っている限りでよろしければ、明日にでもお話いたしましょう」


 ! 知ってはいたのか。それなら教えてもらいたい。今日はこの本を読み、明日その話を聞かせてもらおう。


「ぜひ、お願いします」


「わかりました。それでは明日お部屋に伺いますね。……では、私はこれで失礼させていただきます」


 そう言うと使徒は図書館の出入り口に向かって歩いて行った。僕は図書館での用事が終わってしまったため、トワを探した。すると、トワは図書館にある椅子に座って本を読んでいた。僕が近づくのに気づいたトワが声をかけてくる。


「あ、何かいい本はあった?」


「うん。目当ての本はなかったけど、明日使徒さんが似た内容の話を聞かせてくれることになった」


「そっか。それじゃ、部屋に戻ろうか」


 そう言ってトワは本を閉じて立ち上がった。何を読んでいたのだろうか。


「その本は?」


「ああ、タイトルが気になったから読んでるんだよ。『村双子の呪い』だって」


「へぇ、おもしろいの?」


「うーん、まだ最初の方しか読んでないからなぁ。でも、タイトルと違って平和な内容だよ、いまのところは。今後どんな展開になるかはわからないけど」


 それはそうか。まだ図書館に来てそれほど時間は経っていない。


 しかし、双子の呪いか。たしかに気になるタイトルだ。賜術の国における双子の扱いや考え方がわかるかもしれないし、トワが読み終わったら内容を聞いてみよう。


 その後僕たちは部屋に戻り、その日は黙々と持ってきた本を読み続けた。

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