第18話「助言」

 洞窟の入口から、かなりの距離を走った。振り返っても荷物ボックスとバッテリーボックスが追走してきているだけで、もうトソウさんたちは見えない。


 本当に逃げてよかったのだろうか。あの男を全員で抑え込んで、話を聞いた方がましだったのではないか?


「それは無理だと思うぞ。あいつは不意打ちで銃を撃ってきた。最初から俺たちを仕留める気だった。逆に俺たちは、賜術の国との交渉が目的である以上、賜術の国の人間に危害は加えられない。拘束してもだんまりされればそれまでだ。それに拘束したまま放置もできないし、かといって連れてくなんて論外だろ? 1人残って相手するしかなかったんだよ」


 確かにそうかもしれない。しかし、1人でどうにもできなかったら……。


「トソウさんなら大丈夫さ。不意打ちを完全に防いだんだ。勝てない相手と1人で戦おうとする人でもないだろうさ」


 そうだろうか。相手の力量なんて、一度の不意打ち測れるとは思えない。それは僕が未熟だからなのか?


「! 静かに、2人とも! 向こうから、誰か来てる……!」


 トワが身をかがめて言ったのに続いて、僕たちも身を潜める。草木の陰に隠れたが、なかなか厳しそうだ。


 こっちに向かって歩いてくるのは、今度は金髪の女だ。賜術の国では、雷の賜術使いは黄色い髪とジェアルに聞いたから、おそらくはあの人も賜術の国の人間だ。


 女はまっすぐこっちに向かって歩いて来ているように思えるが、気のせいか……? いや、よく見るとうっすら笑っているようだ。気づかれている?


「それで隠れてるつもり? 原始人じゃないんだから。……まぁ、賜学なんてその程度の性能だよね、仕方ないのかな?」


 やはりバレている。そして、賜学も知っているのか。つまり、僕たちはすでに賜術の国に存在を知られている……? その上で攻撃されるということは、交渉をする気はないということか?


「早く出てきてくれるかな? 情報が欲しいでしょ?」


 ……? 賜術の国の情報をくれる、ということか? さっきの男は攻撃してきたけど、この人は助けてくれるのか?


 僕たちは目配せをする。相手は1人、こっちは3人。罠だとしてもどうにかなるか……?


 頷き合うのを確認して、僕たちは草木の陰から出た。


「……あんたは何者だ? 俺たちが何者なのか、知っているのか?」


 ザレンドさんは警戒しながら声をかける。


「私の名前はイフォア。賜術連盟の賜術士だよ。連盟くらい知ってるよね? こっちの基礎知識だよ」


「君たちが何者か知っているのか、だけど。もう連盟はとっくに君たちの存在に気付いているよ。もっとも、末端の歩兵にまでは情報は回っていない。一般には、賜学の情報は隠したいみたいだね。でも逆に言えば、強兵は君たちを狙ってる」


(……やっぱりすでに僕たちの存在は知られているのか。しかし、どうやって知った? そしてなぜ狙われる? ダメだ、情報が足りなくて全然わからない。強兵には情報が回っているということは、さっきの男と、目の前のこの人もただものではないということ……?)


「なぜ俺たちは狙われる? 俺たちの目的は知っているのか?」


「上層の奴らは知ってるだろうね」


「……それなら、不治の病が克服されれば、賜術の国からしても得じゃないのか?」


「もちろん、得に決まっているでしょ。でも連盟の上層は、それを望んでいない。厳密には、賜学と交わることを望んでいない」


「なぜだ? これだけ近くにいて、なぜそれほどまでに干渉を拒絶し続けるんだ?」


 ザレンドさんの問いに、眼前の女――イフォアはこともなげに答える。


「そんなの簡単な理由だよ。連盟は、歴史を知る賜術の民は、賜学を憎んでいるからね。賜学の国では歴史はもう失われているのかな? まぁ、あんな辺鄙な盆地にまで追い詰められたら、そうもなるかなぁ?」


(賜学の国? 追い詰められる? ……やはり前提となる情報が欠けすぎていて、意味が分からない)


「のんびりしていられないと思うんだけど、軽く教えてあげるよ。……200年ほど前まで、賜術の国と賜学の国は戦争をしていたんだ。だけど、賜術の国の方が常に優勢だった。賜学の国は追い詰められ、最終的には戦争を続けられるだけの国力がなくなり、今のように隔絶された山の中に閉じこもったんだよ」


 ……それで、集落には200年ほど前からの歴史しかないということか。辻褄は合っているように思える。しかし、そうなると疑問が残る。


「……なぜ勝利した賜術側が、賜学側を恨むんですか? どちらかというと逆な気がしますけど……」


「賜学の国は常に卑怯な手を使っていたからね。勝利したにしても、賜術の国の民にも恨みが残ったんだよ。もっとも、今となってはその恨みを覚えている民も少ない。連盟は賜学の情報拡散を制限からね」


「賜学への恨みは連盟が君たちを狙う動機でもある。どのようなきっかけでも両者が再び交われば、賜術の国と賜学の国の戦争は必至だと考えている。だから、君たちには静かに消えてほしいんだよ」


「そんな! 僕たちは賜術の国のことなんて知らなかったし、戦争なんてする気はないです!」


「君にその気がないだけでしょ? 歴史を知る賜学の民は虎視眈々と報復の機会を伺っているかもしれない。現に、君たちのその武装はなに?」


 この武装は、いざというときのための自衛手段だ。集落にいるときと変わらない。


 ……集落にいるとき、僕はしているのか? ……当たり前すぎて気にもしなかった。密事という職業上必要というのもあるけど、確かになぜ、集落では高度の賜学兵器が作られ続けている? 


