第32話「アタレンシュト城」

 俺とオリクレアは、夜も休まずに中央都市を目指して南に向かって走り続けてきた。もうそろそろ日が出る時間帯だ。


 マディエスたちが今どこで何をしているのかはわからないが、どうせ国境は越えられないから、俺たちはフラメリアルには戻れない。


 であれば、彼らがいずれは中央都市に来ることを期待して、先に向かうしかない。ヘミクレースが寄越してきた、今日行われるという連合国の会議の情報。それは願ってもない機会と言える。


 その会議とやらで、賜学による不治の病の研究を申し出る。ただし、それもマディエスたち賜学の人間がいなければ話にならない。はたして、マディエスたちは会議の情報を掴んでいるのか……。


 日中、思い切って街の人に声を掛けてみたが、中央都市で会議が行われるという話は聞かなかった。もしかしたら、ヘミクレースの話が嘘であったという可能性もある。しかし、オリクレアは嘘ではないと感じているようだし、どのみち中央都市にはいかなければならないのは変わらない。


 そのうえで、得られた中で有益な情報もあった。


 国境の接していない北のフラメリアルと南のコロドニアルは、中央都市に双方の国から続く中央街道により往来が可能になっている。そして、その中央街道がちょうど、東のサンディアルと西のケミアルの国境の上にある。


 そしてもともとサンディアルとケミアルの2国は親交が深く、国と国の移動が容易らしい。つまり、北のフラメリアルから東西2国の敷地内である中央街道に入るより、サンディアルから中央街道に入るほうが簡単だということである。


 そのため俺たちは、フラメリアルにいるであろうマディエスたちよりは、幾分簡単に中央都市に入れるだろう。


 それでも閉じ込められていたことで、出遅れているのは間違いない。その遅れを取り戻すため、俺たちは夜もほとんど休まず走り続けてきた。


 賜術は夜に性能が上がる。俺の傷はもう完治したし、人もいないし日中より移動速度は上がっている。


 会議がいつ、中央都市のどこで行われるのかはわからない。とりあえずは会議が始まるより前に中央都市にたどり着くことを目標に、俺とオリクレアは走り続けた。



 *



 僕たちがフラメリアルの王城を出発してから、数時間が経過した。いま僕たちは馬車に乗っている。走るのより速度は落ちるが、体力を使わなくていいし、情報も共有できる。


 中央都市に入るには中央街道を通らなければならないが、そこはフラメリアルの領土外であり、自動車では通れないため、馬車を使う必要があるとか。連合国会議は、中央都市にあるアタレンシュト城で行われるとか。そんな話を聞きながら馬車に揺られていると、ようやく中央街道に入るための検問所まで着いた。


 まだ正午まで数時間ある。この調子でいけば、会議が始まる前に女王とある程度話す時間はあるだろう。


 検問は、問題なく通過できた。ネクウィローンさんはジュエナル女王の側近のような立場であり、身分がはっきりしているため、足止めをされることはなかった。


 街道は石畳でしっかり舗装されており、馬車が何台も往来できるほど広かった。これなら中央都市まで一気に進むことができる。


 なだらかな上り坂になっている中央街道は遮蔽物が無く開けており、城壁に囲まれた中央都市は目視できた。様々な建物が城壁を越えて屋根を覗かせているが、その中に一際高く大きい建物が見える。あれがアタレンシュト城だろう。


 街道の左右は壁に挟まれており、基本フラメリアルと中央都市を繋ぐ縦の道だが、時折左右の壁にある門から街道を横断するための道がある。それが使用されることにより馬車の進行を停止しなければならないことが何度かあった。


 中央都市は既に見えているのに、なかなか進まないのがもどかしい。しかしそうは言っても、ここで馬車を降りて走っていくわけにもいかない。ネクウィローンさんと共にいなければ、僕たちはただの不審者なのだ。おとなしくこのまま馬車が進むのを待つしかなかった。



 *



 中央街道に入り1時間以上が経った頃、ようやく馬車は中央都市に入るための検問所にまで到着した。フラメリアルを出る時に一度検問をしているからか、そちらよりも手早く検問は終わり、僕たちは中央都市に入ることができた。


 中央都市の建築物は、フラメリアルの都市に比べると技術的には劣っているように思えた。それはフラメリアルが科学の発展を推進しているのに対して、中央都市の建造に注力したのがケミアルだからということらしい。


 それでも統一された景観と街の賑わいからは、ここが連合国の中心となる都市であることは窺える。


 僕が街並みを観察しているうちにも馬車はアタレンシュト城に向かって進んでいく。


 城に近づくにつれ、その大きさを実感する。フラメリアルの王城も大きかったが、あちらは高さよりも面積が大きかったように思える。しかし、こちらの城は高さがあることにより、近くで見たときの迫力は凄まじかった。


 アタレンシュト城の門に着く。ネクウィローンさんが要件を伝えると、門が開かれ、馬車は城の敷地内に入っていった。


 敷地内には厩舎があり、そこに馬と馬車を預けてから、本城に向かった。開かれている巨大な扉から、本城の中に入る。


 城の中では、使用人のような格好の女性や制服を着た兵士のような男性の姿が散見された。その中の1人の若い男がこちらに近づいてきた。ネクウィローンさんより少し若いくらいだろうか。まぁ彼の年齢もよくわかってはいないのだが。


「ネクウィローン殿! なぜこちらに……?」


 こちらに来た男はネクウィローンさんと同じ意匠の格好だった。フラメリアルの兵士なのだろう。


「ジュエナル女王に来客だ。どうしても連合国会議が始まる前にお目通りを願いたい。女王が滞在なさっているお部屋まで案内をしてほしい」


「はい、それは構いませんが……」


 兵士の男は言葉を詰まらせた。


「この2人がその客だ。女王に危害を加えるようなことはないから、安心しろ」


 当然だ。しかし、この兵士が怪しむのも仕方ないことだろう。


「ああ、はい。それはもちろん了知しています。……そうではなくて、連合国会議が始まる前に謁見したいということでしたが、実は既に、連合国会議は開始されているのです」


「なに……?」


 ネクウィローンさんが声を漏らした。


「ですので、会議が終わるまでは別室でお待ちいただくことになると思われますが、それでよろしいでしょうか?」


 そう僕たちにも問いかけてくる。賜術の国に来て一番丁寧な応対だったが、内容は最悪だった。


「定例通りなら会議が始まるのは正午過ぎのはずだ。なぜ今回は早まった?」


 ネクウィローンさんが疑問を代弁してくれた。


「詳しい事情までは存じていませんが、昨夜の時点で、そのように取り決められたようです」


「……そうか……。すまない、お前たち」


 ネクウィローンさんがこちらに向かって謝罪の言葉を述べた。しかし、昨夜に決まったのではどうしようもないことだ。仕方ないだろう。


「いえ、ネクウィローンさんのせいではないですよ! ……だけど、マディエス。これからどうする……?」


 トワはネクウィローンさんに言葉を返してから、僕にそう問いかけてきた。


「とりあえず、話ができる部屋まで連れて行ってもらおうか」


 どうするかと言われても、強硬手段に出る場合のことも考えると、こんなところでは話せない。そう思い僕は場所を変えさせてもらうことにした。


 城の中の一室に通され、先ほどの兵士と城の使用人は去っていった。


「さてと。それじゃ、さっきの話の続きだけど、これからどうする?」


 トワは再び僕に問いかけてきた。僕たちにある選択肢は2つだけだ。会議が終わるのを待ってからジュエナル女王に接触するか、ジュエナル女王と事前に接触するというのを諦め、直接会議に乗り込むか。……それを決めるためにまず必要な情報を得なければ。


「ネクウィローンさんは、いま行われている会議が何のための会議なのかは知らないのですよね?」


「……ああ。フラメリアル国内ならともかく、連合国全体のための会議となれば、俺にも事前に内容はわからない。


 これはさっき馬車で聞いたのと同じ答えだ。


「……僕たちはフラメリアルに着いてすぐ、ある人から『ヴァイガットは会議を有利に進めるために双子を確保した』と聞きました。ジェアルたちが確保されたのは昨日で、集落にやって来たのが5日前です。今行われている会議というのは、いつ開催が決まったのですか?」


 正体を隠したいと言っていたイフォアさんの存在は一応伏せて話しておく。


「……4日前だ。ここまで緊急での開催はいままでになかったな」


 ジェアルたちが集落に来た翌日か。そうなるとうやはり、ジェアルたちが僕たちと接触したことがいまの会議が開かれることになった理由だろうか。


 そして、ジェアルたちを確保して会議で有利に使う方法と来れば1つしかないだろう。


 ヴァイガットが、ジェアルとオリクレアはジュエナル女王の子であるということを知っているならば、まず2人を確保することでその命を自身の支配下に置く。


 そして自身の子の命を盾にされれば、ジュエナル女王が会議でヴァイガットの意見に賛成する可能性は高くなる。


 イフォアさんの言うことを信じれば、ヴァイガットの望みは賜学の集落への攻撃の決定だ。連合国会議の議決方法はわからないが、ヴァイガットはジュエナル女王の賛成を不正に得ることができるだろう。


「……ヴァイガットは、ジェアルたちの命を盾にジュエナル女王を従わせ、賜学の集落に戦争を仕掛けることの賛成を得ようとしているのかもしれない」


「……戦争だと?」


「あくまで僕の予想です。でも、僕たちと接触のあった次の日に会議の招集をかけるなんて、そういうタイミングを待っていたとしか思えません」


 それはそれで、なぜジェアルたちがフラメリアルを出たことが分かったのかという疑問は残るが……。


「じゃあ、いまの会議でもしかしたら……開戦が決定するかもしれないってこと?」


 その可能性が捨てきれない。そして、そうなったら不治の病の治療どころではなくなる。もちろん、僕の予想が間違っている可能性があるし、会議の末、否決される可能性もある。


 しかし、そうでなくともいまの会議は、不治の病の研究を4国に同時に提案する絶好のチャンスでもある。


「その可能性はある。……僕は、会議に闖入するのは交渉する手段としてはありだと思う。トワはどう思う?」


「戦争になる可能性があるのなら、それもありなのかな。もし間違いだったなら、僕たちがどうなるかはわからないけど……。ネクウィローンさんはどう思いますか?」


「……俺はお前たちに付いて行く。まだ尋ねたいことがあるからな」


 それはつまり、守ってくれるということだろうか。あの強さなら、心強い。


 それなら、と僕は決断する。


「会議に乗り込みましょう。戦争を止め、不治の病を無くすために」


 そうして僕たちは部屋を出て、会議室へ向かった。

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