第9話「裁定」

 ジェアルは要点をまとめてうまく説明したように思う。しかし、聴衆、特に従者たちの反応は、芳しいものとは言えなかった。


 五権者は皆、静かに説明を聞いていた。僕たちの協力者であり事情を知っている、研究権従者のトソウさんも。


 しかし、他の3人の従者――軍事権従者のトワ、政事権従者のイレトレンという男、そして人事権従者のティアレスさんも、それぞれ落ち着きを保っていられない様子だった。


 色白で、まるで白金のような透き通る金髪をした軍事権従者のトワは、不機嫌そうな顔をしている軍事権者、モンク―スダークを気まずそうに見下ろしている。……あ、僕と目が合った。しかし、ハハ、と困った笑顔をこちらに向けて、再び目線を落としてしまった。


 彼は同い年で、軍事付属学校では同期なのだ。もっとも、僕はほぼ学校には通わずに密事に従事しているし、彼は逆に模範生徒だったから、親しくした記憶はないが。


 先ほど僕たちに敵意のある目線を向けてきた政事権従者のイレトレンは、心中穏やかではないらしい。息遣いが荒い。フォトガルムさんは、とても鷹揚に構えているのに。権者と従者で、ここまで品格の差があるものなのか。


 そしてティアレスさんは、ダルタさんを見ていた。それは、問いただしたい気持ちと、憐れみの気持ちの籠った視線のように僕には感じられた。


「説明をありがとうございます。密事権者から聞いた話と、合致していますね。……そちらの方は、何か付け足すこと、否定する事実はありますか?」


 フォトガルムさんはオリクレアにも話を振った。


「……いいえ、兄さんの言った通りです」


「そうですか、それならばいいです。では、裁定前の最後の情報共有手続を行いましょう。質問、意見のある権者は挙手を」


 ……30秒ほど経ったが、誰も挙手はしなかった。本当に僕たちが会議室に入る前に情報の共有、まとめは済んでいたようだ。


「……質問、意見のある権者はいないようなので、情報共有手続は終了します。……それでは、裁定を執り行います」


「1、賜術の国における不治の病の研究のために、当集落から賜学しがく者を必要人数派遣、また、必要設備を移送する」


 !  ダルタさんは全てが思い通りに行くとは限らないと言っていたが、一番重要な要素が認可された? ……あ、でも、裁定はこれから……。三権者が賛成しなければ認可は得られないのか……。危ない、ぬか喜びをするところだった。


「2、ただし、1の件は賜術の国での認可を受けることができた場合に、事業を開始する」


 ……え? つまりすぐには始められないってこと?


「3、賜術の国で認可を得るための使節として、密事権従者マディエス、研究権従者トソウ、及び軍事権従者トワの3名を任命し、ジェアルソール、オリクレアの移送と共に、賜術の国へ賜学による不治の病の研究の認可を得るために派遣することとする」


 ……つまり、その5人で賜術の国に行って、不治の病を研究する許可を取ってこい。そうしなければ研究はしない、ということ?


 ジェアルの話によれば、国というのはすごく広くて複雑だそうだ。そんなことをしている時間は、ないかもしれないのに。


「以上、3点について、賛成の者は挙手を」


 僕たちには、裁定の内容について質問の機会も意見する機会も与えられていない。そんなんじゃジェアルたちだって納得できないはずだ。


 そう思い、2人の様子を見てみる。しかし、ジェアルもオリクレアも、静かに会議の進行を眺めていた。


(2人とも、このままでいいのか? これじゃ、集落で認可を得てもすぐに研究は始められないし、最悪研究自体されないかもしれないのに……)


 五権者たちは賛成してくれるだろうか。そういえば、認可されなかったらどうなるかもわかっていない。せめて、認可だけはされてくれ……!



