第20話「金と水色」

 薄暗い空間の中、目の前にある機械を見上げる。背中には、青髪の男の亡骸。眼前の機械は、モーター音を発して口を開いた。白い冷気があふれてきた。冷たかろうが熱かろうが、私には何の影響もない。


 死体を機械の中に入れ、機械の口を閉じる。


「タイムリミットは1週間。それまでに決着がつかなければ泥沼だ。もっとも、一番重要なのはすぐ明日だし、別に失敗する道理もないんだけどね」


 私は独り言ちりながら薄暗い空間を歩く。


「さて、次は双子の救出の手伝いか。まぁ、目を付けられたくはないし、直接的な協力はできないけどねぇ……ふふっ」


 これからする非道ことに少し笑みを零しながら、私は薄暗い空間を出た。



 *



 ここはサンディアルの北の端。北西には山が聳え、北側は先の見えない荒野となっている。ここがベストポジションだろう。私は片足重心に片手を腰に当て、もう一方の手を耳に当てた俗っぽいポーズをとった。


「……あ、つながったつながった。久しぶり、私だよ。君たちがこっちに来た時以来だねぇ。それで、さっそくで悪いんだけど、やってもらいたいことがあるんだ」


「……え? 連絡してくるなって? かなり久しぶりなんだし、一回くらい協力してくれてもいいんじゃない? 君たちのためにもなると思うんだけどなぁ」


 かなり嫌がってくる。まぁ、それは仕方ない。


「とにかく、協力してほしいんだ。私はなるべく消耗したくない。いまのパフォーマンスを保てなくなるからね。大丈夫、最終的には、私の目的と君の目的のためになることだから」


「……そうだね、ごめんごめん。これは君に言っちゃいけない言葉だったね。……まぁ、要求は簡単だから。私が合図をしたら2回狙撃してくれればいい。目標は私でいいよ」


「……あれ? なんで無視するのかな? 筆談機を使っているのはわかってるよ。返事をしてくれないかな?」


 それから少しした時。遠くから轟音が近づいてきて――


 ドゴンッ、と周囲に鈍い音と土煙が広がった。


「……残念、当たってないよ。まぁ、これで1回目は完了だ。これだけ派手な衝撃があれば、調べに来ないわけにはいかないからね。でも、次はちゃんと私の合図にしたがってよ? 失敗しても大した痛手ではないけど、成功した方がいいのは間違いないからね」


