第35話「一段落」

 城内を歩き、一時的に借りていた部屋に戻る。部屋に入ると僕たちは各々ソファに腰を下ろした。本当ならすぐに何があったか情報をすり合わせたいし、トソウさんとザレンドさんの安否も気がかりだが、皆疲弊していたため、いまは話をできそうになかった。


 仕方なく僕は立ち上がり、部屋を出ようとする。


「……? マディエス、どこに行くの?」


 トワが顔を上げて尋ねてきた。


「使徒さんか誰かに話を聞いてこようと思って。トソウさんとザレンドさんがどうなっているのか気になるし」


 そう言って扉を開けようとしたら、逆に部屋の外から扉が開けられた。


「それはちょうどよかったです。私からも話したいことがありましたので。入ってよろしいですか?」


 声と共に扉を開けて現れたのは使徒だった。


「え、あ、はい。どうぞ」


 僕はすぐ下がって招き入れた。外の方がよかったかもと思ったが、仕方ない。


 ソファに移動し、座ってもらおうと思ったのだが、使徒は座る様子はなかった。


「お構いなく。このアタレンシュト城の主は私ですから。あなたたちの方こそ賓客なのですよ」


「さて、それではまずあなたの関心があるであろうことから話しますか」


 使徒はこちらの反応を待たずにさっさと話しを進めようとする。会議の時もそうだったが、せっかちなのだろうか。


「あなたたちと一緒に来られた方についてですが、1人は行方がわかっています」


「! 1人ですか? もう1人いるのですが、そちらはわからないのですか?」


 いきなり不安になる内容だった。トソウさんとザレンドさん、どっちだ?


「もう1人ですか? 私は1人しか認知していませんが……。しかし、そう心配する必要はないかと思います。私の情報網で存在が掴めないということは、隠れて無事にやり過ごしているか、連合国内にはいない……すなわち集落に戻ったという可能性もあると思われます」


「……でしたら、行方がわかっているというのは、トソウさんとザレンドさん、どちらですか?」


「名前はわかりません。ただ、サンディアル国内の医術会に巨大な剣と共に搬入されるところを目撃されています。その方は金髪の男性でした」


 ……となると、医術会に搬送されたというのがザレンドさん、そして行方不明なのがトソウさん……。トソウさんは洞窟を出てすぐに別れてしまった。おそらく青髪の男とあのまま戦闘になったはずだが、倒して先に集落に戻ったのか? それとも、そいつに負けて連れ去られた……?


「賜学の人間ではありませんが、1人行方不明になっている人物がいます。オウロベルデという、ヴァイガットの親兵であり、水賜術の管制士メイターでもある男です」


「! その人は青い髪で、銃を使う人物ですか?」


「ええ、その人物で間違いありません。会っていたのですね」


 会ったというか、いきなり襲われただけだが。


「そのオウロベルデという人物に、僕たちの仲間が連れ去られたということはないのですか?」


「それはないでしょう。彼にもヴァイガットにも連盟にも、そんなことをする意味がありませんからね。どちらかというと、オウロベルデの安否の方が心配なところです。


「そうですか……」


 たしかに、トソウさんを人質として確保していたなら、会議のときにヴァイガットが僕たちの妨害に利用してきただろう。それがなかったということは、賜術側の手による行方不明ではないのだろうか。


「さて、話を続けます。医術会に搬入された方――ザレンドさんでしたか。彼についてですが、かなり辺境で戦闘を行っていたらしく、発見されたのは搬入された医術会近辺でのことでした。戦闘相手はおそらく冷賜術の管制士ヘリオドール。彼が医術会までザレンドさんを運んで来ました。そして、ザレンドさんの容体ですが、命に別状はありませんが傷が深く、治療が終わるまで数日かかると思われます」


「また、連合国から賜術の集落へ赴く使節も必要になります。これも手続きが必要ですので数日を要します。つきましては、賜学のお二人には、しばらくこちらに滞在していただきたいと考えています。それで構いませんか?」


「はい、それは大丈夫です。ねぇ、トワ?」


「うん、僕も大丈夫だよ」


「でしたら、引き続きこちらの部屋をご使用ください」


 滞在することには問題ない。それよりも。


「ザレンドさんは大丈夫なのですか? 命に別状はないとのことですが……」


「ええ。かなり肉体を損傷していましたが、医術会の治療を受ければ問題ないでしょう。後遺症なども残らないかと」


 そうか……それはよかった。しかし、そのレベルの傷とは、一体どれだけの相手と戦闘になったのか。


「ザレンドさんに会いに行けませんか?」


「……それはやめておいた方が良いでしょう。サンディアルはヴァイガットの国です。今日の様子では、逆恨みされていてもおかしくはありませんから」


「でしたら、なおさらザレンドさんが心配です。大けがを負っていて動けないのですよね?」


「ええ。ですがそれについては心配はいりませんよ。医術会はサンディアルとは癒着のない別組織です。ヴァイガットも手荒なことはできません。会うのでしたら、集落に戻るときに合流できるよう手配しましょう」


「……わかりました。よろしくお願いします」


 ザレンドさんの様子は気になるが、そう言われてしまっては仕方がない。僕はおとなしく従うことにした。


「さて、私の話は数日間ここに滞在していただくということのみです。何かありましたら、使用人にお申し付けください」


 そう言うと使徒は部屋の扉の前まで歩いて行き、こちらに一礼してから部屋を出て行った。


 使徒が出て行くのを見送ってから、部屋の中に目を向けると、ジェアルとオリクレアはソファで眠ってしまっていた。わざわざ起こして話を聞くのも忍びない。そう思い、僕も別のソファに腰を下ろす。


「ようやく一段落ついた、って感じだね」


 トワが話しかけてくる。


「うん、でもまだこっちに来てから1日しか経ってない」


「そういえば、そうだねぇ。それでも集落に比べるとずっと広くていろいろなものがあったから、長い冒険でもしたような気分だよ」


 確かに、1つの国を走って縦断したのだ。賜学の装備があっても辟易するような距離だった。


「……ねぇ、マディエス。集落に戻ったら、その後はどうなるのかな?」


 どう、と言われても答えにくい。


「……集落も連合国も、お互いの存在を知って、交流が生まれるんじゃないかな? そのためには、山をもっと簡単に通れるようにしないといけなくなるのかな。あの洞窟だと大勢は通れないし、そもそもなんで気を失って移動するのかもわからない」


「……そうだね。仲良くできればいいんだけど……」


 トワは物憂げに言った。ヴァイガットのように親交を嫌がる人物もいる。そういう人が少数であると信じたい。


「……ふぁーあ、なんだか僕も眠くなってきたな」


 トワはそう言ってソファの背もたれに背中を預けた。確かに、急に休まる状況に晒されると、途端に眠くなる。


「……僕も寝ようかな」


「うん、せっかく任務はうまくいったんだし、お昼寝くらいしてもいいでしょ。おやすみ、マディエス」


「……そうだね。うん、おやすみ」


 そう返事をして僕もソファに体を預けて目を閉じた。

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