第38話「リヨス教」
部屋の扉がノックされたので、僕は扉を開けて来訪者に挨拶をする。
「使徒さん、今日はありがとうございます。どうぞ入ってください」
「ええ。それではお邪魔しますね」
そう返事をして使徒は部屋に入って来た。今回はしっかり話を聞こうと思い、向かい合う形でソファに座ってもらった。ちなみにトワは気を使ってくれたのか、今日は部屋を出て城を歩き回っているようで、いま部屋にはいない。
「そちらの本はいかがでしたか?」
使徒はテーブルの上に置いてあった、昨日僕が借りてきた本を見ながら尋ねてきた。
「そうですね……。基本的にはリヨス教徒の主人公の物語で、リヨス教に関する説明が随所にあるといった感じで、正直僕ではこの本からリヨス教について詳しく把握できていないと思います」
「ははは、そうでしたか。でしたら、リヨス教についても外観だけお話しましょうか。というのも、私もそれほど詳しくないので細かいことは話せないというだけなのですが」
そう前置きして、使徒は話し始めた。
「私がリヨス教のことを詳しく知らないというのも、何しろリヨス教が盛んに信仰されていたのは、人の手に賜術がもたらされるよりも前のことなのです」
「つまり、私たち使徒の一族が誕生するよりも以前に信仰されていた宗教のため、私たちも記録しきれていないのです」
そんなに昔のことだったのか。たしかにジェアルも、過去のマディエスのことを『数百年前の人物』と言っていた。しかし、そうなると当然疑問に思うことがある。
「そもそもいつ、賜術使いたちは賜術を手に入れたのですか?」
「およそ700年前のことです。突如もたらされた賜術の隆盛が発端となって、人々のリヨス教への信仰心は薄れてしまったのです」
700年というのもすさまじい数字だが、僕には先ほどからの『賜術がもたらされた』という言い回しが気になった。もたらされたということは、もたらした誰かがいるということに他ならない。
「そもそも人々に賜術をもたらしたのは何者なんですか?」
「それは私にもわかりません。私たち使徒の一族の役目は、賜術の
そういえば会議で使徒は、歴史的な瞬間と言っていた。700年にも及ぶ不和の解消がなされるとなれば、たしかに歴史的な瞬間と言えるだろう。しかしそうなると、賜学も少なくとも700年以上前から存在するということになる。
賜術が何者かから賜った術なら、賜学は誰から賜った学なのだろうか。
「話が逸れましたね。リヨス教の話に戻します。リヨス教は一神教の宗教であり、信仰された神の名は『リヨスキスナ』。宗教の名前もそれからとったものでしょう。リヨスキスナ神が男神であったのか女神であったのか、それとも両性神であったのかはわかりません」
「しかしその教えには、リヨスキスナの子と思われる存在が関係してきます。リヨス教の教えを簡単に説明しますと、人間が正しく生き、その存在意義・存続する価値を証明することができたのであれば、世界の終末に神の分身とされる救世主が現れ世界を救う、というものです」
なるほど、神の名前までは聞かなかったが、教えはジェアルに聞いたものと同じようだ。
「そして教徒たちは救世を得るため、一心にある場所を目指すといいます」
……? それはジェアルには聞いていない。
「ある場所とは……?」
「それがどこであるのかは私も知りません。もしかしたら、過去の『マディエス』の動向がそのヒントになるかもしれませんね」
使徒はそう言うと今度は過去のマディエスの話を始めた。
「『マディエス』は800年ほど前――つまり賜術がもたらされるよりも100年ほど前に実在した人物です。彼は敬虔なリヨス教の信者だったようですね。宗教統一のために勇敢に戦ったそうです。彼のその矛先は大陸の外にも及びました。……マディエスさん、海はご存じですね?」
使徒は唐突に質問を投げかけてきた。
「はい、見たことはないですが知識としては。この星の大地の大半は、海という水に沈んでいるのですよね」
「その通りです。しかし、これはご存じでしたか? いま私たちがいる賜術の国や賜学の集落のあるこの陸以外にも、実は大陸があるのですよ」
つまり、海に沈んでいない大地が、他にもあるということか。
「『マディエス』は海で隔てられた別の大陸にも宗教統一の目標範囲を広げました。彼は船を造り、海を越えて他の大陸に向かったのです」
それは凄い執念だ。集落の中で生きてきた僕には全く想像もつかない規模だった。
「しかし、理由はわかりませんが『マディエス』がこの大陸を離れている間に、彼はリヨス教を破門されてしまったのです。リヨス教において彼より重要な地位にいる人物に、信者であることを否定されてしまったわけですね」
