第29話「白金と赤」

 この赤髪の男と戦うしかない。ただし、倒されるわけにはいかないが、倒してしまうわけにもいかない。この男がどれだけ女王に近しい人物かわからない。不和の要因はできる限り無いほうが良い。


「あなたは何者ですか? なぜあなたしかいないのですか?」


「……俺はネクウィローン。ジュエナル女王の親兵だ。……現在国の情勢は安定している。警備は最低限でいい」


 最低限? 1人はさすがに少なすぎるのではないだろうか。いや、この広い敷地の中だ。広範に散っているだけで、他にもいるのだろうか。なら、加勢される前にこの男から逃れ、女王を探したい。できれば、女王との間に仲立ちは欲しいが……。


「絶対に、女王には会わせていただけませんか。話を聞いてもらえればいいんです」


「……牢で事情聴取はする」


 ネクウィローンはにべもなく言う。そんな時間は無い。やはり、強行突破するしかないか。おそらくそれだけのことをしても、女王は味方に付いてくれるだろう。こちらの情報は、それだけのカードであるはずだ。そう考え、僕は剣を構える。


 ネクウィローンは赤髪。つまりジェアルと同じ灼賜術使いであるはず。ジェアルより上手だとしても、炎であれば賜術の防御力ならある程度は無効化できるはずだ。


 いつでも回避できるようにネクウィローンの動きに警戒する。しかし、ネクウィローンは僕の予想外の攻撃に出た。タイルの床を蹴り、剣を振り上げ僕に向かい迫って来る。


「――!」


 間一髪、斬撃を躱す。しかし、振り抜いた直剣をすぐにこちらに薙いできた。避けきれないと判断し、僕は剣でそれを受ける。


「――ぐっ!」


 重い。片手では押さえきれず、左手も使って剣を支える。しかし、それでも攻撃を押さえきれず僕は後ろに弾かれた。さっそくとどめの一撃を食らうかと思ったが、トワが斬りかかりネクウィローンはそれを直剣で受けたため、僕はその隙に体勢を立て直した。そしてネクウィローンがトワと鍔迫り合いをしているところに剣を振り下ろすが――。


 振り下ろす剣の側面を左手の小指球でカンと叩きつけられ、軌道がずれて当たらなかった。しかし、流石に片手ではトワの剣を押さえきれず、直剣を掴む右腕が払いのけられた。そしてがら空きになった胴にトワが蹴りを入れる。ネクウィローンは数メートルほど後ろに押しやられ、たたらを踏んだが、それだけだ。


 すぐに地面を蹴ってトワに向かっていく。直剣が振り下ろされ、トワはそれを剣で受け止めいなし、今度は顔面目掛けて上段蹴りを入れる。もろで入ったが、ふらつく様子もない。ネクウィローンが直剣を薙ぎ、トワもそれを剣で受けるが今度はいなせず、剣ごと腕を払われた。


 トワに一撃を入れようとするネクウィローンに対し僕は一気に距離を詰め、直剣を持つ腕めがけて剣を振り抜いた。しかし、当たったにもかかわらず肉を斬った感触がない。斬撃は服を割き、地肌を露出させたが傷がついていなかった。


(! そういえば、ジェアルに聞いた。賜術使いの中には、火などを操る賜術ではなく、肉体自体を強化するのみの賜術使いもいると……!)


 だとしても、まさか刃で斬りつけでも皮膚を裂くことすらできないとは思わなかった。


 いまの一瞬でトワは体勢を立て直し、距離をとった。代わりに、ネクウィローンは僕の方に狙いを変えた。腕で僕の剣を上に払い、僕の腹めがけて直剣を横に薙いだ。


(! まずい、避けられない……!)


 ネクウィローンの剣は僕の腹を捉えた。しかし、ギャリギャリと音を立て、剣が鎧を貫通することはなく、僕は無傷で済んだ。


 そういえばこの鎧、どうやっても傷1つ付けられないとザレンドさんが言っていた。全身を覆っているわけではないが、うまく鎧で斬撃を受けながら攻撃を仕掛ければ、どうにかなるかもしれない。


 しかし、僕の剣ではネクウィローンに傷をつけられなかった。かといって、この鎧なしの賜学の装備がネクウィローンの斬撃を防げるかわからない以上、トワにはなるべく攻撃を受けて欲しくない。


 僕は剣を右手で持ち、左手に銃を展開した。銃なら遠距離でも攻撃ができ、速度も威力も大きい。ただし、両手で剣を持ち攻撃を受けてもギリギリ押えきれない以上、片手では攻撃を受けることが更に難しくなるため、うまく鎧で攻撃を受ける必要がある。