 なぜ、『軍事』などという部門が存在する?


 ……もしかして、軍事権者とその従者は、賜術の国への報復を望んでいる……?


 ついトワの方を見てしまった。彼は言い返したそうな顔をしているが、自分たちが確かに武装している以上何も言えない、といった感じだ。正直、恨みを募らせて来たようには見えない。そもそも、僕たちは14歳だ。200年も前の恨みなんて関係ない。


「……賜学と賜術の関係は何となくわかった。それで、あんたの目的はなんだ? なぜ俺たちに情報をくれる?」


「やっと話を進める気になったね。君たちそんな悠長にしてられないもんねぇ。私の目的は簡単だよ。私は“戦力”が欲しい。だけど、今の賜術は平坦すぎる。だから、賜術と賜学に再び交わってほしいんだ」


「……つまり、俺たちが賜学を提供することを皮切りに再び戦争が起こり、軍事産業が拡大されることを望んでいる、ということか?」


「それは深読みしすぎ。私個人としては別に戦争になっても関係ないけど、最低限賜術と賜学が協力してくれればそれでいい。そのために君たちに接触したんだから」


 そう言うとイフォアは紙を差し出してきた。これは――地図?


「あいにく賜術の国には電子端末なんてないから。紙の地図で我慢して」


「君たちと一緒にいた双子は、この国の東に位置する国――サンディアルに連れて行かれた。北部にある牢屋に閉じ込められてるよ」


「! なら、とりあえずは無事ってことだよね!?」


「まぁ、現状無事みたいだね。でも時間の問題かな。2人を捕えさせたのはサンディアルの頭領――ヴァイガット・サンディア。この男は賜学を憎む人物の代表格だよ。賜学に接触した双子を処刑するのも時間の問題かもね」


「! それなら、どうにかして止めないと……!」


 僕は身を乗り出して言った。


「でも、双子だけじゃない。君たちにも時間はないよ。明日、中央都市で連合国会議が開かれるんだ。会議を招集したのはヴァイガット。そこで賜学の国に戦争を仕掛けることを提案するだろうね。双子を確保したのも、会議を有利に進めるのに利用するためだろう」


(そんな……! 2人を見捨てることも、集落を見捨てることもできない……。どうしたら……)


「……なら、俺が2人の様子を見に行こう。マディエスとトワは、中央都市に向かってくれ」


 ザレンドさんが言った。しかし、1人で行動するのは危ない。ただでさえ、賜術連盟に狙われているらしいのに、賜学を憎んでいる男の国に行くなんて……。


「うん、それがいいと思うよ。君金髪だし、雷の賜術が多いサンディアルでは馴染みやすい。その背負ってる剣は、あとで布あげるから隠して」


「……? あとでって、あんたはこれからどうするんだ?」


「双子を助けるのを手伝うよ? 私も怪しまれたくはないから、直接的な協力はできないけどね。手伝う理由はさっきと一緒」


 ……正直、この人のことはよくわからない。でも、賜術側の協力者を得られるのはありがたい。


「……イフォアさん。それなら、僕たちはどうしたらいいですか? もともとは医術会に行って、後ろ盾になってもらおうと思っていたんですけど……」


「それは無理だね。医術会は絶対に賜学を認めないよ。君たちは中央都市に向かうか、安全に進みたいなら、フラメリアルの王城に向かうといい。この国の女王は国力維持のために賜学を認めたがっているから、協力してくれるかもしれない。でも、そうするなら急いだほうがいい。会議は明日だから、いつ城を出発してもおかしくない」


「待て、王城なんて、警備が厳しいんじゃないか? 2人でどうにかなるものなのか!?」


「フラメリアルは賜術連盟との癒着が弱い。だから、警備と言ってもフラメリアルの兵士であって、賜術士じゃない。2人でどうとでもなるよ」


「そ、そうか。なら、俺から止める理由もないか……。どうする? お前たち」


 正直、賜術の国のことなんてほとんど知らない以上、イフォアさんの提案に乗るしかないだろう。トワはどう思っているんだろうか?


「僕はそれでいいよ。ジェアルたちも、集落も危険な目には合わせたくないからね。マディエスはどう?」


「うん……。僕もそれでいいと思う。でも、直接中央都市に向かう? それとも、王城に行ってみる?」


「どのみち中央都市に向かう道中で王城は見えるから、行ってみるかどうかは状況から判断できる。今決定する必要はないよ」


 トワが答える前にイフォアさんが言った。


「……なら、そうしようかマディエス」


 態度から察するに、トワはあまりイフォアさんは信用したくないようだ。僕も信用したわけではないけど、現状頼るしかない。


「うん、じゃあすぐ出発しようか。賜学の装備で走れば、どちらもそう時間はかからないと思うけどね」


「うまく交渉してね? 君たちの失敗は、私にも痛手だからねぇ」


 そうして僕とトワは、ザレンドさん、イフォアさんと別れて南に向かった。

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