第5話「秘密」
ジェアル、オリクレア、ダルタさんと共に食事を終え、シャワーを浴びた後、僕は自分の寝床に入った。
ジェアルとオリクレアは、一緒にシャワー室に行っていた。ジェアルは嫌がっていたけど、結局一緒に行くあたり、本当に仲がいいのだろう。……もちろん僕は1人でシャワーを浴びた。
でも、今日初めて会った、全く知らない場所から来た人と食事をし、部屋は違うけど同じ建物の中で寝ることができるほど、僕は2人を信用しきっているようだった。
僕が所属している部門である『密事』とは、単に機密情報を管理することだけが仕事ではない。実力行使、つまりは機密を守るために人を殺すという任務を負うことがある。実際、僕にもその経験がある。
あの2人は、
つまり、あの2人は集落における機密情報の塊なのだ。そんな彼らの存在を、権者たちに明かしてしまうことに、ためらいを感じてしまっていた。
もし、彼らに手を貸すことを許されなかったら? 彼らには申し訳ないが諦めて帰ってもらうことになるのだろうか。……それならまだいい。
もしかしたら、機密を守るために彼らを帰すわけにはいかなくなるかもしれない。彼らは殺されてしまうかもしれない。……僕とダルタさんで、殺さなければならなくなるかもしれない。
……いままで、任務で人を殺したことがないわけではない。正直、仕方ないとしか思ってなかった。
だけど、知っている人を殺さなければならない場合でも、仕方ない、と受け入れられるだろうか?
2人とは今日会ったばかりだ。知っている人なのは間違いないが親しいとは言えない。……いや、ダルタさん以外とほぼ交友のない僕からしたら、既に親しいと言えるかもしれないが……。
なんにしても、僕はもう既に、あの2人を殺すことを仕方ないと受け入れられそうにない。わずかな関わりしかないけど、あの2人に、死んでほしくないと思ってしまっているのだ。
……今日は楽しかった。知らなかったことをたくさん知れた。知っているつもりだった集落にも、まだ知らない謎があることを知った。
たくさん話を聞かせてもらった。たくさん話を聞いてもらった。人の話を体系的に飲み込んでいくことや、理解してもらえるようにつとめて言葉を紡ぐことが、こんなに楽しいとは、僕は知らなかった。
今まで誰かに余計な話はしなかったし、ダルタさんがいれば、他に交友なんていらなかった。
でも、ジェアルとオリクレアは、この集落の人じゃない。なにを話しても、なにを知られてもなにも問題のない彼らと交友を持ってしまったいま、僕にはもう既に、彼らと交友を断つことがすごく恐ろしい。
「――――っ……」
自分でもびっくりだが目から涙が流れた。自分は淡白な性格だと思っていたし、なに1つ泣きたくなるような状況ではないのに、なんだか感傷的になっている。
(あぁ、目が腫れなければいいな……)
なんて考えながら、僕はいつのまにか眠りについていた。
*
次の日の朝。鏡で目が腫れていないことを確認してから、自室を出る。昨日の今日で、いきなり佳境だ。今日失敗すればどうなるかわからない。それでも、心は落ち着いた。寝たことで頭が整理されたのだろう。昨日得た知識も自分のものになった気がした。うまく事が運ぶような気がする。
(……おや?)
既にオリクレアは起きていた。椅子に座り、棚に並んでいるガラス細工を、目を細めて眺めていた。……いや、別に細めているわけではないんだったな。もともと糸目なのだ。いい加減気にしないでおこう。
「オリクレア、おはよう」
「……おはよう、マディエス」
普通に挨拶を返してきた。当たり前か。第一印象のせいでおかしなことを言われないか身構えてしまっている自分がいるな。これもいい加減止めよう。
「なにか気に入ったのはある? 昨日話したけど、この集落ではガラス工芸が人気なんだ。たくさん作られてるから、気に入ったのがあったら同じようなものを買ってあげるよ」
「いいの?」
お、興味があるみたいだ。幸いお金はある。たいていの細工なら買える。
オリクレアは少しの間物色し、考えていたが、やがて。
「いろんな色のものがあるよね。色の指定とかできるの?」
そうきたか。たしかにどんな色もだいたい表現できるみたいだが、しかしそうなると、特注することになるな……。まぁ、お金なんて使い道がなかったし、いいだろう。
「色も選べるよ。でも、それだと特注して作ってもらうことになるから、少し完成が遅くなると思うけど、それでもいい?」
「うん。それでいいよ。」
そう言ってオリクレアが選んだ細工は、星を模したものだった。
空に浮かぶ、月と白星と黒星を、黄色と白と黒の色のガラスをそれぞれ削り出して、大、中、小の大きさで左から並べたもの。
「これを、左から赤色、赤色、水色にしてほしいかな……」
なるほど。できないことはないが、やはりこれは特注になるな。しかし、どういうカラーリングなのだろう。やはり、オリクレアと、ジェアルと、あと1人……? ということなのだろうか。
「特注になるけど、注文しておくよ。……ところで、星が好きなの? 色はどうしてその配色に……?」
「……別に、星に興味があるわけじゃないの。ただ、3つ並んでいたから……。配色の理由、聞きたい?」
……聞きたい。そう尋ねてくるということは、聞きたければ教えてもいいと思っているのだろう。
「わかった。でも、誰にも話しちゃだめだよ。話したら殴る」
急に強い言葉が……。でも、話は聞きたい。僕は密事権従者。人を殺してでも秘密を守る人なのだ。機密漏洩はありえない。
「……実は、私たちは――――」
*
「……」
それは、僕にはいまいちわかりにくい内容だった。わからないことは、具体的な事例に当てはめて考えると理解しやすい。でも、この集落のみで生きてきた僕には事例の覚えがなかったから、事の重大さは伝わらなかった。
でも、彼女たちからすれば、それは命に係わる重大なことだという事実だけはわかった。
「……そうなんだ。うん。絶対に誰にも言わないよ」
「うん、そうしてよ」
「…………でもなぁ、私だけが秘密を教えるのって、不公平だと思うなぁ?」
オリクレアが悪そうな笑みを浮かべて言ってきた。交換にこっちの情報を要求してきた。まぁ確かに、秘密を聞いておいて自分は何も教えないというのは、身勝手なのかもしれない……?
「そ、そうだね。わかった、僕も何か秘密を教えるよ。でも、集落の人には絶対に秘密にしてよ?」
「わかった、集落の人には言わないよ」
オリクレアは少し疑問を抱いた顔をしたが、少し楽しそうに笑いながら言った。了承したみたいだ。なら、僕も何かしら秘密を教えてもいいだろう。正直、集落にばれると立場が色々危ういが……。あ、オリクレアも、こんな気持ちだったのかな。なら、出し惜しみするのは本当に不公平になってしまうな。よし、決めた。
「うん。なら言ってもいいか。実は――――」
*
「……は……?」
「……………………!」
「……え”」
……どうやら、すごいびっくりさせてしまったようだった。
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