第39話「再開」

 2日はあっという間に過ぎ、僕たちは集落に帰る日を迎えた。


 数日前にジェアルとオリクレアを見送ったのとは逆に、今度は僕とトワ、そしてわざわざ中央都市の城にまで集まったらしい連合国の使節の3人と共に、使徒や使用人に見送られて馬車で城を出発した。


 使節の3人だが、使節に任命される以上、当然賜学のことを知っているのに僕たちにも快く接してくれた。僕たちは使節の3人と馬車の御者の合わせて6人で出発した。


 中央都市から中央街道に入り、さらに中央街道からフラメリアルに入る。来たとき同様何事もなく通過で来た。


 フラメリアルでは2カ所、場所がある。1つはフラメリアル王城付近の広場だ。そこでサンディアルからフラメリアルに来たザレンドさんと合流することになっている。ザレンドさんは大けがを負っていたはずだがもう大丈夫らしい。医術会とやらの治療技術は思っているよりすごいのかもしれない。


 もう1つの場所は荷物ボックスとバッテリーボックスがある、こちらもフラメリアル王城近くにある森だ。


 しばらく馬車に揺られていると、一度見れば忘れられないような壮麗な城が見えてきた。フラメリアル王城だ。もう少し進めば目的地も見えてくるだろう。


 そうして馬車はフラメリアル王城を見据えることのできる距離にある目的地の広場に着いた。辺りを見回してみるが、ザレンドさんらしき人物はいなかった。まだ来ていないようだ。


 広場の中央には噴水があった。まず目に付く場所のため、僕とトワはそこで待つことにした。


 そうして15分ほど待っていると、小走りで大きな荷物を背負った金髪の男が近寄って来るのが見えた。もちろんザレンドさんだった。しかし、賜学の装備ではなく、賜術の国の服を着ていた。


「マディエス、トワ、久しぶりだな! お前たち、うまくやったみたいだな!」


 そう言ってザレンドさんは両手を挙げた。ハイタッチのようだ。僕とトワは片手ずつパンと合わせた。


「ザレンドさん、怪我はもう大丈夫なんですね。でも、その服は……?」


 僕は疑問を投げかける。


「ああ、怪我は治してもらったぞ。あれはすごいな。自然治癒力を上げるだけじゃなく、損傷した体組織も賜術で造って傷を治しているらしい。賜学でもあんな技術ないだろう」


「あ、で、服なんだが、戦闘で装備が壊れてしまったから、こっちで服を貰ったんだ」


 なるほど、装備を壊されてしまったからなのか。しかし賜学の装備には自動修復機能がある。それすら機能しないほど破壊されるとは、ザレンドさんが戦ったという人物は、相当の強者だったようだ。


「お前たちが無事で何よりだよ。馬車で集落に戻るんだろ? そのときに何があったのか聞かせてくれな」


「はい、マディエスは大活躍でしたよ!」


 トワがそんなことを言う。全然大活躍ではない。ほとんど自分では何もしていない。


 笑って話しながら2人は馬車の方に歩いていく。僕も2人に続いて歩いて行った。



 *



 俺たちはいま、フラメリアルの王城にいる。マディエスたちと別れて家に戻った俺とオリクレアは、おじさんたちの無事を確認してから普段通りの生活を送っていた。


 そんなとき、フラメリアルの王城から、王城への招待状が届いたのだ。女王様が俺たち2人に会いたがっていると。


 理由はわからないが、お世話になった以上無下にはできない。いや、そもそも自分の住む国の頭領に招待されて無視できるわけがない。


 そんなわけで俺とオリクレアは王城までやって来て、いまは客室で待たされている。数日前にマディエスたちもここに泊まったらしいが、今いるのと同じ部屋なのだろうか。


 ……などと考えていると、使用人が部屋に入って来た。どうやら女王のもとに案内してくれるようだ。


 俺とオリクレアは使用人の後に続いた。玉座にでも案内されるのだろうかと身構えていたが、たどり着いた扉はどうもそうには見えない。いや、もちろん立派なものではあるのだが。


