第7話「心配」

 五権者会議で不治の病の研究を認可してもらうため、僕たちは議事堂に向かい歩いている。商店街でファスファラーレさんと別れてから、黙々を歩を進めた。商店街は道が狭く複雑で人も多く、抜けるのは大変だ。しかし別段何か面倒ごとに巻き込まれることもなく、高地価居住区まで来れた。


 ここは商店街とは打って変わって道が広く直線的。人の視線は商店街より懐疑的だが、こちらも特に何もなく進んでいき、政事の拠点までたどり着くことができた。


 問題はここからだ。僕は密事権従者。密事の拠点はもちろん、男児の義務である軍事付属学校がある軍事の拠点には入ったことがあるが、政事の拠点には入ったことがない。


 政事の区画は東西南北にある門から入ることができ、僕たちの眼前には南門と門兵が屹立している。


 あの人に話しかければ応対してくれるだろうか。話が下りてきておらず、怪しいからと捕らえられたりしないだろうか。


 いや、そんなことはないはずだ。昨日の今日とはいえ、賜学しがくの集落の情報網だ。そんな不備があるとは思えない。とりあえず話しかけてみよう。そう思い、いかつい門兵に歩み寄る。


「ご苦労様です。今日議事堂で行われる、五権者会議に召喚されているマディエスといいます。ご確認いただけないでしょうか?」


 こんなところか。正直礼儀作法とかよくわからない。だけど無難に怪しくない声掛けだったはずだ。


 門兵はこちらを向いて胸部の読取装置を取り外し、こちらに差し出して言った。


「かしこまりました。それでは、お手をかざしていただけますか?」


 そう言われたため、僕は装置に手をかざす。この集落にあるものはだいたい賜学が用いられている。僕の装備もそうであるため、人物特定は容易なのだ。


「ありがとうございます、確認完了しました。密事権従者マディエス様と、そちらが密事案件の2人ですね。ただいま開門いたします」


 お願いします、と僕が言うまでもなく、門は開いていく。遠隔による開門。


 政事区画は、外からだと背の高い建造物が少し見えるくらいだったが、はたしてその全容はどうなっているのか。


 門が開き切り、門兵が横に移動したため、僕たちは政事区画内に入る。


 そこは、明らかに高地価居住地よりも豪奢な景観だった。石畳の大通りに、同じく石でできた建造物。だけじゃなく、明らかに賜学で全システムを制御しているであろう機械建築もあれば、ガラスで装飾された建物や、ガラスの像も立っている。手入れの行き届いた庭には、ガラス製の噴水から水が噴き出し続けている。


 ――これは、圧巻だな。北のガラスの街もすごい景観だが、ガラスのみでないこちらも、これはこれでいい。統一感が損なわれるような配置ではなく、絶妙なバランスで様々な要素を組み合わせている。どちらも甲乙つけがたい。


「すごい景観だな。ガラスの街もこんな感じなのか?」


 ガラスの街に興味のあるらしいジェアルが声かけてきた。


「これくらい凄い景観だけど、向こうは全部ガラスでできてるし、建造物の趣向が違うかな。あまり詳しいことはわからないけど」


「そうなのか。まぁ、全部口頭で知ってしまうより自分の目で新鮮な情報を得る方がきっと楽しいからな。詳しいことは聞かないでおくよ」


 読書家のジェアルらしい知的な考え方に思えた。本を全く読まない僕には、きっと理解できない感動の仕方を探っているんだろう。ガラスの街が彼にとって期待はずれでなければいいが……。


「私たちの国にもこんな建物ないよ。賜学の建物のことはよくわからないけど、ガラスの装飾にしても、こんな大量で大きなガラス、どうやって作るんだろう?」


「ガラスを作る機械があるんだよ。それで巨大なガラスやカラフルなガラスを作って、職人が削り出すんだ。中には機械で作ってない、ほら、あそこの意匠とか――」


 解説しながら歩き、議事堂がようやく目前に。議事堂の正面にある意匠は、ちょうど機械で作っていない天然のガラスでできている。色味でわかる。それを解説しようと思ったのだが、誰かがその意匠を眺めている。


