第26話「行方」

 フラメリアルとは打って変わり、サンディアルの北部は何もなかった。イフォアから貰った地図は細かく描画されているから、ある程度はわかっていたが、ここまで何も見えないとは。


 検問を抜けサンディアルに入ってからかなり時間が経ったが、目的地の牢屋の方にちゃんと向かえているのか不安になる。既に地図にない範囲に出てしまっていたら最悪だ。


「ん?」


 何もない荒野を走り続けてきたが、ようやくなにかが見えてきた。巨大な灰色の建物。もしかして、あれが双子のいる牢屋ではないだろうか。


 建物までたどり着き、外観を観察する。おそらく2階建てで、崩れてはいないがかなり古い。いまは使われてはいないのだろうか。そうであれば、この立地も相まって、こっそり人を監禁するにはもってこいだろう。


 正面玄関の方へ回ってきた。人はいないし、明らかに使われていない。しかし、外観を見る限り目的地はこの建物に間違いない。そう思い、俺は中に入った。


 窓から光が十分入るため、建物の中はそこまで暗くはない。中はたくさんの部屋があった。しかし格子なんかは嵌められておらず、囚人を閉じ込められる設計にはなっていない。また、各部屋にはベッドまである。ここは監獄ではなく、病院だと感じた。だとしたら、どこかに監禁できる場所か、牢屋があるのだろう。そう考え、俺は建物の中を進んでいく。


「おーい! ジェアルソール、オリクレア!」


 あまりに広いので、名前を呼んで反応を伺ってみるが、特に物音は帰ってこない。


 状況を思案しながら、建物の奥へ進んでいく。分厚い扉で分かたれた棟にやって来た。扉を抜け、そちらの棟へ来ると、今までいた棟とは様相が異なっていた。


 今までの棟は病院じみていたが、こちらの棟はまさに監獄といった感じで、各部屋が格子で封じられている。


 そして1カ所、他の部屋よりも光が多く入ってきている部屋があることに気付いた。よく見ると格子はひしゃげ、何かが散らばっている。


 俺はそこに向かって歩いていった。様子を見てみるが、その牢屋は空だった。水浸しになり、牢内の壁は破壊され外が見えている。


 ここに双子は囚われていたのだろうか? そうだったとして、既に自力で脱出したのか?


 俺は牢の中に入り、壊れた壁の穴から外を見る。外は一面、雪――いや、氷だった。賜術であればこんなこともできるだろう。しかし、これだけでは双子の行方も安否も判別できない。イフォアはなにをしているのだろうか。


 そう考えていると、建物内から足音らしき音が聞こえてきた。俺はその場で息を潜める。足音は、こちらに向かってきているのか、次第に大きくなってくる。


(どうする? 穴から外に出るか? ここで見つかるよりは、外から様子を伺うほうがいいよな)


 俺はなるべく音を立てないように慎重に壁の穴から外に出て、建物の中を伺った。


 すぐに足音の主は牢屋のもとまでやって来た。赤い長い髪の少女。背中には、長い得物を背負っている。


「……」


 黙ったまま牢屋を観察した後、壁の穴に向かって来た。……当然だ、この現場を見れば誰だって穴の外を見ようとするだろう。そこまで読んで、遠くから観察するべきだった。とりあえず壁から急いで離れようとする。