 使用人が扉をノックし、中から返事があった。使用人が扉を開き、中に入るよう促されるのに従って部屋に入る。


 部屋の中はやはり玉座などではなかった。ベッドやソファ、テーブルなんかがある。この部屋は女王の自室のように思えた。女王はローテーブルの前に置かれた椅子に腰かけていた。


「どうぞ、お掛けくださいな……」


 女王は俺たちにも座るよう促してきた。女王の割には随分と腰が低い。そんなことを考えながら、女王とローテーブルを挟んで向かい合う位置にあるソファに腰を下ろす。


「え、えと、とりあえず、紅茶でも入れましょうかっ」


 女王はそう言うと部屋の端にある食器棚に向かい、自ら紅茶を淹れ出した。


「え、あ、ありがとうございます」


 女王に紅茶を淹れさせるのもどうなのかと思いつつ、しかし勝手に歩き回るのも憚られた。居心地悪くしばらく無言で待っていると、女王はトレーにティーカップを乗せて戻って来て、ローテーブルにカップを並べた。


「……」


 飲まないわけにもいかず、カップを手に取り、少し冷ましてから口を付けた。ほとんど自給自足の生活をしているため、紅茶なんて飲んだ記憶はない。これが逸品なのかどうかなど全然わからない。


 横目でオリクレアの方を見てみるが、俺と大して変わらない感想しか抱いていなさそうだ。


「……きっと、紅茶なんて飲んだことも無いのよね……」


 女王がふと呟いた。しかし、すぐに慌てた様子で顔を上げる。


「あ、すみません、そういう意味ではないのです、お気を悪くなさらないで……」


 そういう意味……。貧しいことを馬鹿にしていると取られると考えたのだろうか。別にそんなことは気にしていない。実際、いままで俺は紅茶など飲んだことすらないはずだ。……それにしても、なぜ女王がここまでへりくだった態度を取るのかわからない。


「……どうして今日は、俺たちを招待なさったのですか?」


「え、ええ、それは……」


 女王は口籠るとまた下を向いてしまった。そうされると、俺たちには何もできない。呼ばれた理由もわからないし、こちらから話すことも――いや、そういえばこの前の会議の時の礼を言えていない。あのとき俺はくたばっていた。


「……あなたたちの――」


「――先日の……」


 俺が話そうとした瞬間、女王も声を発した。


「あ、すいません。どうぞお続けください」


「い、いいえ! あなたの話をお聞かせくださいな」


「あ、はい、わかりました。……先日の会議の時は、俺たちに有利な方に協力してくださり、ありがとうございました」


「あ、いいえ、私の方こそ、いずれ賜学と手を結びたいと考えていましたので、こちらこそ足掛かりをいただけたこと、感謝申し上げます」


 俺がお礼を言うと、女王もお礼を返してきた。こちらから言いたいことは正直それくらいだ。あとは女王の話を聞かなければ。


「俺から言いたかったことは以上です。女王様、どうぞ先ほどのお話の続きをお願いします」


「……そうね……」


 そう呟くと、女王はまた黙ってしまった。しかし、少ししてから女王は言葉を続けた。


「あなたたちの話を、聞かせてくれるかしら? なんでもいいの。普段の生活の話でも、家族の話でも、好きなものの話でも、嫌いなものの話でもいい。あなたたちがこの20年間、なにをして、どういう風に育ったのか、教えてくれるかしら……」


 女王は少し寂しそうに微笑みながら、そう語りかけてくる。しかし、なんでもいいと言われると、逆に困るというものだ。


 とりあえず、女王が挙げたことから話してみることにした。


「俺たちは北にある古い館に、おじさんとおばさんと――」



 *



 俺は女王にいろいろと自分たちの過去を話していく。女王は話を聞きながら、事あるごとに質問をしてきた。


 オリクレアも会話に混ざり、自分たちのことを話した。こいつにしては珍しいほどによく喋る。


 話を続けていると、女王の寂しそうだった表情は次第に消え去り、いつしか自然な人懐っこい笑顔を湛えていた。俺は心地よさを覚えた。



 *



 特に面白かったことや楽しかったことなんかを話していき、話題は次第に現在に近づいていく。


 相好を崩していた女王も、おじさんとおばさんが不治の病に罹ったことを話した時には、笑顔を潜めさせていた。


 それ以降の話は、詳しく話すようなこともしばらくはなかった。俺は本を読み耽り、子供のように騒ぎ遊ぶこともなくなった。もともと口数が少なかったオリクレアも、おじさんとおばさんが体調を崩し、俺も話さなくなったことでさらに無口になった。いまになって悪いことをした思った。


