第24話「小休止」
南に向かってフラメリアルの街中を走っていく。進めば進むほど、街は活気を増していった。単純に昼時を過ぎたからなのか、ジェアルの言う通り南に行くほど発展しているからなのか。
確かに建物の量は増えた。そのせいで、荷物ボックスとバッテリーボックスが通れる広さの道を選んで進まなければならないため、少し移動速度が落ちた。
それでも、いまのところ問題なく進めている。不審がる表情は向けられているものの、無理やり止められることも話しかけられることもなかった。理由はわからないが、何もなしに進めるのならそれで構わないだろう。
僕とトワはほとんど会話をせずに進んできた。会話をするのは道を選ぶときくらい。そんなことを考えている矢先、いきなり狭い道に出てしまった。しかし、狭いが人は少ない。これなら、速度は落ちるが歩いてまっすぐ進めるだろう。
「どうする、トワ? 歩いて行けば抜けられそうだけど」
「……そうだね。広い道を走り抜けるより、人通りの少ない道を進む方が目立たないだろうし、このまま進もうか」
トワはそう言って歩き出した。僕もそれに続き、ボックスも続いて来る。
そうして通りを進んでいくと、少し不安になってきた。集落とは景観が違いすぎるからあまり参考にはならないけど、今までフラメリアルを見渡して得た情報から考えると、この通りはなんだか空気が悪い。あまり治安がいい感じがしない。
人が少ないように見えて、建物の中には人が普通にいる気配がする。見られているかなんて集中しなければわかりようもないが、不安になる。
そして、とある建物の前を通り過ぎる。建物の前には男が立っていた。こちらをまじまじと見てきた。それは別にいままでの通りと変わらない。……いや、いまの男の視線は、不審がるというよりは好奇の目だったかもしれない。
「なぁ、君たち」
ここにきて初めて声を掛けられてしまった。どうするか。走って逃げるには道が狭い。ボックスが通れば、建物を多少破損させてしまうかもしれない。
「なんですか? 急いでいるのですが」
トワが応対した。
「……だろうな。その髪にその荷物。事情はなんとなくわかるさ。……少し、俺の店によって行かないか? この国で生きていくなら、情報がいるだろう?」
……! 賜学を知っているのか? しかし、ここの通りが賜学を知るほど上層の人間の住処には見えないが……。
「そう驚くことでもないだろう。その髪の色、君たち雷賜術が使えるんだろう? そしてその荷物。それは賜術じゃない。科学なんだろ? そうとなれば、科学を極端に嫌うサンディアルから、逆に科学を推進しているこの国に科学者が高跳びするなんてのはよくある話だからな。君たちがそうであるのは、簡単にわかるさ。……その年でするとは、無謀だとは思うがね」
そう言って目の前の男は渋い顔をした。確かに、サンディアルに雷賜術が多いことなど、簡単な賜術の分布はジェアルに聞いた。……誤解しているなら都合がいい。そう認識させたまま、穏便に立ち去ってしまおう。
「……確かに、推理すればわかることでしたね。ですが、そういうことですので、先を急いでいるんです。目的地は言えないのですが、お金もないですし、見逃してくれませんか?」
今度は僕が応対する。この男が何の店をやっているのかはわからないが、何にしても代金なんて払えないから、受け入れることはできない。
「ははは、気にするな! こんな子供から金なんてとらないっての! ただ、困ってそうだったから声をかけただけだよ。生きていくには、金の稼ぎ方も知らなきゃだろ? それも含めて、情報をやろうと思っただけさ。まぁ入れよ。何を隠そう、ここが俺の店だからな」
そう言うと男は、いま話していた場所の真ん前の建物に入っていく。男は、最初から自分の店の前にいただけだったようだ。
「……どうする、トワ。無視してこのまま行ってしまうのもいいと思うけど」
トワに問いかける。僕がうまく対応できれば、普通に見逃してくれたかもしれないので、トワに判断を委ねた。
「うーん……。お金の稼ぎ方はともかく、色々情報は欲しいよねぇ。聞くだけ聞いてみたらいいんじゃないかな? お金が無いって言ってあるし、見返りを求められたら、ボックスから何かをあげちゃえばいいんじゃないかな」
……とても楽観的だ。まぁ、トワがそういうのであれば、それでいいか。あげるにしても、そんな価値のあるものがあるかはわからないけど。
そう思いながら、男の店に入っていった。
店に入ると、酒の臭いが充満していた。つい顔を顰めてしまった。
「いらっしゃい。うちは居酒屋なんだ。君たち、酒は飲まなそうだがまぁ、座れよ。適当に食べ物くらい出すからよ」
「……ありがとうございます」
とりあえず、礼を言って男のいるカウンター前のスツールに腰を下ろす。店内には他にも数人客がいた。まだ昼だからか、騒いだりせず静かにこちらを見ていた。
しばらく居心地悪く待っていると、男が水の入ったコップと料理を出してきた。料理は詳しくないからよくわからないが、何かの豆を使った炒め物だ。そしてずいぶんとニンニクがきいている。
「大したものじゃなくて悪いな。腹減ってるんじゃないか? 別に話は食いながらでもできるからな。とりあえず、食ってみろ」
そう言ってフォークを2つ僕たちの前に並べた。正直、食べなくてもおいしいのはわかる。問題は、変なものを入れられていないかだ。この状況で迷いなく食べることができる人はいないだろう。トワの方を見ても、やはり迷っている。
「……ま、そりゃ警戒するよな。別に無理に食えとは言えねぇか。なら、先に話を聞くか。君たち、サンディアルから来たってことでいいんだよな?」
「はい。先ほどのあなたの推理でほぼ間違いないです」
僕はとりあえず嘘を吐いた。
「そうか。そりゃあ、大変だっただろう。あの国は新しいものを頑なに拒みやがる。かくいう俺も、大声じゃ言えないが、サンディアルから高跳びしてここに来たんだぜ?」
そうなのか。しかし、この男の髪は緑色だ。いや、髪色と国の相関はあまり無いんだったか。
「それで、何か聞きたいことはあるか? 同郷のよしみだ。できる限り答えてやるよ」
男はそう言って笑った。しかし、そう言われると、何を聞くべきだろうか。とりあえずは追っ手がいるかが差し迫った問題だろうか。
「僕たちはサンディアルからフラメリアルに来て、とりあえず逃げてここまでたどり着きました。侵入者が来たという知らせなどは届いていたりしないでしょうか?」
「そんなものは届いていないな。そもそも、この国自体が暗黙のうちに亡命を認めているんだ。君たちもそれが分かっているから、この国に来たんじゃないのか?」
「……はい。ですが、僕たちの場合、かなり大きい荷物を持って来てしまいましたから、警察が黙認するのも難しいのではないかと思ったので」
「なるほどな。しかし、よくあんな大荷物を持ち込めたな。中には人でも入っているのか?」
そう言って男は笑った。しかし、人なんて入っていない。
「……この国は寛容なようですが、それはなぜなのでしょうか? 僕が言うのも何ですが、亡命を黙認するなんて、対外的にはとても悪影響だと思います」
聞き流して次の質問をする。この国は現状、賜学を受け入れる可能性が1番高いらしい。そういう国である根底の理由を知りたい。
「……ああ、そりゃあ、理不尽な目に遭った人ってのは、大きく分けて2通りになるもんだろう。1つは、自分が受けたように他人に理不尽を振りかざす人。もう1つは、他人を理不尽から救おうとする人だ」
「もちろん後者の方が難しいが、この国の女王はそういう風な人になったんだよ」
……なるほど、そういうことか。
「この国の女王に、なにがあったか知っているんですか?」
「そりゃあな。……そうか、君たちの年だとまだ生まれていないか、物心ついたかどうかのときのことだもんな。知らないのも当然か」
「……俺たちは、この国の女王様に感謝しなきゃいけない立場だ。君たちも亡命した以上は同じだな。いいだろう、話してやるよ」
そう言うと、男は語り始めた。
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