 ザリッと音がした。地面に氷が散らばっているせいで、足音を消せない。咄嗟にジャンプで建物の上に飛び上がる。


 少女は穴から出てきた。そして、ザクザク音を立てて建物から少し歩いて離れ、振り向いた。


「……誰?」


 こっちを見上げて尋ねてきた。……そりゃ気づくよな。俺は観念して頭を出す。


「そちらこそ、誰なんだい? 聞く前に自分が名乗るのが礼儀だろ?」


「…………」


 少女は答えてくれない。俺は地面へ降りる。


「……おーい、なにか言えよ?」


「…………此れはセプタリアン。君は誰」


 ……何かを答えた。セプタリアンが名前? なら、『此れ』って一人称か? 変わってるな。そしてあまりにもぶっきらぼうな話し方だ。


「セプタリアンか、そうか。君はどうしてこんなところに?」


 とりあえず、尋ねてみる。何なら答えてくれるのか分らない。そういえば、見た目は少女だが、賜術の国の民ということは、俺よりも年上なのかもしれない。


「…………」


 再び無視された。そこでふと、俺の方が彼女の問いに答えていないことを思い出した。


「ああ、そういえば俺が名乗ってなかったな。俺は――」


 一瞬本当に答えていいのか逡巡したが、もしかしたらまたイフォアの用意した協力者ではないかとも考え、素直に名乗ることにした。


「俺はザレンド。いまは――探し物中だな」


 俺はそう答えを示した。すると、セプタリアンは無言のまま背中に背負っていた得物――グレイブを抜き、いきなり俺に向かって振るってきた。


「……っぶね!」


 俺はジャンプで躱し、そのまま再び建物の上に着地した。セプタリアンも続いて建物の上に飛び上がった。


「……やっぱり君も、俺たちを狙う賜術士なのか?」


「……」


 やはり、セプタリアンは答えない。


「……君の目的は、双子の行方じゃないのか? それなら、教えてやらないこともない」


 彼女の求めそうな情報を示してみた。ここに双子がいたのは確定ではないが、そうであった場合、ここに来たのだからそれしか目的はないだろう。


 ……本当は俺も双子の行方は知らないが、最悪イフォアを売ろう。嘘を吐き協力者を売るとは、あまりに卑劣すぎるが……。


「……」


 しかし、効果はあった。セプタリアンは動きを止めた。無言だが、話せということだろうか。


「君の目的と、俺を攻撃する理由を教えてくれたら、代わりに双子の行方も教えよう」


「……此れの目的は双子の殺害。君を攻撃するのは捕えるため」


 ……? 囚われていた双子の殺害が目的で、逆に俺は殺害せずに捕えるのか? 疑問が増えた。


「君は連盟の賜術士ではないのかい? 俺の聞いていた連盟の目的とは異なるんだが」


「…………」


 今度はセプタリアンは答えない。まぁ、先ほどの交換条件を済ましていないのはこちらなのだけど。


「これにも答えてくれないと、双子の行方は話せないなぁ」


 見かけ通りの年ではないにしても、少女に卑劣な手段をとる自分に辟易しながらも、俺は答えを求める。


「此れは連盟の賜術士、灼賜術の管制士メイター。連盟の目的に従っていないのは此れではない」


 ……つまり、双子を殺さずに捕えたのはこの国の頭領、ヴァイガットとやらの独断専行で、本来連盟が捕えたい目標は、俺……? いや、双子以外の全員ということか? それを尋ねるのは、流石にもう無理か。


 セプタリアンは黙ってこちらを見ている。早く答えろ、という威圧感は別にないが。


「……すまない、本当は俺も双子の居場所を知らないんだ。嘘を吐いたお詫びに、一緒に探さないか?」


 俺の目的も同じだから、お詫びでも何でもない。今の俺は余りにも恥ずかしい。誰にも見せられない。


「……」


 セプタリアンは、特に態度を変えることもなく、グレイブを俺に向かって振るい攻撃を再開した。怒ったりしてもいいだろうに、そういう感情の変化は無いのだろうか。


 しかし、どうするか。目の前の少女は、とても機敏だ。走りっぱなしだった故、今度は足の速そうな彼女から走って逃げるというのも、いい加減うんざりする。それに、どこに行けばいいのかもわからない。追撃されながら双子を探して右往左往するのも得策ではないだろう。


 仕方ない。そう思いながら、俺は背中の2本の剣を抜く。その剣でセプタリアンの攻撃をいなす。それにより、イフォアから貰った剣を隠すための布が散り、剣が完全に露出した。


 騙した上に、少女にこんなことをするのは気が引けるが、彼女の追撃を逃れて双子を探すには、彼女を戦闘不能になるまで追い詰めるしかあるまい。


 俺は2本の剣をそれぞれ両手で構え、セプタリアンと相対した。

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