 そんな生活が何年か続いていたある日、たくさんの古書の中から見つけたとある1冊には、こんなことが書いてあった。


『北山の洞穴に住む民族は、不治の病を癒す学を持つ』と。


 ようやく見つけた手がかりだが、正直信ずるに値するとは思っていなかった。しかし、ダメ元で向かった北の山には洞窟があり、それを抜けた先にある集落には、実際に賜学というものが存在した。


 それに頼れば不治の病が治療できるのかは、いまでもまだわからない。だけど、俺たちがそれを信じたことで、新たな希望を得て、こうして新たな出会い――いや、をすることができた。


 ……そんな独白ができるくらいには、俺はここまでで得た結果に満足感を覚えていた。



 *



「――そうして俺たちはあの日、連合国会議にまでたどり着くことができたんです。そのあとは、女王と、もう1人の女王様のおかげで、全てうまく行きました」


 俺は全て話しつくした。まだ話していないこともあるが、どうでもいいことまで話してもしょうがない。


「ええ、そうね。ブリュエンダ女王にも感謝しなければならないわね……。彼女にも、たくさん迷惑をかけたわ……」


 女王は遠い目をしてそう呟いた。


「そういえば、こちらのことを話してばかりでしたね。よろしければ、そちらの話も聞かせていただけませんか?」


 俺はそう尋ねた。王室など貧しい俺たちには知る由もない暮らしだ。聞きたいことはたくさんあった。しかし。


「私の、話……?」


 女王は面食らったような表情をした。そしてすぐになにかを思い出したかのような表情に変え、口に手を当てて声を上げた。


 やはり、聞くべきではなかったのかもしれない。


「……私は……私は、愛していた殿下と死に別れ……! その上、瑣末な理由でっ、あの人との間に生まれた子供まで……!」


「――――あなたたち、までっ……奪われかけて……っ。本当は、一緒にいたかった。だけれど、それではあなたたちの命が危うかった……!」


「だから、私はあなたたちを、信頼できる方に預けたの……。本当に、ごめんなさい……! 一緒にいて、あげられなくてっ……」


 嗚咽しながらそこまで言葉を絞り出すと、女王は下を向いた。


「…………いいえ、それは、違うわね……。あの方たちに預けて、よかったわ……。私は一緒には、いられなかったけれど……。あなたたちが、こんなに立派に育ってくれて、私っ、は……幸せ、なの……!」


 女王は顔を覆い、俯いたまま泣き続けた。俺もオリクレアも流石に動揺した。約20年ぶりの、ほぼ初めてとも言える我が子との対面。子の俺たちには母親の胸中などわかるべくもなかった。


 だけれど、してやれることはある。俺が泣いている時もオリクレアが泣いている時も、おじさんとおばさんはそばにいてくれた。本気で泣いて苦しい背中をさすってくれた。


 俺はソファから立ち上がって女王の横に移動する。オリクレアは、どこか遠慮した表情で俯いていた。さっきはあれほど浮かれていたのに。


「オリクレア」


 俺は手招きしてオリクレアを呼び寄せる。そして、女王の座る椅子の横に屈み、背中をさすってやる。


「! ご、ごめんなさい……っ」


 そう言って女王はまたしゃくりあげる。オリクレアも俺と同じように椅子の反対側に屈み、背中をさする。すると女王は、少し笑ってオリクレアの頬を手の甲で撫で返した。


「……っ、く……っ」


 オリクレアの目から涙がこぼれた。今度はオリクレアも泣き出してしまった。……仕方ない。


 俺は立ち上がって2人の後ろに回って、2人同時に背中をさすってやった。

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