第27話「金と赤」
セプタリアンはグレイブを振るってくる。向こうは素早いが、こちらの方が得物が多いため防御に問題はない。しかし、攻撃する隙が中々ない。
俺は大きく後退し隙を作り、右手の大剣を下に振るう。建物の天井が崩れ、そこから建物の中に入った。
ここは監獄。通路は狭く、鉄格子に挟まれているため、長いグレイブは扱いづらい。セプタリアンも建物内の通路に降りてきて、こちらに向かってくる。
狭い空間でグレイブを突き攻めてくる。俺はそれを左右の剣でいなしつつタイミングを見計らい、左手の短剣を離し、突き出されたグレイブを左手で掴んで受け流し、押さえる。そして大剣を大きく振り上げ、刃のない剣の側面でセプタリアンの体を叩きつけた。
がしゃん、と大きな音を立てて鉄格子にぶつかった。
「……」
しかし、そのまま何事もなかったかのように再びグレイブを構えた。俺も右手の剣をぐいっと引き上げ、柄頭で繋がったもう一方の剣を弾みで床から跳ねさせ、左手で柄を掴み、構える。
(……頑丈だな。全くダメージ無しかよ。挫創と切創は別ものだが、これならば普通に刃で斬りつけても問題ないか?)
セプタリアンはグレイブを横に構えた。攻め手を変えるつもりのようだ。しかし、このスペースではどのみち戦法は限られてくる。どうするつもりだ?
すると、セプタリアンはグレイブをそのまま振るおうとしてきた。このスペースでは鉄格子に引っかかって振るえないと思ったのだが――
鉄格子は、唸り声のような音と煙を上げ、グレイブが通過するのを許した。俺は間一髪グレイブを躱す。今の音に煙は……。
俺はセプタリアンのグレイブを見やる。黒いグレイブには金色のヒビのような模様が浮かび、ゆらゆらと陽炎が生じている。炎は上がっていないが、あのグレイブは一瞬で鉄を消してしまうほどの高温のようだ。あれをもろで食らえば防御力云々の話ではない。空気を撫でるように体を開かれるだろう。……果たして、この剣は――
もう建物の狭さをものともせず振るわれるグレイブを、俺は左手の短剣で受けてみる。
「!」
――大丈夫だ。さすが王家の兵器。これだけの高熱に晒されても損傷はない。
「……」
それでもセプタリアンは驚きの反応も見せず、攻撃を続けてくる。ここのスペースが、今度はこちらの不利になってしまった。
俺は短剣でセプタリアンの攻撃を受け、もう一方の大剣を振り上げながら飛び上がる。天井の破壊と同時に建物の上へ、そしていまだ氷が散らばっている地面に移動した。
セプタリアンもそれに続き、俺の前に着地した。そして間髪入れず攻撃を再開した。
これではキリがない。やはりこちらからも攻撃をする必要がある。俺は後ろに飛んで下がる。セプタリアンは追撃してこなかった。こちらの攻撃の意思を察したのだろうか。
セプタリアンの攻撃技術はそれほど高度なものではない。それはあの武器があれば普通なら防御などできないので、高度な戦闘技術などいらないからだろう。
だから、単純な近接戦闘と考えれば、勝機はいくらでもある。ただし一撃でも食らえば致命的というだけで……。
俺は左右の剣を見やる。極端に小さい剣と、極端に大きい剣。2つの剣は1つの兵器。柄頭から伸びる管で繋がっており、どちらの剣身も自在に大きさを変えられるという武器だ。シンプルな機能だが複雑な機構であるにも関わらず、頑丈だ。攻め方はいくらでもある。
俺は地面を蹴り、セプタリアンに接近する。右の大剣を振り上げ、斬りつける。しかしそれはグレイブで受け止められた。すかさず左の短剣をセプタリアンに向け、サイズを置換する。瞬時に大剣は短剣に、短剣は大剣へと変わり、セプタリアンは巨大化した剣身により吹き飛ばされた。
