第33話「連合国会議」
時刻は正午を迎えるより前。俺たちは走り続けてようやく中央街道の外壁にまでたどり着いた。外壁は南の中央都市に向けてずっと続いている。
ただ、あくまで外壁があるだけで、警備がされているわけではない。飛び越えて入ろうと思えば、どこからでも入ることができるだろう。
と思ったのだが、外壁が横目に見える距離で進んでいると、等間隔で中央街道に入るための門があった。あそこを通ることで中央街道を横断し、ケミアルへ行くことができるのだろう。流石に門には検問官がいるようだ。
ちょうど門と門の中間あたりの位置で、外壁を上り中央街道を覗いてみた。街道は馬車が行き来しており、言わずもがな、外壁から侵入して街道を走っていては衆目を集めてしまう。
「すごいな……。これだけの人が中央都市には集まるのか」
これならできる限り中央都市に近づいてから外壁を越え、一気に中央都市に侵入するしかないだろう。そう考え、外壁をサンディアル側に降りる。
「ようお前ら。こんなとこで何してる?」
「!」
急に声を掛けられ、慌てて振り返る。そこには灰色の髪をした男が立っていた。
(……? この髪の色、何の賜術だ? いや、それよりもいつの間に? オリクレアが勘づかないなんて)
「いや、聞くまでもねぇか。お前らだろ、賜学と接触した双子ってのは。水色と赤色のガキで、こそこそ塀を覗いている奴なんて、他にいねぇわな」
そう言ってニヤリと笑う男を見る。服装は検問官の制服とは違うから、国境の警備員ではなさそうだ。腰には刀を提げている。となると、賜術士か? だとしたら、逃げた方がいい。昨日ヘミクレースに勝ちはしたが、ギリギリだしあれからほぼ休みなしだ。
仕方ない、外壁を越えて中央街道に入ってしまえば流石に派手な戦闘行為はできまい。そう考え、逃げる意思をオリクレアに伝えようとオリクレアの方を見やるが、完全に沈黙してしまっている。
俺はオリクレアの腕を掴み、上に向かって飛ぼうとするが――
「――っと、どこ行くつもりだよ」
即座に男に腕を掴まれた。力が異様に強い。
「お前ら、賜術士を1人倒したんだってな。やるじゃねぇかよ。だが、俺から逃げるのは無理だぜ? 俺はオールディン。剣賜術の
(……! 管制士か。クソ、あと少しで目的地に着けたというのに、このタイミングで出くわすとは、最悪だ)
「お前らを取り逃がしたってことで、新たに賜術士に命令が出てる。お前らは更に狙われるってことだ。せいぜい、覚悟するんだな」
*
アタレンシュト城内を移動し、会議室へ向かう。ネクウィローンさんは会議室の場所を知っていたため、直行する。
しばらく場内を歩いていくと、巨大な両開きの扉が現れた。会議室はここのようだ。
周囲を見回すが、重要な会議が行われているはずなのにも関わらず、特に兵士はいなかった。
「……」
さすがに、目の前に来ると入る覚悟はそう簡単にできない。ノックは必要だろうか? 入ったら、まずなんて言えばいいだろうか?