 僕がネクウィローンの攻撃を主に受け、トワには攻撃してもらう。トワの方が僕より速さも攻撃力も高い。


 ネクウィローンはこちらを警戒している。それはそうだ。攻撃は鎧で無効化され、新たな武器を出したのだから。僕はネクウィローンの足に銃口を向け、撃つ。


 バン、と大きな音が周囲に響いた。ネクウィローンは横に飛び、避ける。不用意に急所は狙えないため、当てるのはかなり難しい。


 音は仕方ないと断念し、僕は続けてネクウィローンの足を狙い続ける。ネクウィローンは僕を中心に円を描くように横に移動し銃弾を躱しながら、僕に少しずつ接近してくる。


 しかし、ある方向まで回った時、ふいに足を止め、銃弾を直剣で受けようとした。当然全ては受けきれず、一発太もものあたりにヒットし、血が流れた。


 ネクウィローンの背後を見やる。そこには女王がいるという城。


(……忠義が厚い。……仕方ない)


 僕は城から離れた庭の方へ飛んだ。余計な諍いは避けたい。城の方へ攻撃が流れないように、配慮するしかない。しかし、今の一撃で、銃であれば彼の防御を貫通できることはわかった。


 足を撃たれたにもかかわらず、ネクウィローンはさほどびっこを引く素振りもなく歩いてくる。そして、剣を構える。いきなり斬りかかって来ることはしなかった。


 僕も銃を構え、再び撃ち出す。ネクウィローンは回って避ける。さっきと全く同じ状況。しかし、今度は彼が止まる理由が無い以上、いずれは接近を許してしまうだろう。それを避けるために僕が距離をとろうと思ったその瞬間、ネクウィローンはいきなり高く飛び上がった。空中は身動きがとれない。チャンスだと思い咄嗟に銃を空へ向けるが――。


 ――まぶしい。ネクウィローンは西日が背後にくる位置で飛びあがり、僕に空を見上げさせることで視界を阻害した。


 うっかり目を細め、視界が霞む。隙ができてしまった。ネクウィローンはその隙を逃さず、僕に向かって落下しながら剣を横に構えた。僕はすかさず両腕を顔の前に構える。


 ネクウィローンは構わず剣の側面で思い切り、僕の両腕ごと頭部を打撃した。


 ガンという鈍い音と共に僕は庭の植え込みに吹き飛ばされた。植え込みがクッションになろうと関係なく、意識が朦朧とし、視界がぼやける。賜学の装備は頭部にも及んでいる。しかしもろで衝撃を食らってはダメージ無しでは済まない。


 ――剣戟の音が聞こえる。……僕がもう動けないと踏んで、トワに集中して攻撃を始めたようだ。まずい、トワでもおそらく、ぎりぎり彼には力が及んでいないだろう。


 まだ動けなくなるわけにはいかない。しかし、体が動かない。視界も戻らない。


 体を動かさなくても攻撃する方法――賜術か。……僕の髪は赤い。だから、赤い髪を持つジェアルたちと関係があるのかと思い、賜術とももしかしたら関係があるのかもと考えたが、結局まだなにもわかっていない。


 視界がまともに機能せず、意識も外界へ向いていないため、自然と集中力が増す。それにより、周囲を把握する僕の能力が機能した。


 トワはまだネクウィローンの攻撃を凌いでいる。しかし、押されているのは間違いない。


 ……! ネクウィローンの直剣がトワの左上腕を掠った。賜学の装備は、ネクウィローンの攻撃力に負けたようだ。上腕から血が流れた。


 トワの動きが一瞬鈍った。それをネクウィローンが見逃すはずもなく、直剣の側面でトワを横から叩きつけ、僕と同じようにトワは吹き飛ばされた。


 それでも、トワは起き上がった。ネクウィローンが何か声を掛けている。トワもそれに答える。しかし僕には、2人の会話は聞こえない。


 2人とも剣を構えた。――しかし、トワの左腕は上がっていない。先ほどの打撃で骨折でもしたのだろうか。


 これはまずい。鎧で受けた僕でもこれほどまでに動けない状況だ。賜学の装備のみでは、何を食らってもただでは済まない。


 いい加減、頭の中からでなければ。いま重要なのは外界。ここで足止めを食らっていては、明日中央都市には行けない。急がなければ、トワだけでなく、ジェアルにオリクレア、他の皆もどうなるかわからない。連合国と話をしなければ――。


 体を動かそうと、意識と感覚を外界へ向けようと、頭の中でもがく。しかし、それが叶わない。ぼんやりとした感覚から、抜け出せない。


――友人を助けたいのなら、ひとまず抗うのを止めて――


 ふと、頭の中にそんな声が響いた気がした。


(……? なんだ、一体?)


 僕は一瞬気を緩めた。するとその瞬間、視覚も聴覚も、それ以外の感覚もなくなり、意識だけが頭の中に取り残された。

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