「それが理由かはわかりませんが、その後『マディエス』がこの大陸に戻ったことは一度しかないと記録されています。そしてその際に『マディエス』は、この地にあった8つの遺物を回収し大陸の外に持ち去ったとされています」
「8つの遺物……?」
「ええ。それが何なのか。これも私にはわかりません。使徒が現れた時には、既にこの地にはないものですからね」
「……私が知っているリヨス教と過去のマディエスの情報はこのくらいです。どうでしょう、お役に立ちそうですか?」
……どうだろう、あまり僕の親に繋がるとは思えない。しかし、無関係ということがわかるのもそれはそれで1つの答えではある。いまの話はその役に立ったといえるだろう。
「はい、役に立ったと思います。お話ししてくださり、ありがとうございました」
「そうですか、それならよかったです。それでは、私はこれで失礼させていただきます」
使徒はソファから立ち上がり、扉に向かう。
「おっと、言い忘れるところでした。集落への出発は2日後になるかと思いますが、それでよろしいでしょうか?」
使徒は扉の前で振り返り聞いてきた。
「わかりました、それで問題ないです。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。それでは、今度こそ失礼します」
僕は扉の前でこちらに頭を下げた使徒に礼を返し、使徒が部屋を出て行くのを見送った。
そして1人になったため、思案してみる。
なんというか、使徒以上の情報を持つ人物がそういるとも思えないし、単に僕の親が『マディエス』という人物を尊敬していて、その名前を貰っただけというような気がする。それか、本当にただ無関係なだけなのかもしれない。
そう考えていると、部屋の扉が開いた。
「どう? 使徒さんに話は聞けた?」
トワが戻って来た。話が終わるのを待っていてくれたのだろうか。
「うん。聞きたいことは聞けたけど、あまり関係が無かったのかもしれない」
「ふーん、そっかぁ……あれ? 本、使徒さんに返さなくてよかったの?」
そういえばすっかり忘れていた。しかし、図書館から借りたのだから自分で図書館に戻してくるべきだろう。
「これから図書館に返してくるよ。ところでトワは、あの本――村双子の呪い、だっけ? あれは読み終わったの?」
「うん、読み終わってさっき図書館に返してきたよ。あ、マディエスも読みたかった?」
「いいや、そういうわけではないけど……。でも内容は気になるから、教えてくれない?」
「そっか。うん、いいよ。……なんというか、最初の方は双子の子が村人たちの手伝いとかをして、次第に村人たちに信頼されるようになっていく話なんだけど、実は双子はすごく仲が悪くて、2人が大きくなる頃には村全体が2つに分裂して争うことになってしまうという話だったよ……」
「村人たちは双子をいい子だって信頼していたんだけど、思い返してみると確かに、2人が助けているのはそれぞれ別の村人だったし、双子が一緒にいるときは周りの村人が話しかけて双子はそれに応対しているだけで、双子が会話をしているシーンは無かったんだ」
……それはいわゆる、叙述トリックというものだろうか。最終的に双子の仲の悪さを知った村人は、それぞれを助けてくれた側の味方をして、争いが起こってしまうと。
使徒が昨日言っていた、『物語の中に史実を紛れ込ませている』というのは、僕も昨日読んだ本で何となくわかったが、トワの読んだ本はそういう感じではない気がする。もともと双子というものに悪い印象を持っていた人物が双子を悪として描いたか、単に物語の展開上、『双子である』という性質が丁度よかっただけというような感じもする。
なんにしても、ここから賜術の国で双子が忌まれている理由を見つけられるとは思えなかった。
「ありがとう、大まかな内容はわかったよ」
「どういたしまして。でも、時間はあるんだし自分で読んでも良かったんじゃない?」
2日後にここを出発するため、時間はそんなにない……が、トワは聞いていないのか。
「さっき使徒さんに聞いたけど、集落に出発するのは2日後になったみたいだよ」
「え! そうなの!? じゃあ、もう1冊くらい何か読んでいこうかな。ちょっと探しに行ってくる!」
そう言うとトワは部屋を飛び出していった。僕はあまり本を読まないし、明日はゆっくり過ごしつつ出発の準備をしたい。
「あ」
図書室に行くなら、ついでに本を返してきて貰えばよかったか? 仕方ない、やはり自分で返しに行くしかないか。
トワに続いて僕も本を持って部屋を出て行った。
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