 あれは――ティアレスさんだ。北を拠点にする人事権の従者。そして、ガラス工芸家のファスファラーレさんの友人でもある。あんなところで何をしているんだろう。


 声をかけてみるか? いや、鬱陶しく思われるかもしれないし関わらないでおくか。そう思い、黙って横を通り議事堂の中へ入ろうとするが――


「マディエス。おはよう、時間に余裕のある行動はいいことね」


「あ、おはようございます」


 向こうから話しかけてきた。無視しようとしていたが、とりあえず挨拶をした。なにか会話をしなければ……。


「えっと……。ティアレスさんはここで何を……? 議事堂を眺めていたみたいですけど……」


「何って。五権者会議が始まるのを待ってるのよ。今日は緊急の会議だし、各権者に1人、従者の同伴が認められてるじゃない。あなたもそれで来たんでしょう?」


 そうなのか。確かに普段の五権者会議は権者のみで行われているみたいだし、自分が召喚されるだけかと思ってたけど、他の部門の従者も参加するのか。しかし、そうなると僕とダルタさん以外に8人も集落の者がいることになる。


 あまり賜術しじゅつのことは、公にしたくないと考えているのかと思っていたが、案外状況が揃えばやぶさかではないのか?


「それより、そっちの2人は? フード被って怪しすぎない? まぁ、この区画に入れるということは、問題ないということなのだろうけど」


「……この2人は今日の五権者会議の案件なので、今は話せないです、すみません」


「……なるほどねぇ。つまり今日の五権者会議は、その2人の裁定をする、という内容になるのかな? 言っておくけど、エジリニアさんを良くない方向にたらしこんだりしたら許さないわよ」


 そういうと、メガネを指で押し上げた。賜学製にしても常時かける必要なんてないはずなのだが……。多分、人事権者のエジリニアさんがメガネをかけているから真似しているのだろう。似合っていない。


 そして、この人は勘がいい。先に釘を刺されてしまった。ダルタさんとメゾメルさん以外で、エジリニアさんが一番押せば何とかなりそうだと思ったのだが……。


 残る二権者は、軍事権者のモンク―スダークさんと、政事権者のフォトガルムさん。フォトガルムさんは、政治に関心のない僕はよく知らないが、モンク―スダークさんは……。


 軍事付属学校時代に何度か見たことがあるが、正直怖い。あの人に押せる自身は全くない。


「どうしたのよ、考えこんじゃって。いまさら考えたってしょうがないじゃない。ぶっつけで何とかするしかないわ! なにも私だって、あなたに反対すことを決めたわけじゃないんだから。あなたが正しいと感じたら、私は全力でエジリニアさんを説得するわ。たとえ、彼女の意思を蔑ろにしても……ね!」


 怖いことを言っている。が、それならばありがたい。こちらは人道的なことをしようとしているのだ。正しいのが僕らなのは間違いないはず。


「そういえば、その2人にガラスの意匠について説明してあげてたわよね。聞こえてたわ。議事堂の意匠は私の友人のファスファラーレが修正したものなのよ。天然のガラスとかで、最近はそれを探しに行くからと私の前から姿を消すのよね……。あなたたち、どこかで彼女を見てないかしら?」


 さっき見た。知っていて聞いているのか、本当に知らないのか……。


「ファスファラーレさんなら、さっき会いましたよ。天然ガラスを採りに行くとかで、南の商店街まで来ていました」


「……そうなのね。あの子、最近は前にもましてガラス細工にのめりこんでいて。何か事故でも起こさないか心配なのよ……」


 ティアレスさんは難しい顔をしている。本気で心配しているようだ。


「でしたら、さっきファスファラーレさんに細工の注文をする約束をしたので、また会ったときにティアレスさんが心配していたと伝えておきます」


「そう。お願いするわ、ありがとう。……さて、結構話したわね。そろそろ議事堂の中に入ろうかしら」


 そう言うティアレスさんに続き、僕たちも議事堂の中へ入ることにした。

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