第19話「原動回帰」

 オウロベルデの腕が、青く染まっていく。そして、左右の手で握っている銃も青く発光しだす。


(……『原動回帰』。……本領発揮か。ただ攻撃が強化されるのか、新たな攻撃方法が増えるのか……)


 ずっと立ててある大盾の陰に隠れる。なんにしても初撃は食らわずに情報が欲しい。


 オウロベルデが銃をこちらに向けた。さて、どう来る?


「……っぐ!?」


 警戒したのも束の間、俺は吹き飛ばされ、木に叩きつけられていた。大盾も粉々に砕かれた。威力がけた違いに上昇している。いや、威力だけではない。縦の一部を貫通したわけではないということは、一点集中ではない。水弾自体が銃口よりはるかに大きいのだ。俺は賜学の装備はつけていない。生身だ。今度の水弾なら直で食らえば一撃で即死する。


 ……しかし、この水は、ただの水。混じり気のない純水……。であれば、勝機はある。


 俺はオウロベルデを見る。奴はこちらに銃を向けている。そして、その銃の前には、直径1メートルほどの水円が浮かんでいた。あれを叩きつけるのが、いまの奴の攻撃ということか。あれはもう、水弾ではなく、水壁。弾速で壁を叩きつけられれば、即死するに決まっている。


 それでも奴に接近するしかない。俺は愚直にオウロベルデに走り寄る。この際、それが一番安全と言えるから。


「おい、それは無茶にも程がある。流石にこの水壁、停止させるのは無理だよな?」


 そう言って水壁を射出した。しかし、悪いが無理ではない。そうでなければこんな戦法はとらない。バァンと音を立てて水壁は俺の前で弾ける。


「……嘘だろ……!? 賜学か手品かなんて話じゃない、魔法かなにかだろ……!」


 オウロベルデは動揺しつつも後退しようとする。しかし、そうはいかない。せめて銃を一丁は破壊させてもらう。


 先ほどのようにオウロベルデの足を石で固める。


「……また同じ手でやられるかよ……っ!?」


 オウロベルデは石から足を引き抜こうとするが、それはかなわずその場でしりもちをついた。悪いが先ほどの石とは違う。ただ拘束するために足の表面を固めたのではない。危害を加えすぎるわけにはいかなかったが、仕方ない。足の内側にも、石を生成した。もうこいつは立てない。おそらく一生。


 苦痛の表情を浮かべるオウロベルデの左手の銃を、剣で斬り砕く。もう一方も――。


 そう思ったが、銃を砕かれた左手で、水弾を放ってきた。


「――っ!」


 右前腕を撃ち抜かれた。しかし、いますぐ決着をつける。長引くほど、オウロベルデが弱る。


 俺は右手に持った剣でもう1丁の銃も斬り落とす。


(よし、これで戦闘能力を奪えたな)


 そう思ったのも束の間、、銃は暴発したのか水壁で地面を叩いた。土煙で視界を奪われ、衝撃で互いに吹き飛び距離をとられた。


「……ぐっ……!」


 苦悶の声が聞こえる。土煙が晴れると、オウロベルデは石と同化した足で立っていた。諦めないのか?


「降参しろ。これ以上危害を加えたくはない」


「まだ、降参するわけにはいかないな……。……悪あがきかもしれないが、こいつは食らっていきな……!」


 その言葉に続き、周囲から大量の水が噴出した。大量の水は、俺を逃がさないように球状に収縮し始める。


「ここは山だからな、川がある。その水を利用させてもらうぜ。……準備に時間がかかったし、街の連中もびっくりだろうが、トドメの大技にはピッタリだろ?」


 段々収縮してきていた球状の水が、一定のサイズで停止した。


 次の瞬間、球状の水は中心地――つまりは俺に向かって収束した。



 *



 ――ザクッと、生々しい音がした。


 ……なるほど、どうやら奴は俺の能力に当たりを付けていたらしい。


 オウロベルデの胸部に、俺の剣が深々と突き刺さっている。その近くには、俺の右腕が落ちた。


「……ヴァイガット、結局、水賜術は剣の一本にも劣るらしい……。お前が剣を持たせた理由、いやがおうでもわからせられたぜ……」


「……剣だけじゃこうはならなかっただろう。水賜術という、大量の水を要する賜術だったからこそ、お前は俺の能力に気付いたんだからな」


「……はっ、いまさら種明かしかい……。なら、俺が賢ければさっさと気付いて勝てたじゃねぇか……」


 そこまで言ってオウロベルデは仰向けに倒れた。


「……そうだな」


 俺は腕を押さえながら答える。


「……そう困った顔をするなよ。……あんたはその傷、対して俺は原動回帰まで使って、足と胸の傷だけだ。あんたらの交渉の不利要素にはならないさ」


「……フォーゼス、すまないな……」


 その言葉を最後に、オウロベルデは力尽きた。


 こいつは、俺の能力に気付いた。俺の能力とは、『異能』と呼ばれるものだ。


 それはこの星の全ての生物が初めから備えている能力であり、同時に、生物が生きるための『本能』を害するため全ての生物が初めから扱うことができないもの。


 異能を使えば、何かを物を生み出したり、周囲の物を掌握・操作できる。


 しかし、賜術が混じったものは例外のようだった。賜術の実態は『原動力』。オウロベルデの原動力により生成された水を、奴は銃で水弾として放ってきた。水弾には原動力が多く含まれていたため、異能の範疇の外だった。だから、盾や剣でいなすか避けるしかなかった。


 しかし、水針には原動力が含まれていなかった。射出には多少の原動力を使うのだろうが、おそらく川の水を掌握するのに多量の原動力を充てていたためだろう。だから水針は止めることができた。


