第34話「終結」
ヴァイガットとオールディンは、いまにも戦闘を開始しそうな雰囲気だ。僕は急いでジェアルとオリクレアを抱えて部屋の隅に移動した。トワも付いて来る。
「何があったの?」
ジェアルに尋ねる。
「……ああ、とりあえず今の状況に繋がることだけ話す」
「中央街道に入る前、あのオールディンに遭遇したんだ。逃げようと思ったんだが、どうにも俺たちを殺すつもりはないらしく、むしろ、死なせないように守るために探していたと」
「それでも、中央都市にどうしても行かなければならないと話したら、俺たちを両脇に抱えて走り出したんだ。そのあとは最悪だった。あのフィルメとフェリルとかいう
それでそんなに気分が悪そうだったのか。いや、それよりもあの2人も管制士なのか。それをジェアルとオリクレアを抱えたままここまで逃げて来るなんて、オールディンとは一体何者なんだ?
オールディンとヴァイガットを見やる。ヴァイガットはオールディンに拳を向けたままだ。オールディンはじっとそれを見つめていた。
すると、ヴァイガットは唐突に拳の向きを変えた。こちらに向けられた拳は、激しく光を発した。しかし――。
「バレバレなんだよ」
オールディンはヴァイガットの目の前で円卓の上にしゃがみ、ヴァイガットの拳を掴んでいた。バチバチと電気の流れるような音を発しているが、意にも介していない。
「武器なしじゃ、あんたの攻撃でも効かねえよ。いまは重要な会議中なんだろ? 無駄なことしてねぇで、さっさと会議を進めたらどうだ?」
「……ちっ」
ヴァイガットの舌打ちを尻目に、オールディンは僕たちの前まで来た。
「お前ら全員死なせないのが俺の任務なんでな」
そう言うと背中を向けて僕たちの前に立った。これだけ強い人物が守ってくれるなら心強いのは確かだが、任務とは……?
「オールディン。その任務は、連盟の指示なのか?」
ジェマテトスが尋ねる。
「は? そんな矛盾した指示、連盟が出すかよ。……いや、出すか。だが、今回は連盟の指示ではねぇよ。連盟からの任務は賜学の侵入者を殺すことだ」
……その任務を無視してくれるのなら、ありがたい。しかし、そうなると誰の指示に従っているのだろうか。
「……そうか。ヴァイガット、会議を続けよう。こんなことにはなってしまったが、結論だけは出してしまわなければ」
「! だが……」
ジェマテトスの言葉に、ヴァイガットは詰まる。しかし。
「……わかった。もう一度決議をとる。……これより賜学の国残存勢力を殲滅するため、賜術連合国は戦時体制に入る。賛成の者は挙手を!」
ヴァイガットとジェマテトスは挙手をしている。しかし、女王2人は手を挙げていなかった。コロドニアルの女王は僕たちが来てから一言も発していないように思えるが、一応敵視してきているわけではないようだ。
しかし、この場合どうなるのだ? 4人では今のように多数決をとれないことがある。となると、全会一致でなければ提案は通らないのだろうか。
「……ちっ。会議は次回に持ち越しだ」
ヴァイガットは舌打ちしてそう言う。持ち越しではいつまでも結論は出そうにないが……。
「その必要はないですよ。歴史的な瞬間です。いま、決めてしまいましょう」
突然の声と共に、扉から誰かが入って来た。僕が言えることでもないが、さすがに飛び入り参加が多すぎるだろうと思う。
「! 貴様、使徒……!」
「ヴァイガット、後日と言ってそのまま決定させないまま、うやむやにしてしまうつもりだったのでしょう? 今回ばかりは、そうもいきませんよ」
使徒と呼ばれた男はそう言って笑う。白く長い髪で顔の右側が隠れているが、表情はわかる。
「いま会議の結論を出してしまいましょう。それで構わないですね?」
そう言って使徒はジェマテトス、ブリュエンダ、ジュエナル女王を順番に見た。反対する者はいなかった。
「では。現状、賜学の集落との戦争に賛成が2票、反対が2票。……私は、反対に1票を投じます」
「私の票により、賛成が2票、反対が3票。したがって、賜学の集落との戦争は否決ということでよろしいですね?」
使徒はとんとん拍子で結論を出す。そんな簡単に結論を出せるものだったのか?
使徒というのが何者なのかは、前にジェアルに聞いた。賜術を人々にもたらした存在の使い……。その一族のことを使徒と呼ぶと。しかし、連合国の決議に1票を投じるだけの権力があるとは思わなかった。
「さて、そうであればもう1つ決定してしまいましょうか。賜学による不治の病の研究……。これは、賜術の国からすれば、不治の病を消滅させられるかもしれない良い機会です。賜学の集落との融和にも繋がるでしょう」
「……」
ヴァイガットは不愉快そうな顔をしているが、何も言わなかった。
「それでは、こちらも決議をとってしまってよろしいですね? ……賜学による不治の病の研究に、賛成の方は挙手をお願いします」
そういうと4国の王たちは各々動きを見せる。と言ってもやはりというかなんというか、結局先ほどと票は変わらなかった。
賛成がジュエナル女王、ブリュエンダ、使徒の3票、反対がヴァイガットとジェマテトスの2票。つまり。
「票は出そろいましたね。それでは、賛成が3票、反対が2票により、今度の提案は可決されました」
「……と、言うことで賜学のお二人。よろしくお願い申し上げます」
唐突に使徒は僕たちに声を掛けてきた。
「あっ、よ、よろしくお願いします」
僕はどもりながらそう返した。……これで、目的は達成なのか?