 *



 ……五権者たちの票は出そろった。挙手をしているのは……。


 ……もちろんダルタさんは賛成だ。まず1票。


 そして、研究権従者のエジリニアさんも……挙手をしてくれている! トソウさんがうまく説得してくれたようだ。これで2票。あとは……。


 政事権者のフォトガルムさんも、手を挙げている。ということは、これで三権者の賛成を得られた! これで、とりあえず集落では認可を得られたんだ! 良かった……。


 残り二人については、意外にも軍事権者のモンク―スダークさんも挙手していた。しかし、人事権者のエジリニアさんは挙手をしていなかった。


「……賛成が4票、反対が1票。したがって、今回の緊急五権者会議の議題は可決されたものと定める。……以上で裁定を終了します」


 ……どうやら、これで終わりのようだ。会議に参加してからたった10分ほどで終わってしまったし、僕は一言もしゃべってすらいない。なんだか居たたまれないな。


「……悪かったね、マディエス君、賜術の国の2人。とんとん拍子で話を進めてしまって。どうにも人に説明不足で事を進めてしまうのは、私の悪い癖のようです」


「だからと言っては何だけど、いま質問や意見があったら言ってください。もっとも、既に下した裁定を覆すことはできかねますが……」


 本当にいまじゃ遅い。でも、少なくともプラスの結果なのは間違いない。裁定前に下手に意見して、いまより悪い裁定を下されるよりはずっといいのかもしれない。


「でしたら、いくつか意見があります。……いや、反論になってしまうかもしれません。」


 ジェアルが言った。やはり、全てを飲み込めてはいないらしい。当然だ。意見の機会すら得られないなんてやっぱりおかしい。


「かまわないですよ。私も、君が納得してくれるような根拠を提示しましょう」


 ……フォトガルムさんは政治家だ。弁が立つに決まっている。その上反論して押し込める気は満々のようだ。いくらジェアルが読書家と言えどこれは分が悪いな……。


「そうですか。……それでは、まず賜術の国は、全部で4国ありそれが合わさったものが『賜術連合国』です。しかし、4国はあくまで別の国であり、不治の病の研究を4国全てに認可して貰っていては時間がかかりすぎます。したがって、まずは僕たちの住んでいる1国、フラメリアルに認可を貰うことで、初めはフラメリアルのみと協力して研究をするという風にはできないでしょうか? 『賜術の国に認可を貰う』のが条件であれば、フラメリアルも間違いなく『賜術の国』と言えるはずです」


「それは了承できません。賜学の集落は、賜術の国に属するつもりはありません。フラメリアルという1国のみと協力関係を結ぶとなれば、賜術の国々の国力の競争に巻き込まれることになります。賜学の集落はあくまで、『賜術の国全体の不治の病の研究』のみに協力することを認可したのであって、それ以外についてまで寄与することになる条件は容認できません」


「……でしたら、賜術の国に認可を取りに行く使節の中に、医療に係る賜学者を任じなかったのはなぜですか? 『賜学による不治の病の研究をする認可を得る』のであれば、実際に医療に係る賜学を提供する方が、認可を得られる可能性は高いと思います」


「それは、賜学側の安全のためです。先の回答と根底は同じなのですが、賜術の国に賜学者が行くことには大きなリスクが伴います。実際に賜術の国にて医療に係る賜学を提示する賜学者は、研究権従者であって軍事権従者ではありません。私も賜術の性質は知っています。研究権従者では、いざというときに自衛ができません。また、医療の賜学に限らず、賜学が賜術の国に露呈した場合、集落はの何かしらの要求に対抗することができません。規模が違いすぎますからね。あくまで私たち賜学の集落は、不治の病の研究という1点において、対等に契約をすることしか承諾できません。それ以上は賜学の集落にとってリスクが大きすぎるのです」


「……実際に医療に係る賜学を提供しなくても、賜学による不治の病の研究をしたいと賜学の存在を明かせば、同じリスクを負うことになるのではないでしょうか?」


「実際に医療に係る賜学を見ずに賜学を求めてくる可能性は低いでしょう。医療に係る賜学を見たならば、『不治の病を克服できる』と賜学の価値を感得し国々が競争を始める可能性は高いです。しかし、実際に賜術の国が医療に係る賜学を見ずに、賜学の価値を感得することありえないのです。医療以外の賜学の提示は集落にとってリスクにはなりません」


「……それは、なぜですか?」


「……私たち五権者が賜術の存在を知っていたように、君たち賜術の国の意思決定機関も、既に賜学の存在については知っているからです」


 ……やはり、五権者は賜術を知っていたようだ。そして、それは賜術の国も同じ……? なんだか、話がややこしくなっていきそうだと僕は感じた。

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