第21話「脱獄」

 俺はいま、双子を救出するためサンディアルに向かい走っている。一人で。協力すると言っていたイフォアと名乗る女は、やることがあるからとどこかに行ってしまった。その代わり、国境の検問を抜けられるように手を回してくれたらしい。


 なんでも、サンディアルは科学技術の発展を過度に制限しているため、それに痺れを切らした国民が、科学技術の発展を推進しているフラメリアルに亡命することが少なくないらしく、サンディアルからフラメリアルへの検問は厳しいが、逆にフラメリアルからサンディアルへ行くメリットがないため、そちらの検問には隙があるとか。


 しばらく走っていると、次第に建物が増えていき、巨大な建造物も見えるようになってきた。ここら辺は火山による地熱を用いた発電所が作られたため、近年発展してきているとか。


 労働者だろうか、人も増えてきたが、特段怪しまれている様子もない。本当に侵入者の情報というようなものは流れていないらしい。であれば、賜術士とやらに出くわさない限りは戦闘になったりはしないだろう。


 そうなればやはり問題は検問だ。イフォアからは、具体的にどうやって検問を抜けるのかまでは聞けなかった。俺たちを罠に嵌めるために騙している、という風には思えなかったが、いまいち信用しきれない。 


(……とにかく、検問の近くまで行ってみなければ、どうすればいいかなんてわからないか)


 そう高を括り、俺はひたすら東に向かって走った。



 *



 目覚めてからどれくらい経ったのだろうか。フラメリアルに出るために洞窟に入り、洞窟内の景色に違和感を覚えたことは記憶にあるのだが、それ以降はなにも覚えていない。気づいたらこの牢屋の中に閉じ込められていた。オリクレアと一緒に。


 オリクレアは俺より先に意識を取り戻したようだが、俺は起こされることなく自分で目を覚ました。なんで起こさなかったか尋ねたが、「寝てたから」という回答しかなかった。確かに、牢屋の割にベッドがあり、その上に寝かされていた。……しかし、なぜこいつはそう余裕そうな態度でいられるのか。


 牢屋自体はコンクリートでできているようだが、両腕を黒い金属のようなもので拘束されており、賜術が使えない。厳密には原動力の放出が制限されており、賜術の出力が激減しているようだ。ただし、体は万全だから壁や格子を壊そうと思えば壊せるかもしれない。


 しかし、そうもいかない。ここは牢屋だから当然だが、牢番がいる。しかも1人はつきっきりで。先ほどまでは2人いたが、1人は少し前に聞こえた外からの衝撃音の正体を確かめるために離れ、ヘミクレースと呼ばれていたこの男だけ残ったようだった。


 ……脱出を図るならいまだろう。しかし、牢屋を破壊して外に出たとして、牢番――ヘミクレースから逃げ去ることができるだろうか。ここがどこなのかもわからないし、時間も正確にはわからない。それに、両腕の枷をどうにかしなければ何もできない。単純に手と賜術を使えないというのもあるし、これでは怪しすぎて不要に目立ってしまう。


 そもそも、なぜ俺たちは捕われた? 賜学との接触が理由だろうか。関わりを持たずに存在を隠し続ける理由がまるでわからない。そして、マディエスたちはどうなった? ここにいないのは捕まっていないからなのか、他の場所で捕まっているのか……。


 いっそそこの牢番に尋ねてみるか? ……いや、安易に情報を求める行為をして警戒されたくもない。


 せめてオリクレアと情報のすり合わせをしたい。もっとも、有する情報はさして変わらないだろうが。そう考え、ふとオリクレアの方を見る。


「ねぇ」


 オリクレアが話しかけてきた。いや、違う。俺じゃなくて牢番に話しかけているのか。なんだ?


「トイレ行きたいんだけど」


 ……いまは我慢しろよ。


 壁に背を預けて座っているヘミクレースがこちらを向いた。


「……トイレなら中にあるでしょう? 勝手にしてくださいよ」


 やれやれといった態度で言う。


「これのせいでズボン脱げないんだけど?」


 オリクレアは封じられた両腕を突き出す。


「そちらのお兄さんに何とかしてもらえばいかがです?」


 ヘミクレースは気障ったらしく言う。そう言われても、俺も枷をしているんだからどうにもならないだろう。


 しかし、そうなるとトイレも食事もさせる気は無いということか? 適宜解放するつもりなのか、それが必要なほどの時間拘束し続けるつもりがないのか……。


「そう。ならいい」


 そう言うと、オリクレアは鼻を鳴らしてトイレに向かった。トイレは壁の角にあり、大人がしゃがんだ時に、肩から上だけが見えるほど高さまでは仕切りがある。俺たちの身長でも顔は見える。……どうするつもりなんだ?


 個室に入り、汚いのか顔をしかめた後、そのまましゃがんだ。下を向いている頭が見える。


 ヘミクレースの方を見てみると、目を瞑っていた。見張らなければならない以上、目を離すべきではないはずなので、紳士的な性格なのだろうか。それでも、居住まいは先ほどよりも硬いし、立てかけられた直剣に手を掛けている。当然ながら警戒を解いてはいないようだ。


 オリクレアは、何やらもぞもぞと動いている。身じろぎしてどうにかなるものでもなかろうに。と、考えたその時。


「うぉあ!?」


 変な声が出た。というのも、牢屋の中に水が広がってきた。慌てて立ち上がる。……この水が何であるかは微塵も考察したくない。……オリクレアは何をしたんだ?


「おい、オリクレア。脱げそうか? ……足しか使えないが、手伝ってやろうか?」


 そう言って俺はトイレに近づいていく。


「うーん? うん、お願、い!」


 やたら大声で語尾を強調してきた。なんなんだ。


 俺は個室に入った。すると――


 オリクレアの両腕の枷は外れ、自由を取り戻している。枷を左腕に抱え、右手には鍵のようなものを持っていた。衣服は全く乱れていない。


「――!」


 声を上げそうになったが、堪える。すると、その瞬間。オリクレアは左手の枷を離し、代わりに俺を掴んで飛び上がった。


 ジャキジャキと音を立てて床から氷柱が突き上がってくる。


「……どういう手品ですか? 目を離したとはいえ、破壊するような隙は流石にないはずですが」


 立ち上がったヘミクレースは直剣の柄に手を掛け、言う。


「破壊なんてしてない。鍵を開けただけだけど?」


 オリクレアは蹴り開けた壁の穴に足をかけ天井近くに位置取ったまま、俺の枷も鍵で外しながら言う。同じ鍵なんてことがあるのか。


「なんでお前、鍵なんか持ってるんだ?」


「落ちてた。牢の中に」


 そんな馬鹿な。……しかし、実際に鍵がある以上、本当なのか……?


 そしてオリクレアは俺の手枷も外し終えると、あろうことか鍵を牢番の男に向かってぶん投げた。


「! お前、鍵を……!」


 ヘミクレースは直剣を抜き、鍵を弾いた。鍵は彼方へ飛んで行ってしまった。


「……なんで捨てるんだよ。この牢の鍵でもあったかもしれないのに」


 さすがにそれはないか。


「いや、なんかあの鍵強そうだったから」


 ……なんだよ、強そうな鍵って。まぁ、仕方ない。俺は抱えていた枷を格子に投げつけた。


 やはり、格子は普通の金属だ。大きい音とともに簡単に破壊できた。


「……はぁ、野蛮ですね。まぁいいです。実力行使に出た以上、あなたたちは連盟の敵です。傷つけても構わないですね」


「野蛮ですか。そういうあなただって、即座に攻撃をしてきましたよね」


 見た目と先ほどの攻撃からして、こいつは冷賜術使い。ただし、直接氷を生成せず、生成した水を後から氷結するのは効率的とは思えない。何か意味があるのだろうか?


「そりゃ、警戒を怠るわけにはいきませんでしたから。いつでも封じ込められる状態を整えるのは当然でしょう? まぁ、結局はこうして脱されてしまいましたがね。やはり、こんな病院ではなく監獄に入れておくべきでしたねぇ」


 ……? ここは病院の牢屋なのか?


「……あぁ、だから丁寧にベッドまであったのか」


「えぇ。もっとも、病院と言っても現在は使われていないここしか、されなかったようですがね」


「この国と連盟も一枚岩ではないですからね。手続きを踏まずに強行はできませんよ。あなたたちには容疑がかかっているだけで、現状はあくまで倒れていたところを保護しただけですから」


「……ずいぶんと情報をくれるんですね」


「子供2人相手ですからね。過度に気張ってもしかたないでしょう? それに、そのうちヘリオドールが戻ってきますからね。問題はないんですよ」


「ヘリオドール……?」


 つい疑問を露呈してしまった。


「彼のことすら知らないとは。ヘリオドールは冷賜術の管制士メイターです。あなたたちでは彼から逃げられませんよ」


「……なら、あなたからは逃げられるかもしれないですね。その人より弱いのなら」


「……それはどうぞ、試してみてくださいよ」


 少し苛立たしげにそう言うと、ヘミクレースは直剣を構えた。

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