「ははっ、そう怒らないでよ。君の思考はわかりやすいから、これが一番手っ取り早かったんだよ」


 文句を言う通話相手を他所に、私は対象がおびき出されるのを待った。



 *



 私はぼうっとしながら対象が訪れるのを待っていた。もう1回狙撃をしてもらうから通話は繋いだままだけど、別に世間話をする仲でもない。


 しばらくして、街のある方向から水色髪の青年がやって来た。予定通りだ。


 青年は私に話しかけてくる。


「お前、ここでなにをしている? さっきの衝撃はここからのようだが、なにがあったか知っているか?」


「うん、君を待っていたんだよ」


 私は少し笑いながら答える。


「……質問の答えになっていない。……お前、賜術士のようだな。持ち場はこんな場所じゃないだろう。さっさと戻れ」


「うん、件の双子を逃がすのが私の役目。ここが持ち場で間違いないかなぁ」


 少し挑発を入れてみる。


「……そうか。ならお前も牢に入ってもらうしかないな」


 そう言うと青年は長剣を抜き、間髪入れずに斬りかかってきた。私は間合いを読んで後ろに躱す。


「……俺より素早いな。管制士メイターではないのによくもまぁ……。仕方ない、多少の創傷は我慢してくれ」


 青年は手を正面にかざした。すると、そこには黄色い石のようなものが生成された。霜が付き冷気が漂っている。


 そして青年は、今しがた生成した黄色い石を、長剣の切っ先で突き、こちらに飛ばしてくる。


 私が後ろに飛び退る瞬間、黄色い石は赤く煌めき、爆散した。破片と衝撃が私を襲う。それらは私の体をえぐり、血が流れ出る。


「……これを受けてその傷で済むか。奴がいなければ、お前は間違いなく雷賜術の管制士だな」


 私の髪を見て、私が雷賜術使いだと考えているようだ。


「そういう君はなぜ、冷賜術の管制士をやっているのかな? ヘリオドール君」


「……俺が誰だかわかってて降参しないのか。俺はまだ全力じゃない。威力を上げすぎて死なれても困るんだが」


「……そう。大丈夫だよ、その心配はいらないから」


 そう言って私はヘリオドールに走り寄る。


「そうか。なら、腕が無くなるくらいの覚悟はしておけ」


 ヘリオドールは再び黄色い石を生み出した。しかし、私は速度をさらに上げ、ヘリオドールの背後にぴったりと付いた。


「あの爆発、君も無傷ではいられないんじゃないかな? この距離じゃ、君の被弾も免れないよ」


「……ふん、構うと思うか?」


 ヘリオドールが鼻で笑った直後、黄色い石は私の背後に回り、再び爆散する。先ほどよりも多少威力は落ちているようだが、私の背中は装備ごとえぐられた。


「……なぜそうまでして抵抗する? 俺にしがみついたところで、俺の攻撃は封じられないのが分からないのか?」


 一気に周囲の温度が下がり始める。ヘリオドールは冷賜術の管制士。本来はこれが冷賜術というものだ。


「お前の防御力でも耐え続けることはできないだろう。いい加減……いや、そのまま凍り付いたところを牢に運べばいいか」


 ヘリオドールはこのまま私を冷凍するつもりらしい。しかし、私の目標はこれで達成だ。あとは、狙撃してもらえばいいだけ。


「悪いね、ヘリオドール君。君の攻撃、実は全部ダメージになんかなっていないよ。人体の損壊は全て偽装なんだ」


 そう言って私はヘリオドールの後ろから腕を前に伸ばして見せる。傷は1つもない。


「……! お前の目的はなんだ? そうしてしがみ付いていてどうなる? このまま一緒に牢屋に入りたいのか?」


「ははっ、それもいいね。まぁ、そのまま君を牢屋に閉じ込めて私は外に出て……もうじき来る牢番の子を殺してしまおうかな」


 ヘリオドールの体が強張ったが私の体に伝わる。これで、移動はされないだろう。


「……あ、もしもし? 合図だよ、2撃目をお願いね。……え? 性格が悪い? それでも動かれないほうがそっちだって狙いやすいでしょ?」


 私が通話相手と談義していると。後ろから衝撃が来た。


「今度はずいぶん威力を上げたみたいだねぇ。これじゃ、君が死んでしまうよ。君が死んだら、彼女は――」


「……黙れ。相対したのが短時間でも分かった。お前は殺した方がいい。その目的が何であれ、お前は盟主どもより最悪だ。……『原動――」


 ヘリオドールが言葉を発しつくすより一瞬速く、彼方から飛来した矢弾が着弾した。


 それはヘリオドールの胸を正確に貫き、大きな風穴を開け、地面をえぐり散らした。


「……うん、飛距離に正確性、威力も凄まじいね。でも大丈夫、死なせはしないよ。君には『戦力』になってもらいたいからね」


 胴体に空いた大穴を気にもせず私は語りかける。


「おや? 衝撃か圧力か、目も耳も潰れてしまったようだね。あんまり素材が無いんだ。死ななければいいと思っていたけど、これじゃ脅しコミュニケーションもできないね。」


「仕方ないから、耳も治してあげよう」


 私はヘリオドールの耳に触れる。既に胸は最低限修復されており、新しい心臓が動いているのが見える。


「意識は流石にないね。なら、新しい耳の中に伝言を残しておこうか」


 ヘリオドールの頭を口元に寄せる。


「私は『戦力』が欲しいんだ。君には戦力になってもらうよ。と言っても、必要になるのはまだかなり先。それまでは、今まで通り過ごしてもらうよ」


「常に君を見ている。歯向かうのなら新しい心臓は私に返してもらうからね。君が死んだら、彼女はどうなるんだったかな?」


「ふふっ、でも安心していいよ。君が従ってくれれば、彼女をあいつの手から護ってあげよう」


 言い終えて私はヘリオドールの体から離れる。私もヘリオドールも、既に外傷はない。


「さてと」


 私は自分の左手を見る。小指がない。


「さっさと気付いてくれればいいんだけどねぇ。一介の賜術士ならともかく、管制士相手は勝機が薄いからねぇ」


 私は俗っぽく遠い目をしてみる。


(いくら視力が良かろうが、建物に阻まれれば当然見たいものも見えないねぇ)


 そんなことを考えながら、私はその場を後にした。

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