そう逡巡していると、それに気づいたネクウィローンさんが扉の前に立ち、扉に手をかけた。そして、ノックなどはせず扉を開けてしまった。
まぁ、ノックをして入っていいか伺ったところで、許可など得られるわけないのだから、勝手に入ってしまうしかないのは確かだ。
ネクウィローンさんは中へ入っていく。僕たちもその後ろに続いた。
会議室の中は、巨大な円卓が中央にあり、たった4人でその円卓を囲んで座っていた。室内は窓ガラスから入る陽光で明るく、五権者会議よりは暗澹たる空気感ではなかった。
「……誰ですか?」
一番最初に沈黙を破ったのは、扉から見て右手前に座る緑髪の男。おそらくケミアルの国王――ジェマテトス・ケミアだ。外見年齢的には中年なので、賜術の国でも結構な年齢だろう。
その右側の席には、水色髪の女性。この人がコロドニアルの女王――ブリュエンダ・コロドニアか。訝しむような視線でこちらを見つめている。
そして、その更に右側にいる黄色髪の男――この男が、サンディアルの国王であり、雷賜術の管制士でもある人物、ヴァイガット・サンディアだろう。射るような視線でこちらを睨め付けている。
「ネクウィローン……?」
そして、その更に右――扉から見て左手前に座り、こちらを見て困惑した表情を浮かべている糸目で赤髪の女性。この人物が、フラメリアルの女王、ジュエナル・フラメリアだ。
「まず、連合国会議を妨げる行いを謝罪申し上げます。しかし、この2名はおそらく連合国の今後において、大要な存在であると考えます。どうか、この2名に陳情の機会をお与えくださいますようお願い申し上げます」
僕が何かを言う前に、ネクウィローンさんは端的に述べた。完全に任せっきりになっている。本当なら僕とトワでやらなければならないのに。
ネクウィローンさんは役割を終えたと考えたのか、ジュエナル女王のもとに移動し跪いた。
「……それで、そちらの2人は誰なんですか?」
再び、緑髪の男――ジェマテトスが問いかけてきた。僕はトワと目を見合わせ、言葉を発した。
「……自分の名前はマディエスと言います」
「自分はトワと言います!」
間髪入れずトワも名乗った。
「……僕たちは、賜学の集落から来ました」
「……なるほど」
ジェマテトスが頷く。他3名は発言をしない。
「一体なんのために、会議に踏み込んできたのですか?」
「……それは、ある提案をするためです。……少し前、賜術の国の人物が、僕たちの集落に訪れました。理由はは、賜学を用いれば彼らの養父母の不治の病を治療できると考えたからでした」
「僕は力になりたいと思い、集落の権力者に申し出ました。すると、賜術の国でも認可を得られれば、不治の病を研究すると決定されました」
「したがって、僕たちの目的は4国に存在するという不治の病を研究することを認めていただくことです。そしていま、4国の長が集まっているこの会議が、お話させていくのにまたとない機会だと考えたので、入室させていただきました」
大方の事情はそんなところだ。すると――。
「……はっ、黙して聞いていれば、実にくだらない。お前は本当に、賜学の連中が我々に協力などすると思っているのか?」
今まで黙っていたヴァイガットがようやく声を発した。
「それは、実際にこうして認可をいただけるように人員を回されていますし……」
「ふはははっ! そうか! どのみちこれ以上お前たちの話を聞く必要は無い。今回の連合国会議の結論が出れば、お前の言う認可の可否もおのずと決まるからな!」
そう言うと僕に反論する時間も与えず声を張り、続ける。
「決議を取る! これより賜術連合国は、賜学の国残存勢力を殲滅するため、戦時体制に入る! 賛成の者は挙手を!」
(……! やっぱり、そのための会議だったのか)
ヴァイガットとジェマテトスは迷うことなく挙手している。ブリュエンダはまだ動きを見せていない。ジュエナル女王は、躊躇っているように見えるが、それでも右手を円卓の上で震わせている。
この会議の出席者は4人。決議を取るということは4人または3人の賛成がいるだろう。なんとかして、女王2人に反対してもらわなければ!
