第31話「王城」
ネクウィローンはワゴンを押した給仕と思われる女性と共に部屋にやってきた。ワゴンには料理が載せられている。給仕は僕たちの顔をまじまじと見ながら料理をテーブルに並べ終えると、部屋を出て行った。
「……」
食べていいのだろうか。
「……お前たちは客だ。腹が減っているなら食べろ」
ネクウィローンはそう言う。さすがに女王の住処だけあって、豪勢な料理だった。昼間の店のように毒が盛られているということもあるまい。そう思い、僕はフォークを持って食べてみる。トワもそれに続いた。
ネクウィローンは黙って近くの椅子に腰かけている。服は着替え、仮面も付け直していた。話を聞きたいと言っていたが、僕たちが食べ終わってから聞くつもりのようだ。僕とトワは黙って料理を食べ続けた。
*
十数分ほどで食べきってしまった。今日はほとんど食事をしていなかったし、沈黙が居心地悪かったから急いで平らげてしまった。たいして味わってすらいないが、おいしかったと思う。
「……それで、お前たちはどこから来た。ジュエナル女王になんの用件がある?」
僕たちが完食したのを見計らってネクウィローンは尋ねてきた。なにから話すべきだろうか。……いや、最初から――ジェアルとオリクレアが集落に来たことから、全て順を追って話すしかあるまい。集落の存在を知らない以上、口頭では分かりにくいかもしれないが。
僕はトワの補足も受けつつ、今に至るまでの経緯をネクウィローンに説明し始める。ネクウィローンはほとんど質問もすることなくそれを聞いていた。
*
「……そうか。大体わかった」
ここに来るまでのことを話し終えると、ネクウィローンはそう言って納得した風に頷いた。
「あの……。僕ずっと考えてたんだけど、もしかしてジェアルとオリクレアちゃんは……」
ふいにトワがそう言葉を発した。……その先は聞かなくてもわかる。なぜなら僕は、ここに来る前からそのことは知っていたから。でも、一応約束があるし、首肯はできない。
「……確定ではないだろうけどね。2人がジュエナル女王の子供だという可能性は、否定できないね」
そう曖昧に濁した。ネクウィローンは何も言わない。彼は双子を見ていないから、何とも言えないのだろう。まぁ、僕たちもまだジュエナル女王を見たわけではないけど。
「連合国の会議は正午過ぎからだ。俺が連れて行けるのは、ジュエナル女王のもとまで。それからは、お前たちが自分たちでどうにかしろ」
「はい、それはもちろん。というか、女王のところまでは連れて行ってくれるのですか?」
「……ああ。お前たちには、女王に見える権利がある」
そう言ってネクウィローンは立ち上がった。
「隣にシャワー室がある。使って構わない。……明日は日の出とともに出発するから、備えておけ」
奥の扉を指さし、そう言い残すとネクウィローンは部屋を出て行った。
シャワーか。確かに今日は汚れたし、使わせてもらえるのならありがたい。ふと汚れている自分の身体を見やる。
「……ん?」
自分の腹部を見たときにふと気づいた。黒い鎧に一筋、横向きに線が入っている。これはネクウィローンに斬られたときに付いたのだろう。一切傷が付けられないと言われていた鎧に傷をつけるとは、並々ならぬ腕力だと思いながら、線に触れる。
しかし、鎧が削られている感触はなかった。そこで、鎧の線を注視してみる。確かに、鎧には斬られたときに付いたであろう線があり、その線は明確に鎧の地金を晒していた。装着したままではよくわからないので、僕は鎧を脱いで見てみる。
「……? なにしてるの?」
僕の行為を訝しみ、トワが尋ねてきた。
「……この鎧、全体が黒色をしていたけど、これはメッキがされているだけみたいだ。この鎧、地金は白色……いや、薄橙色をしているみたい」
メッキが削れたことで薄橙色の鎧の本体が線状に露出しているだけで、鎧本体は傷付いていない。ザレンドさんの言っていたように、尋常の方法では傷付けられないようだ。
「そうなんだ。王家の宝、よくわからないものがあるんだねぇ。……それで、マディエス。シャワー使う? 使うなら、先使っていいよ。僕はまだ少ししか腕が動かせないから、時間がかかりそう」
トワは鎧にはさして興味がないようで、話題を変えてきた。
「わかった。それなら、先に使わせてもらうよ」
そう言ってシャワー室に向かう。シャワー室は、トイレや洗面所とは別室のようだ。浴槽はないが、広い。
(明日は早い。さっさと体を流して、寝よう)
そう考え僕はシャワーを浴び、トワよりも一足先にベッドで眠りに付かせてもらった。
*
真っ暗な夜の森を抜け、その先にある入口に入る。それは、地下空間に続く入口。外からでは知らなければまず見つけられない。そもそも、こんなところまで来る奴はいない。
薄暗い通路を進み、ある一室に入っていく。その中には、薄暗い部屋の中でもはっきり見えるほど白い色をした、人型が2人。のはず。俺にはもう見えないが。
「……それは?」
白い人型の1人――男が尋ねてくる。もう1人は、その横で黙って控えている。
「こいつが賜学の王家の、ザレンドとかいう人物です」
俺は背負っていた男を前に下した。怪我をしているし、意識も無いが生きている。間違いなく殺すつもりで攻撃したが、またあの女に邪魔をされた。
男は何も言わず、手をザレンドに向けた。そしてそのまま動きを止め、しばらくしてから声を発した。
「……なんの痕跡も無い。なんの細工もしていなかったようだな。ならいい。それは捨てておけ」
「……」
俺は黙ったままザレンドを再び担ぎ上げ、部屋を出ようとした。
「ヘリオドール。目はどうした?」
「……この男にやられました」
「そうか。手塩にかけて育てたお前が、それほどまでにやられるとはな」
男はどうでもよさそうに言った。
「……」
俺はその言葉を無視したまま部屋を出て行く。捨てておけと言われたが、イフォアとかいうあの女に、こいつは死なせるなと命令された。
仕方ないので俺は再び賜術の国に戻り、医術会にザレンドを引き渡してから、自分の住処へ戻った。
*
「……ん……」
まだ少し暗い部屋の中、僕は目を覚ました。隣のベッドにはトワが眠っている。
なにか夢を見たような気がするが。思い出せない。記憶が呼び起こされるというのは、夢で過去の記憶を見たりもするのだろうか。
いずれ、あの声の主もわかるのだろうか。知り合いには全く覚えがない。というか、声自体聞こえたわけではなく、内容が直接伝わって来ただけだから、誰なのかなど現状わかるはずもなかった。
僕はベッドから降り、出発する準備を始めた。と言っても、持ち物など賜学の装備以外ないし、準備という準備などないのだが。
洗面所で顔を洗い、装備を整え準備を済ませたころ、トワも目を覚ました。
「……」
ぼーっとしている。寝起きが悪そうだ。
「トワ、おはよう」
「……ん、おはよう」
軽く朝の挨拶済ませ、トワも準備を終えたころ、ネクウィローンが部屋にやってきた。
「……食え。そうしたら出発する」
手にはトレーを持っており、パンが乗せられていた。昨晩はそれなりの量を食べたし、いまはこれくらいでちょうどいいだろう。
「ありがとうございます」
そう言って、パンを受け取り頬張った。トワも頂いている。
「……ごちそうさまでした」
素早く食べ終え、再び感謝の言葉を述べる。
「それでは、出発するぞ」
いまは日が出て明るくなり始めた時間帯だ。昨晩の予定通り、僕たちは中央都市に向けて、王城を出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます