第17話「黒と青」

「おお、3人は逃げてってくれたか。それはよかった。俺1人で4人はきついからな。……そっちはサンディアル。いまはセプタリアンが索敵中だな。ならあいつに任せよう。おっさんには4人相手は無理だ」


 青髪の男は何やら独り言ちっている。両手に銃を持ち、さらに腰にも2丁の銃と1本の剣を携えている。


 どうやら他にも仲間がいるようだが、とりあえずいまはこいつと戦わなければならないだろう。


「あんた、なぜ俺の不意打ちに気付けた? いや、気付いたからって普通は間に合わないけどな」


「……教えるつもりはない。立場上、俺はお前を殺せないが、さっさと勝負をつけさせてもらうぞ」


 攻撃してきた以上、ただ逃がしてくれるということはないだろう。俺は盾を左手で構え、今度は黒い剣を生み出し、それを右手で構える。


「おいおい、どっから剣なんか出したよ。賜学なんてのはよく知らんが、それじゃまるで賜術だな!」


 俺は奴に向かって走り出す。弾速には対応できなくても、銃口を向ける動作は読めるし、奴の銃弾が俺の盾で防げることは、さっきの不意打ちでわかっている。


 であれば、とりあえず銃を破壊して戦闘手段を殺す。


 悠長にしゃべりかけてきていたが、さすがに奴も黙って銃を構えた。そして、こちらに向かって銃弾を迸らせる。


 一直線に向かってくる弾丸に対して盾を構える。しかし、一直線だった銃弾は空中で突然弾け、威力を落とさずしぶきとなった。


「――!」


 俺はとっさに身をよじらせ躱そうとするが、数発肩に食らってしまった。


「……」


「お、これなら当たるか。……まぁ、待てよあんた。俺は賜学ってのには同情してるんだ。俺も俺の母も嫌われ者だったからな。迫害される苦しみはわかる。その上で、上司の命だから従ってるんだが……やっぱ殺すのは忍びない。あんたら4人、おとなしく山に帰れよ。そうしたら少なくとも連盟は手を引くぜ? 連合国の方はどうかわからないけどな」


「……俺もそうしたいのは山々なんだがな。あいつらはそこまで賢くない。不治の病とやらのために、面倒ごとに足を突っ込むんだと」


「……そうかい。俺からすれば、そんな賢くない連中に力を貸すあんたも、賢いとは思えんがね」


「その通りだな」


 その通り。最善かは読めないが、やれることはやっておく。


「肯定すんのかよ。……あんた1人で引く気もない、と。なら、戦うしかないわな。俺の名はオウロベルデ。水賜術の管制士メイターであり、サンディアル頭領ヴァイガットの親兵でもある。あんたは何者だ?」


「……トソウだ。研究権従者。それ以外に肩書なんかない」


「……そうかい、あんたの能力のヒントでもつかめるかと思ったのによ! それじゃあわからんな。仕方ない、戦いながら探るとするか!」


 そう言うと、オウロベルデは銃を構えた。奴は水賜術とやらの使い手。あの銃から放たれる銃弾は、水だ。賜術とやらで水を生み出し、あの銃で水を撃ち出している。本物の水鉄砲ということだ。


 オウロベルデは両手の銃で水弾を放ってくる。奴の動きはだいたい読めるため、盾で防ぎ剣でいなせる。


 しかし時折、先ほどの散弾に加え曲がる水弾、弾速の違う水弾も放ってくるため、全ては躱せない。


 このまま躱し続ければ奴の水が尽きるのかはわからない。こちらのダメージは確実に増えている。


 仕方ない、こんな戦略は一度しか使えないが……。


 俺は左手に持っている盾をオウロベルデめがけて投擲した。


「おいおい、それは下策なんじゃないか? こんなもの撃ち落とせばいいだけ。――!?」


 そう言いオウロベルデは俺の投げた盾を撃つ。しかし、盾は撃たれた衝撃で回転し軌道はずれたが、落下することなく奴の顔に向かい飛んでいき――しかし直撃することなく空中で停止した。


 その隙に俺は今しがた失った盾に変わる盾を生み出す。今度は、人を覆いつくせるほど大きい盾だ。


 そして、その盾をオウロベルデに向けたまま、一気に距離を詰める。


「!? あんたの手品の仕掛けがまるでわからん――!」


 動揺しつつこちらに放ってくる水弾は、大盾を貫くことはかなわず、俺はオウロベルデの左手の銃を剣で斬りつけた。銃は砕け、オウロベルデはそれを取り落とす。


 すかさずもう一方の銃の破壊も試みるが――俺は踏み込むことも剣を振ることもできなかった。


「!?」


 自身の体の方に目を向けると、まるで意思を持つかのように水が腕と足にまとわりついていた。ただし、それほど強力ではない。俺はまとわりつく水を振りほどいて大盾の後ろに戻り身を隠した。オウロベルデにはその隙に距離を取られてしまった。


「……俺が水賜術の使い手で良かったな、あんた。もし他の賜術だったら触れただけで大ダメージだ。……さっき、俺と俺の母は嫌われ者だった、って言っただろ? なんで嫌われたかっていうと、水賜術の使い手だったこと自体が理由でね。他の賜術と違って水は無害だ。それどころか、人が生きてくのに必要な大切な大地の血涙だ。それを戦うための武器にするのは道理に反する、と。とっくの昔に宗教なんて廃れたのに、そんなケチを付けられた」


「でも実際のところ、水賜術が嫌われた一番の理由は、賜術として効率が悪いからなんだ。それ自体に攻撃力はなく、武器とするには大量に生成しなければならない。わざわざそんな戦い方をするくらいなら、他の賜術に鞍替えする方がマシ。そうして水賜術は廃れ、母は戦死し使い手は俺だけになった」


「使い手が1人だけなら絶滅した方がマシだと、俺も殺されそうになったが、そんな俺を助けてくれる人がいた。その人はもういなくなってしまったが、その人のおかげで俺は生きてる。不要とされた水賜術はいまも存在している」


「だから、悪いが賜学に負けるわけにはいかないね。……賜学の勢力には、かな? トソウさんとやら、あんたのそれ、賜学じゃないだろ?」


「……さあな」


  図星だが、どうでもいい。作戦を考えていたから大して聞いてなかった。


「さあな、ってなぁ。人が半生語ったってのに感想もなしかい。……まぁいいけどよ」


 作戦は決まった。大盾を構えたまま素早くは動けない。水弾の威力を上げられれば貫かれるため大盾はもう使えない。だから再び通常の盾を作り、地面に立てた大盾の影から飛び出しオウロベルデに向かって駆け出す。


 腰の銃を使ってくるかと思ったが、右手の一丁しか使ってこない。これなら、先ほどまでより幾分距離を詰めやすい。


 ――あと、1メートル。右手の銃も破壊して、終わりにする。


「――!」


 しかし、そううまくは行かなかった。頭上から高速で落下してくる水の針を、間一髪で盾で防ぐ。


(……? この水は……)


 ! しまった。一瞬意識を逸らした隙に、また距離を取られてしまった。再び詰め直しだ。


「銃でなければ水弾は撃てないが、水針を空から落とせばそれなりに威力は出せるんだぜ」


 俺はもう一度オウロベルデに接近する。俺の予想が正しければ、次は右手の銃を壊せる。


 先ほどと同じように水弾を躱し、奴まであと、1メートル。――しかし、今度は背後から首筋めがけて水針が飛んできた。


(……さっきのは言葉はブラフか。まぁ、関係ない)


 飛んできた水針は突き刺さることなく俺の後ろで停止した。そして、再び距離をとろうとするオウロベルデの足を、黒い石を生み出し固めた。


「……!?」


 今度こそオウロベルデの右手の銃を剣で叩き落し、破壊することに成功した。


「……さっき、あんたの投げた盾が俺の前で停止したが……。てっきりあんたの出した物しか止められない手品かと思ったが……俺の水針まで止めるとはな。やっぱり仕掛けは考察してもさっぱりだ」


 石から足を引き抜きながら言う。


「もういいだろ、降参しろ」


「降参? なんで勝った気になってるんだ? まだ俺には、武器が残ってるだろう?」


 そう言うとオウロベルデは腰の2丁の銃を引き抜いた。


(それ、使うのかよ……)


「あいにく準備に時間がかかったが、ぎりぎり間に合った! ここからが水賜術の本領発揮だ!」


「いまの賜学がどうなってるかなんて知らないが、賜術は進化し続けてきた!」


「――『原動回帰』――!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る