遠くにあった氷の槍の山のようなオブジェに叩きつけられ、その衝撃でガシャンと音を立てて氷が崩れた。
それでも、セプタリアンは無表情。そして、腹のあたりに剣身は当たったはずだが、傷は付いていなかった。刃の鋭さが足りなかったか。それでもあれだけの勢いで吹き飛んで全くダメージが無いとは、やはりとても頑丈だ。
俺はまた起き上がったセプタリアンに向かい距離を詰め、今度は左手の大剣を突き出す。セプタリアンはそれを躱すことなく、右手で直に大剣を弾いてきた。斬れないのだから当然、グレイブで受ける必要がない。
俺は瞬時に右手の短剣を巨大化させ、剣の側面でグレイブによる突きを防ぐ。小柄なセプタリアンの突き攻撃により、俺は後方の空中に突き飛ばされた。
空中では身動きが取れない。俺は右手の大剣を離し、空中からセプタリアンに向かって蹴り飛ばし追撃を牽制する。すると剣身を受け止め掴まれたので、すぐに短剣に入れ替えた。剣身を掴む手が離れたので、俺は着地して左手の大剣をぐいっと引き、短剣を引き寄せ右手でキャッチした。
そのまま体をひねり勢いをつけて、右手の短剣をセプタリアンめがけて投擲する。俺自身も続いてセプタリアンとの距離を詰める。投げた短剣を空中で巨大化させる。もう陽動にもならないそれを、セプタリアンは弾こうともせず、走り寄る俺にグレイブを振るおうとする。しかし――
大剣はセプタリアンに弾かれることなく、彼女の横腹を斬り裂いた。
「――っ! まじかよ……!」
それは俺の驚きの声。セプタリアンは傷を負っても無反応。グレイブを薙ぎ払う動作を一瞬たりとも緩めず、俺に振り抜こうとする。
攻撃しようと振り上げていた左手の短剣を咄嗟に引き戻し、振り下ろされるグレイブを巨大化で弾こうとするが、間に合わなかった。
「――くっ!」
俺の左肩にグレイブが抵抗なくめり込む。高温により血すら流れない。しかし、剣の巨大化で弾くには弾けたので、肩口に切れ込みが入るにとどまった。これならば傷は五分五分――ではなかった。
「……まじかよ」
セプタリアンの横腹の切創は、見る見るうちに回復していく。
この剣は剣身を自在に操れる。それは切れ味を上げることも可能にしており、セプタリアンの防御力を貫通することはできた。しかし、あの程度の傷では意味が無いようだ。
かといって、致命傷を与えるというのも憚られる。となれば、こちらがとれる攻略法は1つ。攻撃手段を封じるしかない。
しかし、その攻撃手段であるあのグレイブが一番厄介なのだ。先刻は掴んで受け流したが、いまのあれは、触ることなどできない。
であれば、こちらから攻撃を仕掛けず、防御に徹すれば何とか躱し続けることはできるだろう。そして、隙を見てグレイブを弾き、取り落とさせる。そうすればこちらに危険はなくなるため、直接セプタリアンを拘束できる。それくらいしかないだろう。
そう作戦を決めて、俺は剣を構えた。
*
それから数十分ほど経った。
「はぁっ……はぁっ……」
意外なことに、セプタリアンは息が上がってきていた。スピードに防御力、武器を加味すれば攻撃力も相当高いが、体力だけは高水準ではないようだ。
セプタリアンはそれでも表情1つ変えず、愚直にも攻撃を仕掛けてくる。先ほどまでに比べると、動きが緩慢になった。これなら、戦闘から離脱できるかもしれない。……とも思ったが、回復すれば彼女は絶対に追いかけて来るだろう。やはり、拘束しておいた方がいい。
俺はセプタリアンの攻撃を剣でいなしながら、剣の切れ味をなるべく上げる。叶うなら、グレイブ自体を破壊してしまいたい。それが一番安全のはずだ。
セプタリアンは、基本グレイブを薙いで攻撃してくる。狙い目は突きだ。
そすしてしばらく剣戟が続き――
(――来た!)