 そして、原動回帰後の奴の水壁は、大半が純水。川の水を掌握しつつ、時間をかけて原動力により生成した多量の水を、少量の原動力により撃ち出していた。そのやり方は異能との相性は最悪だ。撃ち出されたただの水は簡単に掌握できる。


 水球の収縮についても同じ。あまりに多すぎる水を少量の原動力で操作したことがあだとなったのだ。


 しかし、オウロベルデは俺の能力に最後の最後に気づいた。3つ目の銃を俺が砕いたとき、咄嗟に原動力で生成して左手から放った水弾を、俺が止められずに被弾したことで。


 だから奴は、水球の収縮という大技をおとりに、ずっと腰に差したままだった剣で、俺にとどめを刺そうとした。


 俺は水球の収縮を異能で止めた直後、奴の放った剣も止めようとしたが、あの剣もどうやらただの金属ではなかったらしい。俺の能力の範疇の外だった。咄嗟に右手の剣で弾こうとしたが、間に合わなかった。


 奴の剣は振りかぶった俺の右腕を切り飛ばし、勢いのついた俺の剣は動けない奴の胸に突き刺さった。


(……甚だ、俺も奴も運が悪い。俺の役目は2つ。1つはこなした。しかし、賜術士の死人を出してしまった。交渉の難易度は上がってしまう。どうしたものか……)


(マディエスたちに任せて、俺だけオウロベルデの死体を持って集落に帰るか? 隠ぺいするくらいしか思いつかない。しかし、それでは問題を先送りにしているだけだ。交渉が成功した後に困る)


 俺がそうして悩んでいると。


「うわ、やっちゃったねぇ」


 突然、金髪の女がやって来て言った。


「……なんだお前は?」


「私の名前はイフォア。賜学と賜術の融和を望む者だよ。……それ、困っているんだろう? 私が隠ぺいしてあげるよ」


 賜学と賜術の融和……。本当なら、目的は一致はしないが掠ってはいる。


「……お前は、ただの人間……人外ばけもの……? なんなんだ」


「やっぱり君には丸見えか。まぁ、君からすれば“ただの人間”でしょ? ……その死体、オウロベルデはヴァイガットの腹心。ただでさえ賜学嫌いのあの男は、もう誰にも止められなくなる。だから、私がいい利用方法を提供しよう。君の罪はなくなるし、賜学と賜術の融和の役にも立つよ。その代わり……」


「私は“戦力”が欲しいんだ。君には戦力として、私の手伝いをしてほしい」


「今すぐじゃない。数年は先のことだからね。どう? いい条件じゃないかなぁ?」


 本当ならな。……しかし、俺にはわかってしまう。こいつは、俗な言い方をすれば全パラメータカンストの化物だ。一見『ただの人間』だが、できうる限りの最高性能の詰め合わせだ。


 従うのが最善としか言えない状況だった。


「……わかった。その男の隠ぺいはお前に任せる代わりに、お前の戦力になってやる」


「そう。なら、君はもう山の中に帰るといいよ。そのケガじゃ死にかねないからね。早くしないと、君でも腕、くっ付かないんじゃない?」


 イフォアはそう言うと、オウロベルデの亡骸を担ぎ上げた。


「待て、そうは行かん。あいつらも狙われているなら、放っておけない」


「それなら大丈夫だよ。いま活動している管制士メイターはオウロベルデを除いて2人だけ。それだけなら双子を救出して、中央都市で交渉することは十分可能だよ。私も手伝うしね」


「あの双子の居場所もわかっているのか。……その管制士とやらは、全部で何人いるんだ?」


「オウロベルデを入れて8人。そして管制士で最も弱いのも、オウロベルデかなぁ。今活動している管制士2人は、君だと相性悪いし、余計なことはしないでほしいなぁ」


 イフォアはうっすらと微笑みながら言ってくる。さっき自分はただの人間だと言っていたが、そうは思えない。こいつは自分の目的のためなら、どんなことでもするだろう。全てを壊してでも、答えを得ようとする、正真正銘の化物だ。


「……わかった。お前に歯向かったらどうなるか想像もつかん。だが、あいつらが死んだら、俺はお前には従わないからな」


「そう。そうならないように私も動くよ。それじゃ」


 そう言うと、イフォアはオウロベルデの亡骸を背負ったまま去っていった。


(……俺の任務はここで終わりか。始まったばかりだがこれで成果は十分だ。あとはあいつら次第だな)


 そう思いながら俺は洞窟の中に入る。そして、火を浮かせながら洞窟内を進んでいく。これも異能の応用だ。


(そういえば、洞窟の奥まで行けば集落の洞窟に戻れるのか? そもそも、意識を失い場所に移動するのはどんな原理なんだ。……洞窟が塞がれてから、なにがあった――?)


「やぁ。君だけでここに来てくれたのはとても都合がいい。少し話をしよう」


 洞窟の最奥まで来た時だった。突然、背後から声をかけられた。慌てて振り返ると、2つの人影がある。暗くてはっきり見えないが、この存在感には覚えがある。……こいつらに会うのは、14年ぶりだ。


「……なるほど。洞窟の移動は、お前らのしわざか」


「しわざとは人聞きが悪い。君たちのためにやっているわけだし、悪く言われるのは納得しかねるね。それに、いまはそんなことはどうでもいい」


「単刀直入に尋ねさせてもらうよ。1週間後にガードルはやって来る。君は、どちらの味方に付くのかな?」


 ……こいつらが姿を現したということは、やはりそういうことか。どちらの味方に付くか? そんなことはとうに決めている。こいつらならわかるだろうに。


「……俺は――」

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