第36話「別れ」
目を覚ましたのは夕方だった。使用人がリネンの取り変えに来たことで目覚めた。ジェアルたちとはまだ情報を共有していなかったため、それを明日行うために今日は2人も泊まっていくことになった。
部屋の中には大きいテーブルがあり、そこに並べられた料理を僕たちはいただいた。
部屋には出入口以外にも扉があり、シャワー室やトイレ、洗面所がある。食事を終えた後僕たちは順番にシャワーを浴びた。トワは女子がオリクレアだけであることを気にしていたが、オリクレア本人はまったく意に介していなかった。
ベッドは2つしかなかったためジェアルとオリクレアに譲り、僕とトワはソファに横になった。夕方まで寝たばかりだったが、やはり明るい中では疲れは取れていなかったらしく、夜も眠ることができた。
*
次の日の朝、目を覚ました僕たちは前日同様に使用人が部屋に運んできてくれた朝食をいただいたあと、ようやく互いの顛末を話し合うことになった。
「俺とオリクレアはサンディアルの北にある牢屋に閉じ込められていた。そこでは――」
――先にジェアルとオリクレアに何があったのかを聞いた。話によれば2人は目覚めてからほぼ休みなしで連合国会議にまで来たようだった。昨日の疲労具合も納得できた。
2人の話を全て聞き終え、今度は逆に僕たちの話をし始める。
「僕とトワ、ザレンドさんとトソウさんは洞窟で目を覚ました。黒い結晶があったから、ジェアルが前に言っていたのと同じ洞窟だと思う。僕たちは洞窟から出てまず――」
――昨日の初めから何があったのかを、事細かく説明していく。ただしジェアルの話を聞く限り、どうやらジェアルはジュエナル女王と自身の関係を知らない様子だったので、その点は一応隠しておいた。
「なるほど……。やはり俺たちの話をすり合わせても、各組織の狙いのようなものはわからないな」
話を聞き終えたジェアルはそう言ってなにか思案し始めた。それも仕方ないだろう。
例えばヴァイガットは、200年前まで行われていたという賜学と賜術の戦争を理由に賜学を憎んでいるのだろう。しかし連盟と、特に医術会が賜学を拒む理由がわからない。
医術会が連合国全土の医療を司る組織なら、不治の病の治療法というのは、垂涎の的のように思える。それなのに賜学を拒むのは、賜学に治療法確立の可能性を感じていないのか、ヴァイガットのように賜学を憎んでいるのか。もしかしたら、外部に功績を取られるのを嫌っているのかもしれない。可能性はいくらでもあって、考えていたらキリがない。もっと建設的なことを考えるべきだろう。
「これから何日かはここに泊まることになったけど、その間はどうしようか?」
僕はこれからのことに話題を変えた。
「僕たちはほら、森に置いてきた荷物とバッテリーを取りに行かないとね」
トワに言われ思い出した。そういえばそんなものもあった。結局どちらも必要ないまま終わってしまった。いや、荷物はこれから使えるものもあるだろうか。
「俺たちはここに泊まるつもりはないからな。おじさんたちのところに戻るよ。なぁ、オリクレア」
「うん、2人が心配」
「そう。……いつここを出発するの?」
「今日の昼食だけはここで頂いて出発するかな。ふっ、金なんて持っていないし、ここの料理はうまいからな」
ジェアルは鼻で笑いつつ言った。
「そっかぁ。でもそうなると、しばらく会えないのかな?」
「そうかもしれないな。だけど連合国と集落に関係ができた以上、また会うことくらいできるだろう。集落にはフラメリアルから行けるし、俺たちの家は結構近いしな」
「そうだね。じゃあいつか、2人の家を見に行こうかな! たくさん本があるみたいだし、面白そう!」
「本と言っても、古いばかりだけどな。若者が読んで面白いものじゃない」
「え! ジェアルだって若者のくせにー」
「それでもお前たちよりは年上だ」
トワとジェアルは雑談をし始めた。わからないことで頭を悩ませ続けるよりは、ずっといいだろう。
そうして僕たちは時間を潰し、あっという間に昼食の時間を迎えた。
*
「……それじゃ、俺たちは先にフラメリアルに戻る」
昼食を終え少ししてから、ジェアルとオリクレアは出発の準備をした。使用人に事情を話したところ、フラメリアルの都市部まで2人を馬車に乗せて行ってくれることになったため、僕とトワは城にある厩舎まで見送りに移動した。
「うん、また会おう。ジェアル、オリクレア」
そう言って僕は両手を出した。2人はそれを片方ずつ握ってくる。
「絶対会いに行くからね! 約束だよ!」
トワは僕の横から握手している手をさらに上から掴んできた。
「ああ、またな。マディエス、トワ」
「さようなら」
そう言って2人は手を離し、馬車に乗り込む。
「またね、ジェアル、オリクレアちゃん!」
「…………」
トワが最後にそう言うと、馬車は進みだした。僕たちは馬車が城の門を出て見えなくなるまで見送った。
*
その男は黄色い髪をなびかせ、鬼のような形相で馬を走らせていた。
昨日目論見が失敗し自国の居城に戻ると、そこにはさらに凶報が待っていた。それは、同胞であり部下でもある人物が、行方を眩ませたという事実。
我慢ならなかった。憎々しい賜学の残党との和平が成立し、その上腹心は行方不明。
とある兵器の封印が解かれたことを知ってから、機会をずっと伺っていた。いまが最適な瞬間だとは思っていない。しかし、いまやらなければ、どうせ優柔不断になっていつまで経っても実行しない。
それならば。と、その男――ヴァイガットは北に向かって馬を走らせ続ける。
そうしてしばらく進み続け、たどり着いたのは巨大な廃病院。ヴァイガットは馬から降り、建物の中に入っていく。
ここはもともと、医術会ができる前からサンディアルにあった施設だ。それが医術会に提供され、運用と修繕が任されていた。しかし、その委任関係も数年前にヴァイガットにより解除された。
建物を奥に進んでいくと、分厚い扉が前に現れた。その奥は、ここまでとは違う様相。病院には本来必要ないであろう、鉄格子で各部屋が隔絶された設計の棟。
鉄格子もコンクリートの壁も、賜術使いからすれば脆すぎる設計。ここは、賜術使いを捕えるための牢ではなかった。
賜学を剥奪し、鉄すら曲げられないひ弱な人間を捕えるための牢。
そんな牢屋の床の一角。鉄枠を嵌められた巨大な床蓋がある。到底生身の人間に持ち上がる重さではない。
ヴァイガットはそんな床蓋を渋面のまま持ち上げ、現れた地下へと続く階段を下っていく。
ランタンの灯りを頼りに真っ暗な道を進む。しばらく進んで行くと、立体物が見えてきた。複雑な造形をした、白く淡く発光する立方体。
ヴァイガットは、これについて詳しいことを知っているわけではない。ただ、200年前から存在する、賜術の国が賜学の国に勝つための切り札だということだけ、サンディアルの国王は代々知り続けてきた。
これはずっと、封印されたままだった。それがどういうわけか、数年前に封印は解除された。
ヴァイガットに理由はわからない。しかし、200年前の賜術の国の隆盛を鑑みれば、これは間違いなく賜学を滅することができる切り札のはず。
そう考えたヴァイガットは、その兵器の起動を試みるのだった。
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