第8話「会議の始まり」
議事堂の中は、外観とは異なり落ち着いたデザインだ。基本的に石材や木材を用いて作られている。しかし細部を見てみると、どうやら賜学も用いられている。扉などはロックがかかっているみたいだ。
政事区画に入るときも厳重だったのに、議事堂内もデザイン性の裏にはセキュリティがしっかり施されている。しかし、ここまで厳重に設計する意味はあるのだろうか?
「細部まで賜学の技術が用いられていることに気づいたみたいね。不思議そうにしているけど、当然。あなたは政事区画に入ったのは始めてみたいだから、知らなくて当然なのだけど、政事区画には個人が特定できれば基本誰でも入ることができるのよ。中にいろいろな施設があるし、高地価居住区の方たちなんかは、お散歩気分で政事区画内に出入りしているわ。だから、政事を行うための施設は、厳重な作りになっているの」
ティアレスさんが疑問に気づいて教えてくれた。本当に勘が鋭い。しかし、となると政事区画に入るとき門兵の人に丁寧に説明してしまったが、そんなに気を張る必要は無かったようだ。
「さ、早くいきましょう。一番最後の入室なんて気まずいでしょ」
あまり気にしたことはないが、そういうものだろうか。そういえば、議事堂内のどこの部屋なのか等はなにも聞いていないな。まぁ、ティアレスさんに付いて行けばいいか。
しばらく議事堂の中を歩いていくと、誰かがある扉の前で立っているのが見えてきた。あれは、ダルタさんと、エジリニアさんだ。
「あ、ティアレス! 珍しいじゃん、お前が私よりあとにくるなんて!」
こちらに気づいたエジリニアさんがティアレスさんに声をかけた。
「議事堂の前でマディエスたちに会ったから、話してきたんですよ。もしかして、私たちが一番最後ですか?」
「いいや、まだフォトガルムは来てないな。けどそれ以外はもう揃ってるよ」
フォトガルム。政事権者だ。自分の領分なのに一番遅いとは、何かあったのだろうか? まぁ始まるまではまだ時間があるのだし、何の問題もないのだが。
さ、入ろうか。と言ってエジリニアさんはティアレスさんを呼び、扉の認証装置に手をかざし中へ入っていった。僕たちも中に入っていいのだろうか?
「マディエス、2人とも。すまないな、連絡ができなくて。いろいろやることがあってな。でもまぁ、時間前に会議室に到着してくれてよかったよ」
ダルタさんは、険しいようなほっとしているような、どちらともとれない顔をして言った。どうなのだろう。果たして、僕たちの望みどおりに事は運んでくれるだろうか。不安だ。
しかし、ダルタさんは言う。
「五権者会議の件だが、おそらく何とかなるだろう。会議が始まっても、君たちはいったん部屋の外で待機していてくれ。入室してもらうときは呼ぶから」
僕の後ろから素早く息を吸い込む音が聞こえた。
「本当ですか! 良かった……。ダルタさん、感謝します!」
「ありがとうございます」
ジェアルとオリクレアが感謝を述べた。そういえばティアレスさんと会ってから、2人の全く声を聴いてなかったな。だが、よくわからない場所で知らない人の会話に混ざるのも難しいだろう。
「……ただ、全てが思い通りに行くとは限らないことは覚悟しておいてくれ。俺の話術次第だが……。2人は基本、聞かれたことにだけ答えればいい」
そう言うとダルタさんは扉の方に向いた。もう中に入るようだ。僕たちはここで待っていればいいのか? いや、部屋をしつらえてくれているわけもないし、ここで待っているしかないのだが。ダルタさんは、そのまま扉の向こうへ入って行ってしまった。
*
それから、数分後。通路から2人、こちらに向かって歩いてきた。あれは、政事権者のフォトガルムさんと……誰だろう。政治に関心のない僕は政事権従者はよく知らない。みんな同じような身なりをしているし。眺めていると、2人は僕たちの前まで到着した。
「おはようございます、マディエス君。……そちらの2人は、フードで目を見ることができないが、おはよう。……しかし、どうしてこんなところに? 中に入って待っていてくれて構わなかったのですよ」
そう言うと、フォトガルムさんは中に入るように手で促してきた。しかし、ここで待つように指示されているのだ。
「おはようございます、フォトガルムさん。僕たちは呼ばれるまでここで待機するように言われています。お気になさらず先に入ってください」
「そうなのですか。なら、私たちは入らせてもらうとしましょう、イレトレン」
そう言ってフォトガルムさんは部屋に入っていく。イレトレン、と呼ばれた男は、明らかに敵意のある眼差しをこちらに向けながら、続いて中に入っていった。知らない人物だが、どうやら既に嫌われているようだ。誰かわからなかったから挨拶しなかったが、そのせいだろうか? そんなことで機嫌を損ねる大人がいるとも思えないが。
「……あのイレトレンとかいう男、明らかに俺たちを敵視していたな。あの2人の賛成は望めなそうだな」
ジェアルが言った。どうなのだろう。フォトガルムさんは僕たちに対して別段好意的というわけではないが、敵意があるようにも見えなかった。
なんにしても、ダルタさんは何とかなるだろうと言っていた。全てが思う通りに行くとは限らないとも言っていたが。少なくとも、プラスの結果にはなるはずだ。例えば、僕は同行できないけど、賜学者を賜術の国に派遣することは認可される、みたいな。
どうなるにしても、とにかく今は待つしかない。
*
会議が始まってから、数十分が経ったころ。
「3人とも、中に入ってきてくれ」
ダルタさんに呼ばれた。僕が扉の認証装置に手をかざすと扉が開き、僕たち3人は会議室の中へ入った。
さて、会議室内の意匠は――
……などと、呑気に内装を品評していられるような空気感では、なかった。丸いテーブルを囲み、五権者は椅子に座り、その横に各権従者が侍っている。
部屋の入口から一番奥。真正面の位置に座っているフォトガルムさんと目が合った。
「一通りの事情はいま、こちらでも共有・まとめが終わりました。しかし、一応当事者からも説明を聞いておきたい。齟齬があるとよくないので。だから、そこの賜術の国から来た2人。顔を見せて君たちの要求を説明していただけますか?」
僕から話をするものと思っていたが、いきなりジェアルたちに説明を求められた。しかし、ダルタさんは聞かれたことだけ答えればいいと言っていた。なら、それに従い黙っておこう。
そう思い、僕が下がると同時に、ジェアルと続いてオリクレアがフードを脱ぎ、前に出た。そして、ジェアルが説明を始めた。
「……俺たちは、この集落の外、賜術というものが存在する国から来ました。俺たちの国では、昔から不治の病と呼ばれる、賜術では治せない病気があります。数年前、俺たちのことを育ててくれた人がその病気にかかってしまったんです。だから俺は、どうにか不治の病を克服する方法はないかと、調べました。すると、とある古書の中に『北山の洞穴に住む民族は、不治の病を癒す学を持つ』と書かれていたんです」
「半信半疑でしたが、実際に北の山には洞窟があり、その先には賜学という未知の技術を持つこの集落があった。古書に書かれていた民族が、あなた方のことであるとは限らない。しかし、俺たちの国に賜学がない以上、賜学で不治の病を治すことができる可能性がゼロというわけではない。だから、お願いします。賜術の国に来て、不治の病の研究をしていただけませんか……!」
ジェアルは、要点をまとめてうまく説明したように思う。言いたいことがわかりやすい。
……しかし、聴衆、特に従者たちの反応は、芳しいものとは言えなかった。
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