第28話「フラメリアル王城」
「マディエス、ごめんん……」
店で襲われ、脱出してから数時間して、トワは完全に回復した。
「大丈夫だよ、ここならまだバレていないようだし」
僕たちはいま、店からしばらく進んだ位置にある森の中にいた。人の気配は全くしないから、ここにいれば追っ手がいたとしてもなかなか見つかりはしないだろう。
しかし、そろそろ日が傾き始める頃だ。中央都市の会議が明日である以上、夜になったからと止まることはできないし、トワも回復したのであれば先へ進みたい。その上で、選択しなければならないことがある。
「トワ、向こうを見て」
そう言って僕は指を差す。その先には、広い敷地と巨大な建築物が見える。地図と位置を照らし合わせたから――いや、そんなことしなくとも一目見ればわかる。あれがこの国、フラメリアルの女王の住まう城だろう。他の建物とは規模が違いすぎる。
「あれがこの国の王城だと思う。……どうする、トワ? 今から向かえば、日が暮れるよりは先にたどり着けると思うけど」
この時間で女王が出発していないとは正直思えないが、もしまだあそこにいて、接触できた場合かなり有益なはずだ。
「そうだなぁ……。僕は寄ってみてもいいと思うけど。聞いた通りなら、助けになってくれそうだしねぇ」
トワも僕と同じ考えのようだ。
「わかった。じゃあ、行ってみようか。……それで、このボックスはどうしよう」
僕たちはいま、荷物ボックスとバッテリーボックスの上に座っている。ここまでの道のりからして、一番不審がられているのは走っている僕たちより追走するボックスの方だった。
そして現状皆離れ離れになっているし、明日が佳境であるのなら、食料や野営道具等はいま必要ない。ダルタさんがバッテリーボックスも持ち出させたが、今後必要になるほど消費するとも思えない。
「ここに置いていく? ここなら見つからなさそうだし、もし見つかってもここの人にはどうすることもできないんじゃないかな」
「うん、じゃあそうしよう」
そう言って僕はボックスから降りる。トワもそれに続く。そして僕たちは王城に向かうために森の中を走り出した。
*
「そういえば、どうしてトワが同行することになったの?」
ふと思い出し、横を走っているトワに聞いてみる。たしか出発する前にも聞いたが、ちゃんとした答えを聞けていなかった。
「え? ああ、そうだね。うん、僕からも話したいことがあったんだ」
そう言ってトワは話し始めた。
「……僕が同行することになったのは、別に命令されたからじゃないんだ。僕が自分で行きたいって名乗り出た」
「どうして?」
「……君が心配だったからだよ」
トワは口籠りながらそう言った。
「え、なんで僕を……?」
そう尋ねると、トワは視線を上にして考えるような表情をした。
「うーん……。シンパシー、かなぁ。……君、いろいろ隠してることあるでしょう?」
「……」
なにも言えない。どれのことを言っているのかわからないが、図星だ。
「マディエス、君、髪の毛の色を染めているよね?」
それか。確かに、ジェアルたちに会えば、色味なんかで気づかれてもおかしくはないか。……いや、しかしトワがジェアルたちを初めて見たのは、五権者会議で僕たちが途中入室した時だけど、トワの同行はその前から決まっていた様子だった。
「ずっと前から気付いていたんだ。……実は、僕の髪も、もとはこんな色じゃないんだ。いまは染めているから、金色だか白色だかよくわからない色をしているけど、地毛は生まれつき真っ白い」
「集落には髪を染める文化がないから、他の人たちは気づいてないみたいだけど、僕は君と同じように髪を染めていたから、気付いたんだ」
そういうことか。しかし、それだけで一緒に来るほどなのだろうか?