セプタリアンが不意にグレイブを引き、突き攻撃を繰り出した。俺はそれを剣で弾かず体ごと右に躱し、左手を短剣から離し大剣を両手持ちして――
グレイブの中程めがけて思い切り振り下ろした。
――キン、と音を立ててすっぱりとグレイブは両断された。穂先は地面に落ち、持ち手も叩き落された。セプタリアンは、完全に武器から手を離した。
俺はセプタリアンの腕を捕ろうとする。しかし間に合わず、セプタリアンは後方にジャンプして逃れた。
グレイブは煙を上げながら冗談みたいに地面に沈んでいく。一体何度あるんだ……。しかし、それなら掘り返せないくらいまで沈んで行ってくれれば都合がいい。
「はぁっ……はぁ……」
相変わらず呼吸は荒いが、動きを止めたからか、落ち着いてきている。
「なぁ、もう諦めてくれないか? 得物がないんだ、もうどうしようもないだろう?」
降伏を進める。多分意味はないだろうが。
「…………」
案の定、無反応だ。やはり拘束するしかない。賜学製の鎖くらいしかないが、まぁそれでも壊すほどの怪力ではなさそうだし問題ないだろう。そう考え、大剣を地面に突き刺し、腰の機構からガリガリと音を立てながら鎖を引き出す。
「…………――『原動燃焼』――」
セプタリアンが何かを呟いた。セプタリアンの方を見やる。もう武器も無いし、戦う術などないはずだ――
と考えかけたが、俺は鎖を引っ込め、剣を再び握った。
「……そりゃ、あのグレイブを掴んでるんだ、そういうこともできるよな……」
セプタリアンの体は黒く染まり、更に全身に金色のヒビのような模様が広がっていく。あれは灼熱のグレイブと同じ風体。つまり、彼女自身グレイブと同じ灼熱の塊と化したのだ。
「――!」
ため息を吐く間すら与えられず、セプタリアンは地面を蹴り接近してきた。
(体力も戻っているのか……!)
俺はなんとか大剣でセプタリアンの手を弾き、後ろに飛んで距離をとる。
(……さすがに、そろそろ動きっぱなしできついな……!)
こちらももうとっくに万全ではない。いい加減休みたい。そう考えた直後。
セプタリアンに向かい何かが飛来した。それによりセプタリアンは衝撃音と共に吹き飛ばされ、地面に伸びた。
(! なんだ!?)
俺はセプタリアンが吹き飛ばされたのとは逆の方向を見る。そこには水色髪の男がいた。
「……セプタリアン!」
怒りの表情を浮かべて叫ぶ男。服はぼろぼろで、両目は閉じられていた。
「……」
名前を呼ばれても、起き上がったセプタリアンは無言だった。
「原動燃焼は使うな……! お前がやらなくていい、俺がやる」
男は前に手をかざした。すると、先ほどセプタリアンを叩き飛ばした物体――人体ほどの大きさの黄色い石ようなものがセプタリアンの方へ飛行する。
「……これは、ちょっとまずいかもねぇ」
遠くの山から状況を観察していた金髪の女――イフォアは言葉を洩らす。
「……此れが倒す。ヘリオドールは双子を探しに……ふぁぁん……」
黄色い石がセプタリアンに触れると、セプタリアンはなんだか情けない声と共に脱力した。そして体の模様も消えていった。
「お前がザレンドだな。殺す」
黄色い石がこちらに向かって飛来する。なんだかやばそうだ。俺は後ろに飛び退りながら大剣の側面を石へ向ける。黄色い石は辺りが見えなくなるほど発光した。直後、横から何か小さなものが間に割り込んだような気がしたが――。
黄色い石は凄まじい威力で破片をばら撒き、俺は全身に傷ができるのを感じながら、意識を消失させた。
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