「ま、待ってください! 双子は――」
――そのとき、会議室内の窓ガラスが割れた。同時に、2人の人影が会議室に飛び込んできた。それはジェアルとオリクレアではない。
1人は、紫色の髪をした女性。もう1人は、橙色の髪をした女性。どちらも外見年齢は20才前後だろうか。
「……フィルメ、フェリル。何をしてるんだ」
ジェマテトスが口を開いた。不測の事態に強い人物のようだ。
「標的の指示があったの。いまは任務中」
紫髪の女性が言った。橙髪の女性は、スンとした顔つきで黙っていた。
「それでなぜここ来た? なんで窓ガラスを割って入って来るんだ」
「標的がここに向かってる。だから」
「!」
それを聞いて、ヴァイガットが反応した。
「お前たちが闖入してきたことの処遇は後回しだ。お前たちの任務は賜学戦力の殲滅のはずだ! そこの2人を殺せ」
その言葉に僕とトワは即座に身構えた。しかし。
「はあっー!? なんでお前の言うこと聞かなきゃいけないんだよ!」
静かにしていた橙髪の女性が唐突に喚いた。
「うちらの標的は双子。他はオールディン。だからうちらに関係ない」
「……! 待て、連盟から指令が来たのか? 双子を追っているだと?」
「ははっ、そうだよ! お前がさっさと殺さなかったせいで逃げられたからな! ヘマしたお前に指令は無いってさ!」
そう言うと2人はジェマテトスの横に着いた。関係性はまるでわからないが、どうやら僕たちは標的ではないらしい。それよりも。
「あの……フィルメさん。あなたたちの標的の、双子というのは……?」
ジュエナル女王がおずおずと尋ねた。しかし。
「知らない。双子は双子」
紫髪の女性が答えた。こちらがフィルメというようだ。しかしそんなことより、これは都合がいい。僕は即座に声を掛けた。
「ジュエナル女王。その双子の名前は、ジェアルソールと、オリクレアです」
「……!」
2人はどうやらヴァイガットの手から逃れたようだ。そうであれば、ジュエナル女王に味方に付いてもらえるよう、いま話を付ける。
「賜学の集落にやって来たのはその2人です。彼らは不治の病から皆を救おうとしています! どうか、戦争なんてやめていただけませんか!」
「……」
ジュエナル女王は黙ってしまった。
「……ここか?」
ふと、背後から声が聞こえた。会議室の扉を挟んだ向こう側からだ。そして――。
ドゴン、と大きな音を立てて扉が開かれた。そこには、灰色の髪の男に、両脇に抱えられた赤と水色の髪の子供。
「ここだな。おら!」
子供2人が部屋の中に投げ込まれた。
「……ジェアル、オリクレア!」
僕は2人に駆け寄る。見たところ外傷はなさそうだ。
「ああ、マディエス。1日ぶりか。無事そうでなによりだ……」
なぜかとても疲れているように見えた。
「来た……!」
フィルメの声がした。声をした方を向くと、こちらに迫る鎖のようなもの。
(――! 避けられない――)
しかし瞬時に黒い影が間に入り、鎖が弾かれた。
「はっ、諦めるんだな。お前じゃどうにもできねえよ、ガキィ」
ジェアルたちを抱えていた男だった。扉の外側にいたはずだが、一瞬で僕たちの前まで移動してきたようだ。
男は弾いた鎖――よく見ると刃が付いているため、鎖剣、とでもいえばいいだろうか――を素手で掴み、ぐいっと引き寄せた。
「うっ!」
そして、男の前に引き寄せられたフィルメの腹を蹴った。そのままフィルメは壁まで飛んでいく。
「てめぇっ!」
今度は橙髪の女性――フェリルの方が飛び掛かる。口から黒い粘液のようなものを吐き出し、灰髪の男に掛けた。そして、鋸状の剣で斬りつける。すると、轟音と共に爆破した。先ほどの粘液のようなものは、火薬か何かだったようだ。しかし。
「無駄だっての」
男は無傷だった。今度はフェリルの腕を掴み、ぶん投げた。そして、フェリルはフィルメにぶつかる。
「ぐぇ!」
そんな声がした。
「……オールディン、貴様、連盟に逆らうのか?」
ヴァイガットが声を掛ける。
「ああ? てめぇこそさっさと殺しゃあよかったのを、私情でしなかったんだろうがよ」
「……ちっ!」
悔しそうに舌打ちすると、ヴァイガットは灰髪の男――オールディンに拳を向けた。
「はっ、くだらねぇ」
そう言うと、オールディンもヴァイガットの方を向き、じっと睨めつけた。
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