第25話「フラメリアルの女王」

 男はさっきまでと比べると少しテンションを落とし、語り始めた。やはり、気が重くなる話だからだろうか。


「この国、フラメリアルの女王――ジュエナル・フラメリアは、言うまでもなくこの国の王家の長女で、有能な人物だった。生まれたのは確か、戦争が終わった翌年だったな。戦後の連合国時代を守るため、彼女は厳しい教育を受けてきたんだろうさ。まぁ、詳しいことは知らないが、きっとそうだろう」


「ジュエナル女王がまだ王女だったころ、王女には許嫁がいた。確か、コロドニアルのお貴族様だったな。王女はその許嫁との政略結婚ではあったが、2人の間にはきちんと愛があったらしい」


「他国の貴族なんぞが婿入りしてこの国の王子になるってわけだが、国が豊かになっているからか王子が優秀だったからか、国民はそれを受け入れていたらしい。なんでもフラメリアルとコロドニアルを往復するパレードなんかも行われたそうだ」


「そうして王女と結婚して王子がこの国に来てから数年後、ジュエナル王女の夫……名前は忘れたが王子は、晴れて王位についた。新たな王による、新たな時代が始まった、と国民は喜んだんだろうな。しかしその少しあと、事件が起きた。いや、本来事件でも何でもない。ただの吉報だが、この国ではそうはならなかった」


 男が少し苦い顔をした。


「ジュエナル王妃は、即位したあと妊娠した。それは言うまでもなく喜ばしいことだ。しかし、その後の出産が喜ばれることは無かった。なぜなら、その子供が双子だったからだ」


「え、なんでですか?」


 トワが唐突に合いの手を入れた。女王の話に関心を持ったのだろうか。いつの間にか料理にも手を付けていた。僕も食べるか。そう思いフォークを持った。


「……? サンディアルにもある話だろう、双子が忌まれているというのは」


 ……確かにジェアルにそんな話は聞いた。まずい、怪しまれたか?


「……まぁいいか。確かに、別に双子が生まれたくらいじゃ事件とまでは言われないな。しかし、王の子供が双子だったとなれば、話は別なんだ」


「戦争は終わり、新たな時代が始まったというのに、くだらない固定観念は取り払われていなかった。双子は不吉。そんな考えに国民は熱狂した。王家でなければ構わないが、王の子が双子なのは許せない、とな」


「言わずもがなのことだが、王もジュエナル王妃も双子を庇った。しかし、その後はとんとん拍子だったらしい。扇動された国民により王の子を殺そうとする暴動まで起き、剣を抜いてそれに立ち向かった王は国の敵として殺され、王の子も殺された」


「え? 双子も殺されたんですか?」


 料理をつまみながら、トワと同様僕もつい合いの手を入れてしまった。


「ん? いや、確かに正しくは行方不明、なのかもな。王は首を晒されたようだが、子の行方はわからない。だが、順当に考えれば殺されただろう」


「……そして、国民は白々しくもジュエナル王妃をそのまま女王に据えた。罪があるのは双子であり、親に罪は無い、とな」


「それ以降ジュエナル女王のこの国は、いままで良しとされてこなかった文化や価値観、それこそ科学なんかも受け入れるようになったってことだ。……もっとも、それで双子が忌まれなくなるときが来るのかは、分からないがな」


 そう言って男は話を締めくくった。なるほど、そう言う背景があるから頼るならこの国の女王がいいとイフォアさんも言っていたのか。


「こんなところだ。……他にも何か聞きたいことはあるか? どうせ時間はあるからな、いくらでも答えてやるよ」


 今話し終えたばかりの目の前の男は、まだ話しても良いつもりのようだ。しかし、そうのんびりはしていられない。そう思いながらカウンターに置かれていたコップに手を伸ばす。


 いい話を聞けた。これなら、この国の王城で女王に会うのはいい策かもしれない。そう考えながらコップに口を付けようとして――


「――あっ」


 うっかり、コップを取り落としてしまった。ころころと、コップが床を転がる。


「あ、すいません……」


 コップを拾おうとしゃがみ、ふと、周囲を見てみる。客が全員、黙ってこちらを見ていた。コップを拾い、立ち上がる。


「何か、拭くもの――」


 カウンターの男とトワを流し見した時に気付いた。トワがぼーっとしたような、呆けた顔をしている。なんだか目の焦点も合っていないような気がした。


「……トワ?」


 軽く肩に手を当てると、ゴン、と頭からカウンターに倒れた。カウンターに置かれたトワのコップは、空っぽだった。


 ――これか。料理は僕も手を付けたが、運よく水は飲まなかった。そして、それらを提供した眼前の男は、緑髪。すなわち、薬賜術使い。状況証拠でしかないかもしれないが、この男が水に毒か何かを盛った。そうとしか考えられない。