何日、下手したら何か月とかかってもおかしくない任務のはずだったが、賜術側が賜学を拒んだことが裏目に出て、むしろたった2日でこちらの任務は達成したということになる。最後の最後がこんな風に、自分たちで何もすることが無いまま終わるとは思わなかったが。
「それでは、今日の連合国会議はこれで閉会にいたしましょう。波乱の展開ではありましたが、賜術と賜学が手を結んだ歴史的な瞬間です。この瞬間に立ち会えたことを、光栄に思いましょう」
使徒はそう締めくくった。そうして会議が終わると、ヴァイガットは何も言わずに早々に会議室から出て行ってしまった。目論見がうまくいかなかったのだから、居たたまれなくなったのだろうか。
「……フィルメ、フェリル。行こうか」
今度はジェマテトスが口を開き、立ち上がった。
「まだ任務中」
フィルメが答える。
「やめておきなさい。連合国が融和を決定した以上、連盟も動きを変えるだろう。いま先走る必要はない」
「……そう」
フィルメは簡潔に返事をすると、フェリルとともにジェマテトスに続き、会議室を出て行った。2人は先ほどオールディンに吹き飛ばされていたが、まったくダメージは負っていないらしい。
僕はとりあえず、去ってしまう前に味方をしてくれた女王2人に礼を言おうと思った。
「あの、ジュエナル女王様、ブリュエンダ女王様。賛成に票を入れてくださり、ありがとうございました」
2人は巨大な円卓を挟んで向かい合う位置に腰かけているため、向きを変えて2度頭を下げた。もしかしたら、1人ずつお礼を言わなければ失礼だったかと思ったが、怒られはしなかった。
「いいえ、お礼なんていいのですよ。これからのためには、新しいものを受け入れていかなければね……」
ジュエナル女王はそう言って微笑んだ。顔立ち通り穏やかな性格だと思った。
「……国民のためよ。私も国民も、賜学への恨みなどとっくに忘れているわ。不治の病が慢性的に国民を脅かしているのだから、治療の可能性があるのなら、反対するわけにはいかないわ」
ブリュエンダ女王が話しているのを初めてみたが、見た目通り冷ややかな声だった。しかし、話し方とは裏腹に、国民のことを大事に考えているようだ。
「……ありがとうございます」
僕がもう一度お礼を言うとブリュエンダ女王は席を立ち、部屋の前に控えていた使用人と共に去っていった。
「……ネクウィローン、そしてオールディン様。あなたたちが彼らを連れてきてくれたから、私はヴァイガット頭領に屈してしまわずに済みました。ありがとうございました……」
ジュエナル女王は立ち上がりそう述べ、頭を下げた。ネクウィローンさんは会議が荒れ始めてからずっとジュエナル女王の傍に立っていたが、跪いた。オールディンはジェアルたちから離れてジュエナルに女王に向かって言う。
「その2人にせがまれたから仕方なく、だ。礼ならそれを望んだ2人にいいな」
それだけ言うとオールディンも部屋から出て行った。もう僕たちを攻撃してくる敵はいないと判断したのだろう。結局、彼は誰の指示に従っていたのだろうか。……まぁ何となく予想は付くのだが。
「……そう、ですね……」
ジュエナル女王はおずおずとジェアルたちの方を向いた。ジェアルはいまだ気分が悪そうに座って俯いており、トワがそれを心配そうに横で見ていた。オリクレアもジェアルの隣で座って俯いている。
そういえばここに来てから、一度もオリクレアの声を聞いていない。別にもともとそんなにしゃべるほうではなかったとは思うけど……。
「……」
「……」
この部屋にいる人のうち、大半の人は事実を知っている。知らないのは使徒とやらだけだろう。……いや、ジェアルは知らないのだったか? だが、知っていたにしても知らないにしても十数年ぶりの再会のはずだ。邪魔はしたくないのだが……。
当事者同士が話を切り出してくれない。体調の優れない様子のジェアルはともかく、気まずいのか、単にシャイなだけなのか……。どちらにしても、この母娘は似た者同士のようだ。
「さて、皆さん。積もる話もあるでしょうが、そろそろこの部屋を空けていただいてもよろしいですか? 清掃・修理を行わなければならないので」
事情を察したのか使徒が解散を促してきた。それもしょうがない。当事者の様子からして、いまはまだ進展しなさそうだった。
僕はジェアルたちに近づく。
「ジェアル、オリクレア。この城の一室を空けてもらっているから、そこで休もう」
そう言うとトワは立ち上がり、ジェアルとオリクレアも肩を貸し合いながら立ち上がった。
「それでは、失礼します」
僕たちは後に部屋を出る面々に頭を下げ、部屋から出て行った。
*
「……声を掛けなくてよろしかったのですか?」
ネクウィローンがジュエナルに尋ねる。
「……また危険に晒してしまうかもしれないわ。関わらないほうがいいのかもしれない」
「彼女は声を掛けられるのを待っていたように思えましたが」
「……そうね……」
ジュエナルは考えこみながら答えた。
「……ネクウィローン、あなたの方こそ、付いて行かなくてよかったの?」
今度は逆にジュエナルがネクウィローンに尋ねる。
「当然です。俺はジュエナル女王の親兵ですので」
「ふふ、あなたは王城に置いてきたはずなのだけれどね。……けれどようやく、彼女の居場所がわかったのでしょう?」
「……気づいていたのですか」
「ええ、そっくりじゃない。あなたのことだから、今回のこととは関係ないと割り切って聞いていないのでしょう?」
「……」
ネクウィローンは何も返さない。
「ふふ、それじゃ私と変わらないじゃない」
「……さて、私たちもそろそろ行きましょうか。いつまでもここにいては迷惑でしょうから」
そう言ってジュエナルは扉に向かう。
「わかりました、足元にお気をつけて」
「ふふ、わかっているわ」
軽く笑い、扉を開けたネクウィローンに促され、ジュエナルは会議室を後にした。
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