第10話「盲点」

賜術しじゅつの国が、賜学しがくを知っている……?」


 ジェアルが驚きの声を上げた。賜術の国をよく知らない僕には、どれほど驚くべきことなのかよくわからない。


「……もういいだろう!」


 急に大声が響き渡った。声を上げたのは、軍事権者のモンク―スダークさんだ。ずっと不機嫌そうだったが、ついに爆発したようだ。


「それ以上教えてやる必要は無い。これ以上我々が賜術の国について知る必要も無い。この会議の裁定が終わった時点で、何も変えられないのだ。……俺は断固反対だ、賜術に関わることなどな。……トワ、行くぞ!」


「あ、……はい!」


 モンク―スダークさんとトワは、一足先に会議室から出て行ってしまった。


「やれやれ。確かに会議の裁定は終わったが、会議自体を閉会してはいないのだがね……。でも、彼の気持ちはわかります。国を知ることで、自身のすべてだった集落が矮小であることを痛感したくないのだろう。だから彼は出ていった。……しかし私は政治家として、納得を得られていないのに、決まったことだからと民を無理やり従わせることはしたくない。だから、ジェアルソール君、もう少しだけ、話を続けましょうか」


 と、話を再開しようとした直後。


「待ってー。私たちも、もう会議が終わったなら出ていくよ。……面倒だけど、どうやら仕事ができるかもしれないからね。……さ、行こうかティアレス!」


「……エジリニアさん……」


 今度はエジリニアさんとティアレスさんが退室してしまった。ティアレスさんは、ずいぶんと元気がなくなっていたが、この会議でそんなに疲れたのだろうか。僕は正直、難しすぎてわからないことばかりだから、情報が頭をすり抜けていって負担が蓄積していない。


「……まあいい。一権者かけた時点で会議は成立しない。もう、今回の会議はこれで終わりますか」


 人が減りすぎたのか、結局フォトガルムさんは会議を終了することにしたみたいだ。


「悪いね、ジェアルソール君。でも、私にできる話は既にだいたいしたし、他にもなにかあったらダルタに聞いてください。政事権者の私より、密事権者の彼の方が、有する情報は多いはずですからね」


 そう言うと、フォトガルムさんも会議室を出ていった。イレトレンもそれに続いていったが、今度は睨まれることはなかった。


 これで、会議室に残るのは僕と、ジェアル、オリクレア、ダルタさん。そして、協力してくれた研究権者のメゾメルさんとトソウさんだ。この2人にはお礼をしなければ。


「トソウさん、メゾメルさん。賛成してくれてありがとうございました」


「ああ」


「別にいいよ~。私は研究ができるならなんでもいいからね~。でもその代わりぃ、ちゃんと認可を貰うんだよ? そうしないと、そこの2人で研究しちゃうからね~?」


 トソウさんは淡白な返事をし、メゾメルさんは脅しをしてきた。水と油っぽいが、なぜこの2人なのだろう……。


「メゾメル、俺からも感謝する。この借りは……俺が返せるかはわからないが、マディエスたちがうまく研究を取り付けてくれるだろうから、それでチャラにしてくれ」


 いや、借りは自分で返してほしい。正直、僕には賜術の国で認可を貰う自信はない。国から集落に来たジェアルたちより、集落から国に行った僕の方が絶対に役に立てない。


「借りだなんて思ってないよ~。だって、手を挙げただけで、私は何の負担もしてないからね」


 それなら、認可を貰えなくても2人で研究していい根拠はないはずだが……。さっきのは彼女なりのジョークだったのだろうか。僕にはよくわからなかった。


 その後、僕たちは皆で会議室を出た。そしてそのまま議事堂も出て、メゾメルさんとトソウさんと別れた後、僕たちは家に戻った。


 さしあたっての目的は、賜術の国で不治の病の研究の認可を貰うことだ。それについて情報を共有し、まとめなければなるまい。



 *



「俺は最終的には4国に認可を貰うのは可能だと思ってる。問題は、フォトガルムさんの言うこのやり方だと時間がかかりすぎることだ。」


 意外だった。ジェアルは、4国に認可を貰えないと思ったから、フォトガルムさんに意見をしたのだと思っていた。


「まず、フォトガルムさんの口ぶりからして、賜術の4国の、賜学の存在は知っている。しかし、賜学で不治の病を治せる可能性があるとまでは考えていない、ということだろう。そして、賜術の国の一般人は、俺たちがそうだったように賜学のことを知らない」


