第6話「約束」

 オリクレアと話してからしばらくして、ジェアルも起きてきた。ダルタさんは既に起きて家を出ている。いつもより早いのは、緊急での五権者会議の準備があるからだろう。


「おはよう、ジェアル」


「ああ、マディエス。おはよう、オリクレアも。……2人とも早いな。何してたんだ?」


「うん。ジェアルは起きてなかったから、そこのガラス細工の話をしてたよ。気に入ったみたいだから今度オリクレアにプレゼントすることにした」


「そうなのかオリクレア、良かったな。でも、お前がこういう綺麗なのに興味があったとはな。少し意外だ」


「いや、綺麗だとは思うけどガラス細工自体に強い興味があっ…………あったんだよねぇ。私も女だからねぇ……」


 ……自分で秘密を言及されることになりそうなことを言いそうになって、おかしな口調になっている。危ういな。彼女に教えた僕の秘密が危うい。


「……そうなのか。まぁ、確かにこんなにたくさん並べてあると、細工と言えどすごい迫力だな。マディエス、集落の重役の家なだけあって裕福なのか?」


「うーん……まぁ、お金に困ったことは一度もないかな。でも、この集落だとガラス細工は人気だから、特別豪華なわけじゃないよ。集落の中には、ガラスでできた区画もあるくらい。居住禁止じゃないけど職人たちが圧力をかけてるから誰も住めないし、職人以外立ち入れないけど」


「そうなのか。でも、それは1度くらい見てみたいな」


「うん、見ること自体はできるよ。集落の北側で、ここからは距離があるから、事が片付いたら見に行こう」


 そんな会話をしながら、僕たちは食事と身支度を済ませ、今日もっとも重要なことに当たるため、五権者会議が行われる議事堂へ向かうことにした。



 *



 正直、2人を連れていく必要があるかは悩ましい。しかし、彼らは集落の勝手がわからない。家に残していき、僕らが戻れないうちに何かあればまずい。


 逆に、議事堂であれば警備は厳重だが、僕にダルタさん、トソウさん、あとメゾメルさんの助力を得られるはずだし、ダルタさんとメゾメルさんはともかく、僕はそこそこ強いのだ。……トソウさんはよく知らないが、なんとなく強そうだ。2人を洞窟まで逃がすくらいは、できるはずだ。その後僕たちがどうなるかは置いといて……。


 そういうわけで、2人はフードを被って付いて来ている。明らかに怪しいが、部外者の概念すらないこの集落では、怪しまれても大した問題にはならない。髪色は噂になり、賜術しじゅつを知っている人に知られると不都合があるかもしれないので隠しているが。


 家から議事堂までは、そこそこ距離がある。もともと僕たちの家は、あの洞窟に近い位置に作られているだけあって辺境寄りだ。政事の中枢である議事堂は集落の中心部にあるため、結構歩くことになる。


 そういえば集落の土地構成を話しそびれていたな。人通りが少ないし、今話しておくか。


「この集落では、僕ら密事は南側、軍事は東側、研究は西側、人事は北側、そして政事は中央を拠点にしているんだ。そして外側からおおまかに、各部門の拠点、居住区、商店街、高地価居住区、という風に中央に向かっていく。僕たちはとても南に居を構えているから、中央にある議事堂までは距離があるんだ。今は、商店街に入るくらいの位置だよ」


 ……口頭で説明してもわかりにくいかもしれないが、まあ彼らからすればとても小さい集落のようだし、把握は簡単かもしれない。なんにしても、ここからは人もいるし、あと半分ほどの距離だ。会話はせずに進もう。


 と、考えた矢先。


「おはよう! マディエス」


「んっ?」


 急に大きい声で挨拶をされた。誰だ? 僕に挨拶をするのは……。声のした方を向くと、金髪の女性が立っていた。汚れた薄着をしている。……ああ、ファスファラーレさんか。


「おはようございます。……珍しいですね、南側にいるの」


 ファスファラーレさんは、ガラス工芸家だ。基本は北側にいると思うのだが。こんなところで何をしているのだろう。


「うん。最近は天然のガラスを使った細工にハマっててね! 南側にも採掘しに来たんだ」


 なるほど。そういえばティアレスさんが、最近ファスファラーレが消息を絶つ、と嘆いているのを聞いたな。こういうことだったのか。


 しかし、ファスファラーレさんに会ったのは、ちょうどいいかもしれない。1つ、頼んでみるか。


「ファスファラーレさん、もしよかったら、特注でガラス細工の注文を受けてくれませんか?」


 すると、ファスファラーレさんは嬉しそうにして言った。


「おお! 君もガラス細工に興味を持ったの!? いいよ、どんな無理難題でも、私の手にかかればガラスの体で具現化させられるよ! いつもむっつりしている君は、どんなモノを望むのかな!?」


 ……すごい捲し立ててきた。むっつりじゃないし、僕が望むわけでもないのだが、ジェアルのいる前では、注文の詳細は話せないな。


「すいません、ファスファラーレさん。今は少し急いでるので、細かい注文内容は今度させてもらいますね」


「うーん、そっかぁ。早く表象だけでも形にしたかったんだけど……。急いでいるなら仕方ないね。ところで、後ろの怪しい2人は?」


 当然の疑問。むしろ話を止めなきゃ触れないくらい、ガラス細工の話が好きなんだな。


「すいません、この2人は密事に関わる案件なので話せないんです」


「……そっか! なら仕方ない。ま、なんにしても新たな繋がりはあって損はないよ。早く君の望むモノがどんなのか、教えてね! それじゃ!」


 ファスファラーレさんはさっさと行ってしまった。ガラス細工の話以外は全然興味がないようだ。


「すごい自分ペースな人だな。親しい人なのか?」


 ジェアルが質問をしてきた。


「いや、ああいう人柄だから、誰に対しても今みたいな感じだよ。僕もほとんど話したことがあるわけじゃない」


 そうなのか、とジェアルはさして興味なさげに言った。すると、今度はオリクレアが近づいてきて言う。


「マディエス、ありがとう」


 ガラス細工の注文のことだろう。これでオリクレアにプレゼントできるし、秘密も漏らす心配はない。


 さぁ、議事堂まではあと半分。ここからは商店街と高地価居住区を抜けるだけだ。何もなく議事堂まで行けるだろう。

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