「……それにさ。僕たちの同輩って、ほとんどいないでしょ? マディエスがどこかに行っちゃうのが、なんだか寂しかったんだよ。君が積極的に何かをしようとしてると知って、協力したいって思ったんだ」
「……そうなんだ。……ありがとう」
いろいろ話したいことはあるが、僕はお礼を言うにとどめた。関係ないことまで口走ってしまいそうだと思った。
「あ、そうそう! 理由はもう1つあるんだった」
トワは急に思い出したように言った。
「メゾメルさんが、いきなりトソウさんを同行させるように提案したんだ。僕は前からあの人怪しいと思っていたんだよね! 前に調べてみたら、あの人10年くらい前にいきなり研究権従者として登録されてるんだ。それ以前の経歴が不明だからおかしいと思っていたんだけど、そうしたら集落にいて賜学を使ってないだなんて、やっぱり怪しい!」
ああ、そういえばトワには説明していない。
「それは、そもそも僕とダルタさんが事前にメゾメルさんとトソウさんに協力をお願いしていたからだよ。……トソウさんの経歴まではわからないけど」
でも、ダルタさんが信頼しているのだし、問題ないだろう。
「そうなんだ。でも、気を付けるに越したことはないからね!」
トワはそう念押ししてきた。
……その後も他愛ない会話をしながら走っているうちに、王城のある敷地の前まで到着した。近くに来てみると、やはりとても広い。敷地の中に入っても、王城までそこそこ距離があるようだ。
しかし、見たところ警備はいないようだった。もともと期待はしていないが、取り次いでもらうということは無理そうだ。侵入してしまうしかない。
戦争は終わっているからだろうか、高い生垣に囲まれてはいるが、強固な塀に囲われているわけではない。これならジャンプで飛び越えられる。やはりボックスは置いてきて正解だった。
「行こう」
トワが小声で言ってきた。僕たちは2人で生垣を飛び越える。塀の中に着地し敷地内を見回すが、警備はいないようだった。普段からそういうものなのか、それとも守るべき人が不在だからなのか……。
日が落ち始めてきた空の下、僕たちは王城に向かって周囲を警戒しながら歩いていく。
敷地内の広い庭を抜け、王城前の広い空間に出た。もうすぐ城にたどり着こうかという時、中から1人の男が出てきた。今まで見かけたこの国のどの住人よりもきっちりとした服装をしている。赤い髪に目元を黒いマスクで覆っていた。
赤い髪をなびかせてこちらに歩いて来る。
「……ここでなにをしている?」
低い声で尋ねてきた。
「あ……ええと……」
トワはこういうときの対応は苦手のようだ。
「……単刀直入に伺います。いま、ジュエナル女王はいらっしゃいますか?」
「…………城内にいらっしゃるが……」
! いるのか。ほぼ諦めていたが、いるのなら会えるに越したことはない。
「でしたら、女王に謁見させていただけませんか?」
「ダメだ」
……だろうね。
「女王や、この国のためにもなることでお話があります」
「そういう問題ではない」
にべもない。しかし、それも仕方ないだろう。王にいきなり会わせろなど、許す方がおかしい。しかし、そうなると……。
「そうですか、わかりました。僕たちは失礼させていただきます。……トワ、行こう」
「あ、うん……」
そう言って帰るふりをして、どこかから侵入するしかない。最初からそうしていれば、警戒されずに済んだのだが……。まぁ、もうどうしようもない。
「……待て」
呼び止められた。いったん走って逃げるか?
「お前たちはどこの誰だ。……素性を明かせ」
「……僕たちは賜学の集落から来ました」
男に向き直り、賜学という言葉を出してみる。女王の兵士なら知っている可能性もある。
「……賜学? どこの集落だ」
ダメだ、知らないのなら説得は難しいし、話す時間が惜しい。いまはいったん逃げるしかない。
トワの手を城とは反対の向きに少し引き、逃げる意思を伝え、僕たちは全力で庭の方へ走り出した。
しかし、20メートルほど走ったところで――
「――ぐっ!」
僕もトワも後ろから腕を引っ張られて体を仰け反らせた。
「逃がさない」
まずい、まさか追いつかれるとは思わなかった。体勢を立て直し、振り返る。腕をしっかりと掴まれている。男はそのまま、城の正面から横に向かって歩き、僕たちもそれに引っ張られる。
「……どこに連れて行く気ですか?」
「牢屋だ」
今僕たちにそんな時間はない。
……逃げるには武器を使うしかないか。そう思い、僕は短剣を展開して男の腕を斬りつけようとする動作をし、それにより男が手を退けた隙に距離をとる。トワも男の体を蹴って飛び、無理やり手を離させて距離をとった。
「……仕方ない」
男は腰に差していた直剣に手を掛け、鞘から引き抜いた。
逃げても先ほどのように追いつかれ、背仲から斬られるだろう。ならば、戦うしかない。
僕とトワは剣を展開し、臨戦態勢をとった。
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