「フォトガルムさんが危惧しているリスクとは、1つは、4国の支配者が不治の病の治療を求めて集落に迫ること。そしてもう1つが、4国の支配者以外の一般人に賜術の存在が露呈して、その連中が賜学を求めて集落に迫ることだろう。どっちにしても、賜術側の規模は集落に比べて大きすぎる。集落では対処のしようがない。だからフォトガルムさんは、なるべく不干渉を貫きたい。……これで間違いないですか、ダルタさん?」


「……ああ。それで間違いない。その事態を避けるために、集落の意思としては、必要最小限の賜学の情報の公開のみで、不治の病の研究のみに着手したいんだ。……こういう言い方は悪いが、集落には、賜術の国の不治の病を克服することのメリットがないからな」


 そこで、ふと僕は疑問に思った。


「どうして不治の病は、賜学の集落には全く無いのかな?」


 僕のこの疑問に対して、ダルタさんは答えた。


「それは、俺が思いつく限りでは可能性は3つだ。1つは、不治の病と呼ばれる病気が、既に賜学の医療で治療可能なものだからというもの」


「2つ目は、その病原菌が、賜学の集落の中には全く存在しないからというもの。……この場合、2人が集落に立ち入っている時点でかなり危ういが、まぁこれが答えであれば集落も全力で研究しなければならなくなるな」


「そして3つ目は、遺伝的な要因だ。賜術の国の人しか罹病しない又は、賜学の集落の人のみ罹病しない、というものだ」


「もちろんそれ以外の要因もあるかもしれないが、俺に思い付けるのはこれくらいだな」


 なるほど。一番いいのは、やはり賜学では既に克服済みであるというパターンだな。研究に要する時間がけた違いに短縮される。


 そういえばジェアルも、時間がかかりすぎるのが問題だと言っていた。


「認可自体は遅かれ早かれされるはずだ。不治の病の療法を得られるかもしれないんだ。メリットしかない。問題は、医療の賜学を提供できない俺たち5人で、1国ずつ認可を貰っていくのはあまりにも効率が悪すぎる」


「俺たちの国であるフラメリアルはともかく、他3国に関しては俺たちも大して知らない。その上で、国を渡り歩いて認可を得ていっては、1年以上かかる可能性だってあるだろう。しかし、そんなにかけていては流石におじさんとおばさんが心配だ。そんなことをするくらいなら、2人をここに連れてくる方がずっといい」


「けど、もう僕たち個人が助かればいいという段階でもなくなってしまったし、仮におじさんとおばさんが助かったとして、それが周りにバレればフォトガルムさんの危惧した通りになるかもしれない。……はぁ、いったいどうしたらいいんだ……」


 ジェアルが頭を悩ませているが、やはり僕にはいい案なんて浮かばなかった。頭を使うことで役に立つことは、僕にはどうにもできそうにないな。


「……それなんだが、1つ聞いていいか? 君たちの国は、4つの国が集まり1つの連合国となっているんだったな? それは、この集落における密事や政事という部門別の統治に近いように思える。そうであれば、この集落でいう『五権者会議』のようなものは、賜術連合国では行われていないのか? それをせずに、『連なり合った国』と名乗るとは思えないのだが……」


「……! ……確かに、田舎から出ない俺たちはよく知らないが、都市には特に発展した中心となる都市、『中央都市』があるというのは聞いたことがある……」


「ならば、そこで話を通すことができれば、少なくとも1国ずつ回るよりは時間を短縮できるんじゃないか?」


「……! 確かに、その通りだ、盲点だった!」


 ジェアルが大きい声で言った。……『中央都市』なんてものを知っていれば、簡単に思いつきそうだが……。


 いや、集落しか知らない僕が国のことが全然わからないように、田舎しか知らないジェアルには、統治機構はよくわからないのかもしれない。


 ともかく、これで話を次の段階に進めることができそうだ。

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