「……あなたの仕業ですか。――そういえば、名前も聞いていませんでしたね」


 黙って見ていた客がいつの間にか立ち上がり、出入り口に立ち塞がっていた。……一般人なのだろう、隙だらけだ。


「名前ねぇ。いまはそんなこと気にする余裕なんてないだろう?」


「そうですね。何が目的ですか? お金は無いと言いましたよね」


 すると、男はカウンター越しにトワの頭に手を伸ばした。僕はトワの体を引き、男の手を躱させる。


「……ちっ。まぁ、そういうことだよ」


「……? 意味がわからないです」


「はははっ、科学者なのにそういう知識にはウブってか。いいか、この店には男の客しか来ない。そして、この店で提供されるものも男だけ。最初に金の稼ぎ方を教えてやるっていっただろう? お前たちには今日から、この店の商品として金を稼いでもらおうか!」


 ああ、なるほど。そういうことか。まったく理解できない。でもそれが目的なら、殺したりはしないだろう。トワもおそらく意識が混濁しているだけだ。ひとまずは安心だ。


「この国の女王には感謝しなければならないのではなかったのですか? 話では、こんなことを良しとする人物だとは思えませんでしたが」


「……そうだな。だが、言っただろ? 理不尽な目に遭った人は、同じように他人に理不尽を振りかざす人と、他人を理不尽から救おうとする人の2通りに分かれるってな。俺は、前者だったってだけだ」


 ……嫌な臭いが鼻をつく。この男が臭い? いや、この空間が臭い。酒臭さにはとうに慣れていたが、また別の臭いだ。これは、毒か。即効性はないのか、いまのところ問題はないが、さっさと立ち去ろう。そう考え、トワを左手に抱えた。


「おいおい、逃げられると思ってんのか?」


 カウンターにいる男とは違う、客の男が肩を掴んできた。


「……っ!?」


 即座に短剣を展開し、肩に置かれた男の手の甲を斬る。


「ってめぇ!」


 手の甲を押さえながら放ってきた蹴りを、こちらも脚で受け、そのまま腹を蹴りつけた。


「ぐぁっ……!」


 男はそのまま倒れ、うずくまった。


「……逃げて……」


 下から声が聞こえた。左手に抱えていたトワが、意識を取り戻したようだ。


「うん。でも、この人たちが邪魔してくるから、対処しないと」


「武器まで使わなくても、突破できるでしょ……?」


 まぁ、無理やり突き抜けることはできるが、病人を連れて激しくぶつかり合いたくはない。


「……お願い」


 ……なぜそんなに怪我をさせたがらないのだろう。まぁ、そうして欲しいというのならそれでも構わない。


「……どいてくれますか? 叶わないなら、無理やり抜けます」


 一応最後に尋ねておいた。従うとは思えないが。扉を塞ぐ連中は、怒った表情やニヤニヤとした表情をしていた。どいたりはしない。やはり、無理やり抜けるしかないか。


「本当に行くのか?」


 背後から男が話しかけてきた。カウンターから出てきたようだ。


「はい。これ以上ここで時間を無駄にできないので」


「なぜだ? 行く当てなんかあるのか? ここなら、遊んでいるだけでいいんだぜ? 科学者の亡命者だって、何人か知っている。科学者がここに留まるのは、おかしなことじゃない」


 男は食い下がってくる。しかし、絆されるわけにはいかない。絆される要素は無いが。


「僕たちは行きます。……双子を助けなければならないので」


 真実ではないが、全くの嘘でもない。……さんざん嘘を吐いているため今更ではあるけど。


「…………そうかい。おい、お前たち。道開けてやれ」


 ? なぜかはわからないが、折れたのか? 扉の前の男たちは意義を唱えているが、最終的には道を開けた。さすがに店主には逆らえないのか。


「……ありがとうございます。……では、さようなら」


「かっ……。なにがありがたいんだか。さっさと出ていけ。お前たちは出禁だ、出禁」


 僕が扉を開けて出ると、そんな言葉が後ろから聞こえた。出禁も何も、2度と来るわけない。


 そう思いながら僕は、しばらくトワをお姫様抱っこしたまま、南へ向かって歩いて行った。

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